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23話『ジェリーの故郷、トラトリアの里』 その4

 賑々しい音楽と踊りが止んで、音楽が竪琴一本に切り替わった頃、コデコさん製のアップルパイが運ばれてきた。


「お待たせしました」

「あっ、まって! ジェリーもたべる!」


 心ゆくまで踊り倒したジェリーも匂いを嗅ぎつけやってきて、早速4人で切り分けて食べる。


「……う、美味い!」

「店を開けば大繁盛間違いなしだな」

「ママのアップルパイ、やっぱり世界でいちばんおいしいな」

「完璧なサクサク感と甘酸っぱさ……! わたしにも作り方を教えてください!」


 大絶賛の声を次々浴びせられて、コデコさんは頬に手を当ててはにかむ。

 それと、真剣に教えを乞うタルテに、酔いは回っていないようだった。

 チビチビやることで回避したみたいだ。

 ほんと頑固というか、自制心が強いよな。


 自分で言うのも何だが、俺はもうそれなりに来ている。

 一応理性はまだちゃんとしてるが。


 ……だけど、込み上げる尿意についてはどうしようもない。


「ちょっと花摘みに行って参りますわ」


 ほろ酔いの上機嫌から繰り出されたボケがアニン以外に伝わらなかったのがちょっと悲しい。


 ともあれ、広場から少し離れた所にある小屋で用を済ませ、戻ろうとすると、誰かが近付いてきた。

 さっきまで踊っていた、二人の花精の女性だった。 


「あ、お疲れ様っす」

「私たちの踊り、いかがでしたか?」

「とっても良かったっす」


 審美眼の無さから、そんな陳腐な言葉しか出てこない自分が悲しい。


「光栄ですわ」


 それじゃあ、とここでお別れ……にはならなかった。

 二人揃って、やけに真剣な顔でじっと俺を見てくる。


「少しよろしいでしょうか。大事なお話があります」

「はあ」


 二人はきょろきょろと周りを見て、誰もいないのを確認する。

 一体何の話をするつもりだろう。


「大事なお話というのは、ほかでもありません」

「あの、今夜私たちと同衾して下さいませんか?」

「ファッ!?」


 い、いきなり何言い出すんだよ!

 変な声出しちまったじゃあねえか!


「どうかふしだらな女と誤解なさらないで下さい。決して遊びや快楽だけを求めて申しているのではありません」

「里では今、若い男性が不足しているのです。花精の男も、もうほとんどおりません」

「ですので、人間と混ざって薄くなろうとも、花精の血を次の世代に残していかなければならないのです」

「あなたのお人柄は今回の一件でよく分かりました」

「それにお見受けした所、相当腕が立つご様子。強い戦士の血ならば、私たちとしても申し分はありません」

「……見た目も素敵ですし」

「恐らくコデコさんも、あなたにジェリーちゃんを託すでしょう」

「私たちの血脈を救うと思って、どうかよろしくお願いします」


 託すというのがいまいちよく分からんが、どうやらからかってる訳ではないようだ。

 でも、しかしなあ。


「えっと、その、こういうのは順序というか、まずはちゃんとお互いを深く知り合うのが大事だと思うんすけど」

「意外と純情なのですね」

「でしたら、ゆっくりと想いを深め合いましょうか。恋愛物語のような甘い言葉を交わし合うのも良いですわね」


 あれ?


「では、早速私たちの臥所へ参りましょうか」


 やばい、選択を間違えたかもしんねえ。

 いや、どう答えてもこういう風に誘導されてたような……


「ご安心を、お連れの方には上手く言っておきましょう」

「私たち、経験がないので、優しくしてくださいね」


 すぐ近くで囁きかけるように言われ、一方の女性にそっと身を寄せられる。

 別に露出が多い訳でもない花精の民族衣装がやけに艶めかしく見えてしまい、ついつい生唾を飲み込んでしまう。

 ふわりと漂う甘い香り。

 やっぱいいにおいがするもんなんだな……って何考えてんだ。


 こりゃちょっとやばいな。

 俺だって男だから、こんな綺麗どころ、しかも2人に誘われりゃあ何も感じないはずがない。


「…………うっ!」


 断っとくが、決して暴走して先走ったんじゃあない。

 物凄い悪寒が全身を駆け巡っていったんだ。


 酔いが一瞬にして醒めるほど鮮烈だった。

 反射的に体がシャキっと直線的になってしまう。


「あら、どうかなさいました?」

「緊張されてるのですか? 可愛いですね」

「いや、そうじゃなくて」


 なんてやり取りをしてる内に、ザクザクと乱暴な足音を立てて、殺気を飛ばした主がやって来る。

 暗がりで詳細がよく見えないが、誰何するまでもない。


「おっタルテ、お前も……」


 便所か?

 と、誤魔化しの言葉を続ける予定だったが、俺はそれ以上声を出すことができなかった。

 一切の弁明を受け付けない、ホワイトフィールドよりも強固な障壁があったからだ。

 表情がはっきり見えず、雰囲気だけで判断するしかないのがかえって怖い。


「……お花を摘みに行くって、そういう意味だったのね」

「バ、ち、違えよ! 偶然の産物で上手く言葉がハマっちまっただけだ! マジで用足すだけだったんだよ!」


 単なるボケがこんな展開に結び付くなんて、予想できる訳ねえだろ!


「あら、お二人は既に恋人だったのですか?」

「そこまで進展している雰囲気は見られなかったのですが……大変失礼しました」

「ち、ちがいますっ! 誰がこいつなんかと……!」


 瞬時に殺気を消し、真面目形態で慌てふためくタルテ。

 今さっきの俺だけに飛ばした殺気といい、器用な奴だな。


「でしたら、私たちとユーリさんが睦み合っても、問題はありませんよね」

「ダメですっ!」

「何故です?」

「とにかくダメなものはダメなんです! それに、こんなやつでもいてもらわないと困るんです! そ、それと、こいつがいたら、里が食糧不足になっちゃいますよ!」


 ひでえ言い方だな。


「いえ、最低限、子どもだけでも授けて下されば構いません」

「後は里の者たちで大切に育てていきますから。血を繋げれば……」

「そういう問題じゃありません! 他をあたってくださいっ! ほらユーリ、さっさと戻るっ!」

「いてて、耳引っ張んなよ。あー、何かすいません」


 助かった……と言っていいんだろうか。分からん。


「その気になったら、いつでもいらして下さいね」

「枕を1つ増やしてお待ちしております」

「はあ」

「真剣に聞かないっ!」

「……俺が悪いのかよ」


 にしても、花精ってのはもっと慎ましげなものだと勝手に思ってたんだが、違うのか?

 コデコさんもこんな風にナータさんを……

 いや、これ以上考えるのはやめとこう。

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