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27話『ミスティラ、派手で大仰な依頼人』 その3

「では、頂きましょうか。皆様もローカリ教の食前儀礼を行って下さいな」

「いいけど、どうすりゃいいんだ」

「幼子にも出来るほど簡単ですわ。先程のわたくしのように、テルプの聖水のような汚れなき心で食物や作った方に感謝の祈りを捧げる。以上ですわ」

「成程、ミスティラ殿はこれからタルテ殿にも感謝する、と」

「……例外はありませんわ」


 多少不服な様子を見せつつも、ミスティラは断言した。


「では」


 その流れで彼女の合図に従い、俺達は目を閉じ、両手を組む。

 煩わしいとは全く思わない。

 むしろ、今まで「いただきます」という一言を口にしてきた時、こんな風に誠実に感謝してきただろうかと自省できるいい機会だと感じていた。


 もういいかと思って目を開けると、他の皆は既に祈りを終えて俺を待っていた。


「いただきます」


 すぐにでも食おうと思ってたのに、ついミスティラのことが気になって、挙動を見守ってしまう。

 俺だけでなく、タルテやアニンも同様だった。

 白く細い指が匙を掴んでスープをすくい、口に運んでいく……一連の動作が実際よりもゆっくりに見えた。


 スープの代わりに固唾を飲む。

 わずかな沈黙、静寂。


「美味しい……!」


 出てきたのは、ありのままの称賛。


「これこそ肉と野菜の完全な調和……! さながら聖都エル・ロションと四大聖地の関係! 肉はアビシス、野菜はラフィネ……」


 それだけじゃ言葉が足りないのか、フラセース流なのかよく分からない美辞麗句を並べる。


「そうだろ、美味いだろ」

「タルテ殿は料理の天才だからな」

「ちょっと、やめてよ」

「胸を張りなさい。全く役に立たない訳ではないことが証明されたのですから。認めますわ、貴女の腕」

「……それは、どうも」


 タルテは伏し目がちになって素っ気なく呟く。

 声色からして、多少は頑なさが解されたようだ。良かった。


「しっかし、ここまで素直に褒めるなんてな」

「食に偽りを述べるのは、ローカリ教教主の子として最大の罪悪。ゆえに賛美したまでですわ」

「ほう」

「ですが! ……より細密な評価を下すには、もっと食べてみる必要がありますわ。ば、場合によっては、二杯目が必要になるかもしれませんわね」


 ここまで来たなら、素直に言えばいいのに。

 なんて言うと怒るだろうな、こいつの性格からして。

 また、タルテの方もあえて言葉にはしてないものの、スープが多めに作ってあったり、俺の分を減らさずいつも通りの量よそってくれたのも、そういうことなんだろう。


「二杯目の代わりに、あなたのそのビスケット、一枚だけでいいからジェリーに分けてあげてくれないかしら」


 タルテが交換条件を持ちかけると、ミスティラは卓上のビスケットに視線を落とした。

 当のジェリーはというと、幸せそうな顔をしてパンやスープを堪能している。


「……実は、栄養補給を最優先して作られたものですから、味がよろしくないのです。恐らく子どもの味覚では、ただ苦いと感じるだけでしょう。それでも良いのならば……」


 ミスティラはやや言い辛そうに答える。

 だからジェリーに渡すのを躊躇ったのか。


「ジェリー、にがいの、あまりとくいじゃない。わがまま言ってごめんね」

「ミスティラ殿は、ジェリーを気遣ったのだな」

「わざわざ言葉にすることではなくてよ。太陽が東から昇って西へ沈むくらい当たり前のことですわ」


 はにかみもせず、声高らかに跳ね返す。

 てっきり「か、勘違いしないで下さる!?」とか言い出すと思ったんだけど。

 ま、いいや。


「御者さんもどうぞ。一緒に食いましょうよ」

「……ミスティラ様」

「よろしくてよ。せっかくの厚意です、受け取りなさい」

「ありがとうございます。それでは有難く」


 かくして俺達は全員で、タルテの肉野菜スープを堪能したのだった。






 明日は日の出と共に出発するため、食後に準備をしたらすぐ休むことにした。

 安全だし回復効果もあるからと、天幕で寝ないかミスティラに一応声をかけてはみたものの、どうしても自分の馬車にいると聞かなかった。

 まあ、無理強いするもんでもないか。


 ミスティラは馬車へ、タルテたち3人は天幕の中へと入っていき、護衛と見張りをする俺と御者さんだけが夜の世界に残される。

