25話『ユーリ一行は再び旅に出る』 その1
トラトリアでの滞在中、俺達三人はエレッソさんの家に厄介になっていた。
最初はジェリーの両親から、自分たちの家に泊まってはどうかと提案されたが、辞退させてもらった。
せっかくの家族水入らずを邪魔しちゃ悪いからな。
里のどこかに天幕を張らせてもらって生活しようと思ってた所を、エレッソさんの厚意で変更になったって訳である。
生粋の花精らしいエレッソさんは温厚で親切な、凄くいい人だ。
そんな人柄だからか、里の人たちからも頼りにされているらしく、毎日のように相談者がやってきたりする。
普段は使い魔であるフクロウのチーノを飛ばして里周辺の警備をしているみたいだが、それでも嫌な顔一つせず応対し、なおかつジェリーや他の花精の子どもに魔法を教えてもいた。
「おじいちゃんはね、むかしフラセースのおしろではたらいてたんだよ。えらい魔法つかいだったんだって」
「これこれ……昔の話ですじゃ。今はただの気楽な隠居じじいゆえ」
教え子にそう褒め称えられると、長いひげをこすって少し照れ臭そうにしていた。
それにしても、遠隔で魔法を操ったり、デカい泥人形を複数作れるくらいだから相当な使い手だとは思ってたけど、城勤めしてたなんてな。
一度、夕食の席で退職理由をそれとなく尋ねてみたけど、曖昧に濁されてしまった。
きっと話したくないんだろう。
あまり詮索するのも失礼だから、深入りはしないでおいた。
魔法といえば、何日か前にタルテがこんなことを頼んでいたっけ。
「エレッソさん。厚かましいお願いで恐縮ですが……その、わたしにも魔法を教えていただけませんか?」
「貴女に、ですかな」
「はい。ユー……仲間たちの足手まといになりたくないんです。必要なことはなんでもします。どうか……」
「大変申し上げにくいのじゃが……魔法は先天的な資質が物を言う技術なのじゃよ。失礼ながら、貴女から魔力の資質は……」
「そう……ですか」
分かっていたことを改めて突きつけられて、タルテは深く落ち込んでいた。
もっとも、魔法が使える資質を持ってるのって結構な少数派なんだけどな。
花精は例外なく地・風系統を使える資質を持って生まれてくるらしいけど。
「お気を落とされるな。ご自身の得意な分野を伸ばしていけばええ。互いが長所を発揮して他者の短所を補い合う、それが仲間というものじゃ」
「……はい、わかりました。ありがとうございます」
こんな状況でもお礼を忘れないのがタルテらしい。
ただ、意外と精神的衝撃を引きずってはいなかったようで、早々に別の訓練を始めていた。
暇さえあれば、里の人から借りた狩猟用の弓を射たり、石を投げたりしている。
「おっ、今日も指がボロボロになったな。ほれ、手貸しな。治してやるよ」
「いいわよ別に」
「遠慮すんなって。……はい、完了」
「あ、ありがとう……でも、あの女の人たちとこっそり会ったりしちゃダメだからね」
「だから会わねえっての」
まだそのネタは続くのかよ。
そう、里に滞在してる間、四六時中と言っていいくらいタルテに監視されていたんだよな。
特に里の女の人たちとの接触を厳しく制限されていて、単独では話もできなかった。
あちらさんから近付かれても、何故か俺に責任があるみたいな扱いになるし。
俺は性犯罪者か?
