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25話『ユーリ一行は再び旅に出る』 その2

 もうすっかり日課みたくなってて分かってるのか、扉を叩くと、すぐにジェリーが出迎えてきた。


「おはよう、おにいちゃん、おねえちゃん」

「おはよう、ジェリー」

「今日はなにしてあそぶ? あ、そのまえに、おじいちゃんちでおべんきょうしないとだね」


 笑顔の下にほんの少し憂いを隠しているのを見ると胸が痛むが、グッと堪える。


「勉強と遊びの前に、ちょっと話したいことがあるんだ」


 その一言だけで、ジェリーは早くも察知したらしい。

 わずかな間、顔を曇らせた後、すぐにそれを悟られまいと振り払って、


「えっと、ジェリー、今すぐあそびたいな! またお花畑にいきたい! こんどはおにいちゃんに首かざり作ってあげる!」


 懸命に訴えかけてくる。


「ごめんな」


 頭を撫でて、そう言ってやることしかできなかった。


「あら皆さん、おはようございます。ちょうど今、お茶を淹れようと思っていた所なんですよ。いかがですか」

「おはようございます。頂きます」


 まだ家にいたナータさんとコデコさんに挨拶をした後、


「いきなりすいません。少しお話したいことがあるんですが、いいですか」

「何でしょうか、折り入って」

「……明日にも、ここを発とうと思いまして」


 と、こちらの意向を伝える。


「おにいちゃん……!」

「もし遠慮されているのでしたら、全く気にすることはありませんよ。もっと居て頂いても……」

「お気持ちは嬉しいんですけど。……いえ、それよりもむしろ……別れが辛くなってしまうので」


 俺の手が、ぎゅっと強く握られる。

 視線を斜め下に向けると、ジェリーが早くも涙をこぼし始めているのが映った。

 それを見たタルテも涙腺が緩みかけていたみたいだが、唇を噛み、服の裾を強く握って何とか堪えていた。


 俺も他人事じゃない。

 声が変に震えないよう腹に力を入れ、屈んでジェリーと目線を合わせる。

 濡れているまつ毛に揺さぶられないように、左手にかかる握力に潰されないように。


「……今度こそ、父ちゃん母ちゃんと幸せに暮らせよ」

「……うん」

「離れないように、ちゃんとな」

「…………うんっ」


 抱きつかれる。

 こりゃ辛い思いをすんなってのが無理だよなと、すすり泣きに耳をくすぐられながら思う。

 いいか、泣くなよ、絶対泣くなよ、俺。


 タルテもまだ頑張っていて、木目を数えるように床を凝視している。

 アニンは穏やかな表情で、俺達全員を無言で見ていた。

 つくづく、こいつはすげえな。大人だよ。


「……そうですか。決められたのであれば、仕方ありませんね」


 ナータさんが静かに呟いた。

 感傷的な空気にはおよそ不釣り合いなほど、のんびりした声で。


「先に謝罪させて下さい。言いそびれてしまって申し訳ありません。時機を窺っていたのですが……」


 引き継いだコデコさんの言葉が、更に混乱を呼ぶ。


「皆さんには次の明確な目的地がおありなのでしょうか」

「明確、っていうような当てはないんですけど、せっかくなんでこのまま北上してフラセースの方に行こうと思ってます」


 今一つ真意が掴めないが、聞かれるまま答えると「おお」と感嘆したような、安堵したような声が返ってくる。


「それでしたら……もしよろしければ、今しばらく娘を同行させてやってもらえないでしょうか」


 ナータさんから発せられた予想外の依頼に俺達は、いやジェリーも含めて一瞬固まってしまう。


「もっと早くにお伝えするべきでしたね。申し訳ありません。どうやら私たち花精には、おぼろげながら他者の感情が分かる力が備わっているようで……つい言葉が遅れてしまったり、足りなくなってしまうのです」


