26話『チョラッキオ、国境付近の町』 その2
……とまあ、こんな経緯があった訳だ。
試練についてだが、成人するまでに終わらせればいいらしい。
両親からは急がなくていいと言われていて、渡されたお金も思っていたより大分多く包んであった。
そのため、時機についてはジェリーに任せていて、本人が好機と思った時、受けることにしている。
魔法の先生であるエレッソさん曰く、ジェリーの素質は花精の中でも優れているらしく、今の時点でも試練で習得しなければならない魔法を覚えるのは充分に可能なんだそうだ。
ジェリーの魔力については俺達もこれまでの旅で確かに目にしている。
すぐに受けるかどうかは別として、せっかくなので一度、試練の地であるフラセース聖国の四大聖地の一つ・リレージュへと向かうことにした。
本人的には結構乗り気のようで、
「ぜったい、すぐにおぼえちゃうから」
なんて息巻いていた。頼もしいことだ。
とにもかくにも、まずはこの森をささっと抜けなきゃな。
ちなみに里へ向かう時よりも進行は楽である。
安全かつ最短の道を進めるようにエレッソさんの使い魔、フクロウのチーノがずっと先導してくれているからだ。
ただ今回は里の警備もしなきゃいけない都合上、先導の命令だけ与えて魔力を割いていないらしく、一言も喋らない。
そのことでジェリーが少しだけ淋しがっていた。
「ジェリーね、"こはく"のゆびわがいいな。みどり色したの。コクスの森のずっとおくのほうで取れるんだけど、めずらしいからめったにないんだって。ねえねえ、おにいちゃんはどんなのがいい?」
……もっとも今は忘れてるみたいだけど。
「俺も緑色は好きだな。見てて目に優しいっつーか、癒されるし。うん、やっぱ緑色のがいいかな」
なんて受け答えしながら歩き続け、日没が近付いたら野営の準備を始めて、メシ食って寝て夜を明かし、朝になったらメシを食ってまた進む。
そうそう、その時ナータさんからもらった天幕になる木を早速使ってみたんだが、確かに凄い便利だった。
地面に挿すだけで急生長したかの如く膨張し、すぐに天幕……というか樹洞の開いた、激しい風雨にも負けないくらい頑丈そうな木が完成した。
中も快適で、6人くらいは中に入れるし、暑すぎず寒すぎず、そしてトラトリアの家みたいないい香りが漂っていた。
傷の治りはまだ試せてないが、説明通りの回復効果があったし、収納も簡単操作でやれる。
役に立つ所の話じゃないな。ナータさんたちに深く感謝だ。
こんな風に色々な助けもあって、苦も無く森を抜けられてしまった。
「ありがとうチーノ! おじいちゃんによろしくねー!」
「助かったぜ! 気を付けて戻れよ!」
出口まで辿り着き、役目を終えて引き返していくフクロウに礼を言い、俺達は久しぶりに森の外へと出た。
その瞬間、皮膚や第六感が空気の変化を捉えて、反射で身震いしてしまう。
そうだった、けっこうな期間滞在しててすっかり慣れちまってたけど、森の中は外界と空気が違ってたんだった。
どっちが元々の空気だったか、一瞬分からなくなっちまう。
空は曇りがちだったため、明るさの違いに戸惑いはしなかった。
「さて、チョラッキオに行くとしようか」
アニンが、前方に伸びている道の先を指差して言う。
チョラッキオとは、タリアンとフラセース聖国との国境付近にある町だ。
小さくだが、ここからでも目視できるほど近くにある。
「二人とも疲れていないか」
「平気よ」
「ジェリーもだいじょうぶ」
「よし、では行こうか」
「え、俺には聞いてくれないのかよ」
「……やれやれ。お体の具合はいかがですか、お坊ちゃま」
「ぼく、げんきだよ。……うん、その、ごめん」
6個の視線が痛い。
余計なことはするもんじゃない。教訓だ。
気を取り直して、チョラッキオへの道を進む。
ボエム・リタ方面から大森林を迂回して伸びている道と途中で合流し、一本の大きな道となる。
段々と町に近付くにつれ、旅人の姿を見かける回数が増えていくと、何だかホッとしてしまう。