 天幕を信用してない訳じゃないが、一応な。

 それに馬車も見ておいた方がいいだろうし。


「御者さんも休んでていいすよ。俺、見てますから」

「申し出はありがたいのですが、そういう訳にはまいりません。ミスティラ様からお給金を頂いている身でもありますし」


 そういう理由で固辞されたら、俺からは何も言うことはない。

 互いに仕事を全うするだけだ。


 御者さんがあまりお喋りを好まない性質なのは、晩メシの時に把握している。

 あまり話しかけない方がいいだろう。

 それに、真面目に仕事してるのを邪魔することにもなっちまうからな。


 魔物や野盗が現れる気配はなく、街道を夜通し進むような旅人もいない。

 静寂の大地と川の上に、満点の星空が被さっていた。

 あまりに規模がでかすぎて、時間が止まっているんじゃないかと錯覚しそうになる。


 夜も大分深まったであろう頃、肌が気配の移動を捉えた。

 すぐ近く、馬車の方からだ。

 気取られないよう注意を払っているようだが、このユーリさんにはお見通しである。

 ただ、害意は感じない。


 というかミスティラだ。

 人目を忍んでこっそり抜け出すってことは……うん、アレだろう。

 気付かないふりをしとくか。

 あーあ、腹減った。

 夜食に何かつまみたい気分だなっと。


 ……なんて意図的に思考を逸らし続けてみたが、いつまでもできるもんでもない。

 あまりに帰りが遅い。


 確かめに行った方がいいだろうか。

 でもなあ、万が一まずい場面で遭遇したら、完全に終了だ。

 軽蔑されるなんて次元の話じゃあないだろう。

 タルテに知られでもしたら、口をきいてもらえなくなるな、きっと。


「……ユーリさん」


 などと逡巡していると、馬車の方にいた御者さんがやってきて声をかけてきた。


「どうかしました?」

「不躾で申し訳ありませんが、お願いがありまして……ミスティラ様が中々戻られないので、様子を見てきて頂けませんか。その間、お仲間の方は私が見ておきますから」

「行っても大丈夫ですかね」

「はい、問題はないでしょう。ミスティラ様はユーリさんを気に入られていらっしゃるようですから。本来は私がお守りしに行くべきなのは重々承知しておりますが、叱られて追い返されるだけでしょう」


 御者さんが苦笑する。

 あれでかよ。とてもそんな態度を取られてるとは思えないんだが。

 でもまあ、ちょうどいいか。


「分かりました。ちょっと見てきます」

「感謝致します」


 ミスティラが向かったのはあっち、水場の脇にある茂みの方だ。

 水場近くの茂みって時点で嫌な予感がするが……しょうがない。

 あらかじめブルートークのことを教えておけばよかった。

 今更嘆いても後の祭りだが。


 深呼吸して精神を軽く整え、声を上げる。


「ミスティラー! いるんだろ。大丈夫か?」


 驚かせてしまうだろうが、先んじて声をかければ"事故"は避けられる。

 そう思った。


「……ユーリさん? 驚かさないで下さるかしら」


 少しの間を空けて、灯りを手にしたミスティラが茂みから姿を現す。

 灯りを持ってない方の手で何かを抱えているのが見える。

 紙と本と……筆か?


「何の用ですの」


 やっぱ棘があんなー。

 確かに御者さんの言うように、即追い返されはしなかったけど。


「いや、戻るのが遅かったから気になってさ」

「御心配なく。自分の身は自分で守れますわ」

「そうか、そりゃ悪かったな。勉強でもしてたのか」

「淑女の秘め事を詮索とは感心しませんわね。……そ、そんなところですわ」


 ちゃんと答えてはくれる辺り、嫌われてはいないんだろう。

 何でわざわざ外でやるのかが気になったが、こだわりがあるんだろうな。

 場所を変えて勉強した方がはかどるって人間は、あっちの世界にもいたから。

 一般人とは離れた感性を持っているミスティラなら尚更だ。


「ま、大丈夫ならいいんだ。そんじゃな」


 昼間の馬車内みたく、これ以上時間を取らせるなという意思を感じたので、言われる前に引き上げることにする。


「大丈夫でしたよ。勉強をしてました」


 と御者さんに伝え、互いの持ち場に戻った。

 夜はまだ長い。

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