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27話『ミスティラ、派手で大仰な依頼人』 その1

「お待ちなさいッ!」


 フラセース聖国の領土に一歩足を踏み入れた瞬間、女の甲高い声が鼓膜を突き刺してきた。

 出迎えの合奏曲にしてはやかましい。

 誰に言ってるのか分からねえが、かなりの声量だったため、俺達だけでなく前後を歩いていた旅人が一斉に声を上げた女の方を向く。


 白いワンピースの上に紫のコートを羽織った女が、腰に両手を当てて立っていた。

 随分派手だな。ワンピースにもコートにもフリルがフリフリだ。


「黒い服、短めな黒毛のツンツン頭、背中に背負っている包丁のような大きな剣……一致していますわね」


 ブツブツと列挙したような見た目をしている人間を探してみるが、該当者は見当たらない。

 逆に、お前だろ、みたいな視線が周囲から返ってきて、おまけに女の方も俺の方を見ている。

 ……なんなんだ。


「待ちくたびれましたわ! いつまでわたくしをこんな所に足止めする気ですの!?」

「はあ?」

「知り合い?」


 タルテが怪訝な顔で聞いてくる。


「いや、初対面だ。なあアニン」


 答えてアニンと頷き合っている内に、女はつかつかとこっちに歩み寄ってきた。


「あなたがユーリ=ウォーニーですわね」

「そうだけど、お宅はどちらさん? 俺の追っかけか?」

「そんなわけないでしょ」


 タルテが横から鋭い突っ込みを入れてくる。


「わたくしのことを知らないと? 泥酔していらっしゃるのかしら?」

「そのままそっくり返すぜ」

「ならば再び銘記しなさい! 気高く美しい響きを標として、このミスティラ=マーダミアの名を!」


 噛み合ってねえし。

 酒どころかお薬が入ってるんじゃないだろうか。


 それと、やっぱ初対面だな。聞いたことない名前だ。

 そもそもこんな個性的な女、一度会っていれば絶対に忘れないだろう。


 まあ、見た目は良いけど。

 毛先に緩い癖のかかった眩しいほどの金髪と、青空を封じ込めたような瞳の色、触れるだけで痕を残してしまいそうな白い肌。

 目鼻立ちも整ってるし、何より胸がデカい。

 アニンよりもぷるんぷるんじゃあねえか。

 あんな惜しげもなく谷間を作ってくれちゃってるのは、自分の外見に自信を持ってる表れだろうな。


「月に焦がれる狼のようになっておりますが、しっかり聞いてらした?」

「むっ」

「ああ、聞いてるぜ。ミスティラ=マーダミアさん」

「よろしい。ユーリさん、わたくしの家に名を連ねたくありません?」

「いや、間に合ってます。そんじゃ。さ、行こうぜ」

「えっ?」


 皆を促し、再び城塞の外へと歩き始める。

 この俺がお色気攻撃になんぞ引っかかる訳ねえだろうが。


「一体なんだったのかしら」

「新手の勧誘じゃねえのか。ああいう奴が怪しげな壺や絵を売りつけてくるんだよ」


 あっちの世界でも同じような手口があったのを思い出す。


「しかし何故、ユーリ殿の名や風体を正確に把握していたのだろうな」

「出所は分からんけど、そういうもんなんだよ。勝手に送られてくる通信教育の郵便だって……」

「嗚呼! お待ちになってーーッ!」


 その勧誘女が、物凄い勢いで走って回り込んできた。


「非があったのならばお詫びしますわ」


 ほんとかよ。


「わたくしがこの場にてユーリさんをお待ちしていたのは、お願いがあったからですの」

「何だよ。AVの出演依頼か」

「えーぶい?」

「いや、言葉のあやだ」


 勧誘女は首を傾げながらも、言葉を続けた。


「ユーリさん、貴方が飢えた民たちに日々救いの手を差し伸べていらっしゃるというお話はかねてより耳にしております」


 今日来たばかりのフラセースにまで噂が届いてるなんて、いつの間にそんな有名人になってたんだ。

 ましてや最近はあまり活動もできてなかったってのに。


「その気高き信念を見込んで、是非お願いしたい旨がございます。どうかわたくしの父を、飢餓による死という深淵に引きずり落とされぬよう助けて頂けませんか?」


 よっしゃ、任せとけ。

 とは即答できなかった。

 相手の態度が高飛車だからとか、振る舞いが怪しげな勧誘じみているといった要素はあまり関係ない。

 だってなぁ……と、女の全体を見ようとしたはずなのに、つい胸元にできた深い谷へ目が行ってしまう。


「……どこ見てんのよ、変態」


 小さいながらも極めて鋭利なタルテの声が、心臓を責めてきた。


「は? み、見てねえし。つーか健全な証拠だし」

「落ち着け。矛盾しているぞ」

「お、おう。……失礼だけど、食うものに困ってそうには見えないんだけどな」


 そうだよ、本来はその派手で金かかってそうな身なりを見て指摘したかったんだよ。