チョラッキオはファミレのように、外周を高い壁で覆われた町だった。
違いは、壁の外側を更に水堀が囲んでいることか。
門番と軽く話をし、跳ね橋を通って門を潜り、町の中へと入る。
大きな通りやそこから派生した道できっちり区分けされた町並みは整然としてはいたが、アリゼイサやプレゴ、ましてやトラトリアのように、自然との調和はほとんど考えられていないみたいだ。
石造りの建物が多いからか、どことなく圧迫感がある。
ここは是非、タルテさんのご意見を伺いたいもんだ。
「どうよ、こういう町」
「え? ……別に、悪くないんじゃないかしら」
「お、意外だな。あんま好きじゃなさそうだと思ってたのに」
「治安がよさそうじゃない。これは間違いなくいい所だと思うわ」
なるほど、タルテの言う通り確かに空気が引き締まっている、というかピリピリしていて、あちこちに警備の兵士が巡回しているのが見える。
国境近くという場所柄のせいだろう。
それに、食うに困っている人間も特にいなさそうだ。
こりゃ俺の出る幕のなさそうな場所だな。
場所柄といえば、この町は貿易が盛んなようで、町の中央部が大きな市場になっているらしい。
今いる場所からでも見えるが、あのデカい建物がそうだろうな。
ファミレの市場とどっちが凄いか、ちょっと気になる。
これは一度見に行ってもいいかも。
だがそれよりも、まずはメシだ。
森の中で起きてすぐ食った後、水以外口にしてないから腹が減ってしょうがない。
その辺を歩いている人に道を尋ねて教えてもらい、食堂に向かう。
食堂は混雑しててけっこう待たされたが、久々に肉をがっつり食えたから満足だ。
「やっぱ……肉は……最高だな!」
「よくあんな大量に食べられるわね。ひさしぶりだから体があまり受け付けなかったわ」
腹部に手を当てながら、タルテが少し苦しそうな顔をする。
そう言いながらもそれなりに食ってたじゃんか、とは突っ込まない方がいいだろう。
「さて、どうする。先に手続きをしに行くか、市場を見に行ってみるか」
例に漏れず、肉をしっかり摂取したアニンが選択肢を提示してくる。
「先に手続きしちゃいましょうよ。混んでて、大分並ばないといけないんでしょう? 早めに済ませておいた方がいいわ」
最終的にはタルテの真面目な意見を採用して、俺達はまずフラセースへ行くための手続きをしに行くことにした。
タリアンとフラセースは友好関係にあるため、別段煩雑な手続きは必要ないと言われている。
というかそもそもこの世界、今は表立った国家間戦争が起こってないみたいなんだよな。
だからこそこんな風に気軽に旅ができる訳だ。
……なんだけど。
「うげっ、まさかこれ全部そうかよ」
「……凄い行列ね」
「トラトリアの人のかずより多いよ」
受付をしている建物から今俺達が立っている場所まで約50メーン、その間には長蛇の列ができあがっていた。
あそこで受け付けてるのはあくまでも手続き、それと国境城塞通過の証明物を渡されるぐらいだから、実際に国境城塞を通過する時は荷物検査などでもっと時間がかかるんじゃないだろうか。
「俺、こういうのに並ぶの苦手なんだよな。美味いメシ屋に並ぶくらいなら、すぐ食えるそこそこの店に入るくらいだぜ」
「私もだ」
「二人とも文句言わないの」
不平を垂れてる間にも、尻尾がどんどん継ぎ足されて成長していく。
「分かったよ並びますよ並びゃいいんでしょ」
「これも修行か」
意を決して最後尾につく。
……が、100数えるよりも早く飽きてくる。
「何だよ、全然列進まねえじゃんか。これ以上待てねえよ」
「早すぎるわよ! どれだけ短気なの!?」
「もういいや、ブラックゲートでパパッと国境を飛んじゃうか」
「なにバカなこと言ってんのよ。ジェリーみたいに大人しくいい子で並んでなさい」
「? ジェリー、ふつうだよ?」
「そうね。ユーリが子どもっぽすぎるのよね」
「タルテ殿、許してやってくれ。きっと退屈を紛らわせるためにあえて子どものふりをしているのだ」
それ、助け舟なのかどうかよく分からん。