 思い当たる節はある。

 コラクの村で、会話せずともアルの本質を見抜いていたな。


「ジェリーも、ずっと悩んでいたんでしょう? ユーリさんたちと一緒に行きたいけど、ママたちから離れたくもないって」

「わかってたの?」


 ジェリーが俺から離れ、きょとんとした顔を母親に向ける。


「それくらいはハッキリ分かるわ。あなたのママだもの。お兄ちゃんたちと行きたいなら、いいのよ?」

「でも……ジェリーがまたいなくなったら、ママとパパ、さびしくならない?」

「大丈夫よ、しばらく一緒にいられて、元気をもらったから」


 これは俺にも分かる。

 初対面の時と比較して、ナータさんもコデコさんも顔色が良くなっていた。

 ってそういう問題じゃないか。


「それに、無事なのが分かったんだもの。ママたちはもう大丈夫よ」

「ママ、パパ……ごめんなさい、ごめんなさい……ジェリー、いってもいい?」

「ええ、いいわよ。ママたちのほうこそ、意地悪するみたいになっちゃってごめんなさい」

「そういう訳で、後はユーリさんたちさえよろしければ。いかがでしょう」

「俺達は構わない、というか嬉しいですけど。でも本当にいいんですか? せっかく娘さんが戻ってきたのに」

「待たれよ」


 やや固い語調で、割って入ってきたのはアニンだった。


「ナータ殿、コデコ殿。然様に易く決めてしまってよろしいのですか。我々の旅は決して安全なものではありませぬ。ご息女の身を守り切れぬことも起こり得るかも知れませぬ」

「承知しています」


 両親は、はっきりと頷いた。


「最悪、そのような結果になったとしても、皆様を恨みは致しません。皆様の誠意に対する信頼は、いかなることがあろうと決して揺らぎはしません」

「それに、単に娘の願いを叶えてあげたいという思いだけが理由ではないのです。……娘にはいずれ一度、里を離れてもらわなければなりませんから」

「どういうことですか」

「私たち花精は、成人するまでに一度、必ず受けなければならない試練があるのです」

「試練、ですか?」

「花精としての使命を全うする魔法を得るべく、フラセースの四大聖地の一つ・リレージュへ赴かねばなりません」

「あっ、ジェリー、おじいちゃんからきいたことある! 花……花ふぶく……なんとかって魔法をおぼえなきゃいけないんでしょ?」


 コデコさんはにっこりと微笑んで、ジェリーの頭を撫でた。


「試練を受けるにあたり、花精以外の護衛を付けることが許されております。ですので、これは私どもからの正式な依頼でもあります。娘を、あなた方に託してもよろしいでしょうか。あなた方ならば信頼するに充分すぎますし、何より娘もよく懐いている。もちろん、相応のお礼は致します」

「ジェリーも、もっと一生けんめいがんばる。だからおねがい、いっしょにいさせて」


 ジェリーはもう泣いてなかった。

 葉を濡らす露のように残っていた雫を手の甲で拭い去り、強い眼差しを俺達に向ける。


 目でアニンに意見を窺う。

 私は構わぬ、という返答が、ブルートークを使うまでもなく読み取れた。


「……分かりました。娘さんは責任を持って俺達が守り抜きます。試練のことも任せて下さい」

「この身命に誓って、必ず」

「わたしも、戦いの役には立てませんけど……精一杯支えます」

「おにいちゃん、おねえちゃん……!」

「ありがとうございます。よろしくお願い致します」


 夫妻に深々と、長々と頭を下げられる。

 先日のように、頭を上げて下さいとは言えない。

 それは託された大事なものを無下にする行為にも等しいからだ。


「またおにいちゃんたちといっしょにいられるね。うれしいな」

「おう、俺もだよ。またよろしくな」

「期待しているぞ。魔法使い殿」

「うんっ!」

「大泣きせずに済んだな、タルテ」

「う、うるさいわね! あんただって最初泣きそうになってたじゃない!」


 やれやれ。

 和ませてやろうと思ったのに、逆効果だったみたいだ。


「僕が? 何を証拠に言っているんだね。君とは違うのだよ、君とは」

「ぐっ……!」

「おやおや、安心した途端に夫婦喧嘩か」

「違えよ!」

「誰がっ!」

「ふたりとも、もっと仲よくしないとダメだよ。パパとママみたいに」


 夫妻やアニンから笑われてしまい、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。

 違うんだよ、笑わしたいんであって、笑われたいんじゃないんだよ。


 ま、いいか。

 まさかの成り行きに、ある意味肩透かしを食ったような気分だが、また4人で旅ができるのは嬉しいってのが今の俺の正直な気持ちだった。

 エレッソさんが言ってたのは、こういうことだったのか。


 かけられる責任は一層重くなったが、しっかりやってやるさ。

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