「もっともな疑問ですわ。それについても説明致します。……父は、自らの意志で、食を断とうとしているのです」

「まさか……自殺ですか?」

「大間違いですわ。召使いは口を挟まないで下さる?」

「……!」


 タルテは明らかに傷付いた表情を見せたが、すぐにグッと飲み込んで平静を装おうとする。


「おい、こいつは召使いじゃねえよ。訂正しろ」

「あら、違いましたの。それは失礼」

「……いえ、わたしも勘違いしてすみません」


 険悪になりかけた空気を歯牙にもかけず、女は話を続ける。


「ユーリさんは当然、ローカリ教の存在をご存知ですわね?」

「まあな」

「わたくしの父は、ローカリ教の現教主なのです」

「マジかよ!?」

「わたくしが偽りを申しているとでも?」


 力の籠もった目でキッと睨まれ、つい両手を上げてしまった。


「悪い悪い、ついな。続けてくれ」

「ローカリ教は本来暴食を慎み、余った食糧を貧者や弱者へと分配して飢えを無くすことを主な教義としております。信徒もその範囲に含まれるため、本来は信徒も食の恩恵にあずかり、飢えから遠ざかるべきなのですが……

 より険しい道を究めんとする高位の信徒は、あえて食を断つこともあるんですの。食べるという行為の有難味を心の底から味わうため、願掛けのため、魔力を高めるため、異なる領域に在る存在と接触するため……理由は様々ですわ」

「それで、貴女の父君はいずれの事由なのだ」

「いずれでもありません。父は……御自身の……いえ、数多の民を救うために食を断ち……命さえもなげうとうとしていらっしゃるのです」


 ミスティラはここで一度言葉を切った。

 言うべきことを冷静に伝えるために、呼吸を整えているようだ。


「教主のみに許された極限の行を完遂して発動させた魔法は、多くの人々を飢えから救済せしめると言い伝えられています。ですが、成否に関わらず待ち受けるは死。未だ父に救いを求める民は数多く、修行に入るにはあまりに時期尚早とお止めしたのですが、どうしても聞き入れて頂けず……

 ユーリさんは不思議な力をお持ちだと聞きました。貴方ならば修行を止められるかもしれない。父を説得して……いいえ、妨害をしてでも。

 折よく貴方がここフラセースに向かっているという噂を聞きつけましたので、ずっとこの場にてお待ちしていたのです。どうか我が願い……聞き届けて下さいませんか。夜空に一際輝く、力強き星よ」


 胸の前で手を組み、ミスティラは俺に祈るような仕草を取る。

 高飛車さは既に消えていて、極めて真摯な佇まいで。


「おにいちゃん、たすけてあげようよ」


 真っ先に反応したのはジェリーだった。


「おねえちゃんから、すごくつよくてまっすぐな心がつたわってくるよ。ほんとに困ってるんだとおもう。ジェリーのほうは、あとでもだいじょうぶだから」

「……そっか。ありがとな」

「では……!」

「待たれよ」


 アニンが割って入ってくる。


「斯様に安請け合いして良いのか? 言いにくいが、コラクの時のような思いをする可能性もあるやもしれぬぞ」

「アニンの言う通りよ。せめて少し考えたほうがいいと思うわ」


 続いてタルテも忠告してきた。

 実にごもっともだ。2人とも心配してくれてるんだろう。

 ……でもな。


「ヒーローってのはさ、何度痛い目見ても這い上がらなきゃいけないってのが必須事項みたいなもんなんだよ」


 そうじゃないと、アルたちにも申し訳が立たないしな。


「ふ、愚問であったな。だがそれでこそユーリ殿だ」

「まったく、しょうがないわね」

「悪いな。……って訳だ」

「引き受けて下さるのですね。感謝致しますわ」


 ミスティラは恭しく一礼した。


「父を助けて頂いた暁には、この世界で最も尊い名誉と至宝を差し上げますわ。今はさて置きまして、早急にローカリ教の本部があるアビシスへと向かいましょう。馬車の用意がございます。召し……お連れの方々も、"特別に"同乗を許しますわ」

「どうも、ありがとうございます」


 タルテの語調には微かな棘が含まれていたが、ミスティラは全く意に介していなかった。

 ……大丈夫か、この2人。




 ミスティラに連れていかれた先に停まっていた馬車は、やたらと豪奢な装飾が施されていた。

 それに合わせて二頭の馬も真っ白な美しい毛並をしている。


「"麗しのシュフレ"号ですわ。さあどうぞ」

「まるで貴族のようだな」

「おひめさまになったみたい」

「称賛の言葉とは芳醇なぶどう酒のよう……いつ聞いても甘美な陶酔をもたらしてくれるものですわね」

「ほれ、早く乗ってみようぜタルテ。いやー楽しみだなー」


 タルテのきつい目つきに宿る「バカじゃないの」という一言が、いつ音声にならないか冷や冷やだった。

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