つーか、そもそもあの二人の花精に何もしてないんだし、俺は悪くないと思うんだが。
本人の練習中も同様で「助言して」という名目の下に付き添いをさせられ、単独行動を禁じられていた。
助言と言っても、俺は弓なんか使ったことがないから、何も言いようがない。
できるのはせいぜい「"一射絶命"を肝に銘じて射ろ」なんて伝わりもしない、そもそも俺自身腑に落ちてない言葉を茶々として飛ばすくらいだ。
とまあ、一つの不満点を除けば、トラトリアへの滞在は実に快適で充実した生活だった。
流石に世話になりっ放しだとケツが落ち着かないから、できうる手伝いはさせてもらったが。
そうそう、ここの森では、動物を狩るのは原則的に禁忌に近い行いらしい。
タルテが弓を借りられたのはこの辺の事情もあった。あまり使わないからと。
で、ほとんど狩りをしない代わりに、必要な分の食べ物を森に願うと与えてもらえる決まりになっている。
俺達も実際その場面を見せてもらったんだが、興味深かった。
木がひとりでに実を落としてくれたり、洞から湧き水を出してくれたり……
まさしく、森の恵みを得て共生しているって感じだった。
ちなみに与えられる見返りとして、里の人間はきちんと森の管理などを行っていて、俺達も少し手伝わせてもらった。
おかげさまでこの里に世話になってからというものの、とんと肉や魚を口にしておらず、大分健康的な食生活を送らさせてもらっている。
別に不満はない。食べ物が美味いことは美味いし。
胃腸も同意なようで、お通じもいつも以上に快適ってやつだ。
あとは……ジェリーに頼まれて、里から少し離れた花畑についていったりもしたっけ。
父親に花の首飾りを作ってあげたかったらしい。
あそこも絵本に出てきそうな綺麗な場所だったな。
たまたま天空の浮遊島・インスタルトが通過する日みたいだったから、尚更そう感じた。
……いや、それよりも。
その時も少し気になったんだが、どうもここの所、ジェリーに元気がないように見える。
体調が悪いみたいじゃないみたいだけど……何かあったんだろうか。
……違うな。
きっと、薄々分かってたんだろうな。
別れる時期が、段々と近付いてきてるって。
「ユーリ殿、そろそろ出立を考えた方がいいのではないか?」
最初に具体的な話として切り出してきたのはアニンだった。
花畑に行った翌日の夜のことである。
「ああ、そうだな」
居心地が良すぎたもんだからついつい長居しちまったが、そろそろ出発しなけりゃな。
それに……あまり居続けると、より別れが辛くなっちまう。
「おいおいタルテ、今からあんまシケたツラしてんなよ。この間も言ったけど、笑ってようぜ」
「……ええ」
タルテは両手で頬を叩いて、無理に笑顔を作る。
「して、次はどこに向かうのだ?」
「そうだなぁ……せっかくだからこのまま北に進んで、フラセースにでも行ってみるか」
「うむ、私は異存ない」
「わたしも、いいわ」
とりあえずの目的地はあっさりと決まった。
肝心なのは、旅立ちをいつにするかだ。
「早い方がいいと思うぞ」
「だな。……そんじゃ、明後日の朝にすっか。明日は挨拶と準備だ」
タルテとアニンは、神妙な顔をして頷いた。
具体的な旅立ちの予定が決まった所で、まずはエレッソさんに報告することにした。
「左様でございますか。どうぞ、お気を付けて」
「長い間ご厄介になってしまいまして……お世話になりました」
「いえいえ、老いぼれの話し相手になって下さって、こちらこそ感謝しておりますぞ」
タルテの言葉に、エレッソさんは人の好い笑顔で返した。
「ときに御三方、やはりジェリーとの別れは辛いですかな」
「ええ、正直……つらいです。長い間、いっしょに過ごしてきましたから」
タルテが、俺達の総意を代弁する。
「そうじゃろうなぁ。……ですが、そんなに悲しむこともないと思いますぞ」
「どういう意味でしょうか、エレッソ老」
「明日、ご自身で確かめられるとよい。すまぬが、わしからは申し上げられませぬでな」
エレッソさんの意外な発言が謎を呼んで、俺達は顔を見合わせてしまう。
結局真意は分からないまま翌朝になって、メシを食った後、ジェリーの家に行くことになった。
今日は薄曇りのようで、弱い日光がぼんやりと里に差し込んでいる。
ただそれがむしろ、蛍に似た魔力の光を幻想的に際立てていた。
この光景を目にするのも、こうやって池の上の桟橋を歩いてジェリーの家に向かうのも、そろそろお終いになるんだな。
エレッソさんからはあんな風に言われたが、いざ伝えに行くとなると、どうも感傷的にならざるを得ないし、変に緊張しちまう。