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23話『ジェリーの故郷、トラトリアの里』 その1

「……む?」


 一番最初に気付いたのはアニンだった。


「皆、止まれ!」


 張り詰めた声が響くのと同時に、頭の芯が一瞬ぐわんと揺れる感覚がする。

 なんだ? 敵の攻撃か?

 でも、その後に続く心身への毒性作用は……ないみたいだ。


 ……いや!

 なんだありゃ!?


「森が……動き出した!?」


 タルテの声。

 どうやら俺と同じものが見えているようだ。

 そう、これまでは精々ジェリーの声に応えて行き先を示す程度だった木が、いきなり派手に活動し始めたのだ。

 草は炎のように踊り、触手のように根っこや枝がうねうねと、まるで生物のように。


「魔物か、魔法の仕業か!?」

「ちがうよ! これ、ツマヤの花のせいだよ!」

「ツマヤの花?」

「花がとばす見えない粉をすっちゃうと、まわりのものがグルグルしちゃうの!」


 つまり幻覚作用みたいなのがあるってことか!

 今さっきの変な感覚はこれが原因か。


 だが、周りで花なんて咲いてたか?

 風も吹いてなかったし、一体どうやって……


「ユーリ殿、回復を!」


 アニンの声に、俺ははっと我に返る。

 そうだ、のんびり推理してる場合じゃあねえ。

 すかさずグリーンライトを自分にかけてみる。

 ……しかし。


「ダメだ、効果がねえ!」


 植物の躍動は止まない。

 ただ言い換えれば、花粉には体に悪影響の及ぶ毒素は含まれていないということになる。

 少なくとも死に至りはしないはずだ。


 とはいえ、油断はできない。

 何とかしてこの幻覚を解除しないと、これ以上まともに進めもしねえ。

 せっかくジェリーの故郷のすぐ近くまで来てるってのに。


 そんなの知ったこっちゃねえと言わんばかりに、障害のおかわりがやってきた。

 周囲の地面が脈動したかと思うと、合計4ヶ所からモコモコと隆起が発生し、一定の形を取り始める。


 これは幻覚ではないという確信がある。

 何故なら……


「これって、ジェリーが使えるのと同じ……」

「"泥の輩"だ!」


 しかし、デカさが全然違う。

 ジェリーの作るそれよりも優に2倍以上あるぞ。


 合計4体の泥人形は、俺達を前後左右から取り囲んだまま様子を窺っている。

 こういう時は先制攻撃に限る。


「食らえッ!」


 まず目の前にいる奴の足に塊状のクリアフォースを叩き込み、自壊させる。

 所詮はデクだから、人形そのものに殺傷能力はほぼ無いに等しいし、動きも鈍い。

 ペリッテ平原でジェリーがそうしたように、防衛に徹しさせるのが主な活用法だ。


 ただ、破壊されても容易に再生が可能という利点(敵に使われているこの場合は難点だが)がある。

 案の定、今ブッ壊した奴も即座に元通りになってしまう。


「ユーリ殿は二人を守れ!」

「おっしゃ!」


 アニンの意図は分かった。

 花粉と泥人形の間を縫ってやってくるかもしれない"本命の攻撃に備えろ"ってことだろう。


 二人を後ろに集め、ホワイトフィールドを展開しつつ、周囲を警戒する。

 剣で泥人形を斬り砕くアニン、積極的に動かない他の泥人形、相変わらずゴニョゴニョと気味悪く蠢く植物……


「……ん?」


 攻撃の兆しよりも先に、別の違和感に気付いちまった。


「どうしたの?」

「いや、何かおかしくねえか。花粉にせよ泥人形にせよ、俺達を攻めてくる気がないじゃんか」

「囮というか牽制で、隙をついて別の何かが攻撃するためじゃないの? だからあなたがこうして守ってくれてるんでしょう?」

「そこがそもそも疑問なんだよ。んなまだるっこしいことしなくても、最初から罠や他の魔法で直接不意打ちかければいいじゃねえか」

「……言われてみれば」


 そう、これを仕掛けてきた存在は、別に悪意を持っていないんじゃないだろうか。


 じゃあ、何のために?

 一体誰が、この場所で、どのような目的でこんなことを?


 ……問いを続けていると、けしかけてきたのは誰か、自ずと想像がついてきた。


「アニン! 術者を見つけても、傷付けないようにしろよ」

「……なるほど。承知した」


 アニンも気付いたようだ。


「ジェリー、今の状態で植物の声を聞けるか?」

「……きこえなくなっちゃった」

「そっか。それともう一つ、もしツマヤの花が見つかったら、焼いてもいいか?」

「できたら、もやさないであげてほしいの」


 悲しげな顔をして、ジェリーは最初に質問した時よりも強めに首を振る。


「分かった、任しときな」


 気休めじゃなく、燃やさずに切り抜けられる目算はあった。

 誤解が解ければ、すぐにでも治まるだろう。


 だが、どうして気付かない?

 ジェリーの姿を見れば、すぐにでも分かるだろうに。


「なぁジェリー、ちょっと呼びかけてみてくれないか。植物にじゃなく、あの泥人形を作った相手に」

「うん。なんて言えばいいの?」

「"ジェリーが帰ってきた"って、大声で教えてやりな」


 ここでジェリーも意図を察したらしい。

 顔を明るく輝かせ、大きく息を吸い込んで、


「ジェリーだよーーーっ!! かえってきたよーーーっ!! お人形をしまってーーー!!」


 キンキンに張った声を蠢く森に放った。


「……ねえ、あれ!」


 変化はすぐに現れた。

 蠢く木のかなり上方から、何かが飛び立つ。


 植物の類ではない。

 あれは……


「フクロウ?」


 夜でもないのに、何で活動してるんだ。


 まず考えられるのは、魔法使いが使役しているからという理由だ。

 というか、状況的にそれしか考えられない。


「あっ、チーノだ!」

「チーノ? 知り合いか?」

「うん、ちかくに住んでるおじいちゃんが飼ってるの。"つかいま"って言ってた」


 予想的中。

 払戻金が出ないのが残念なところだ。


 それはともかく、フクロウのチーノは柔らかそうな羽を広げ、俺達の頭上を滑空して横切って近くの枝に留まる。

 不思議なことに、留まっている部分の枝だけは動かずにピンと元通りになっていた。


 チーノから害意は感じられず、大きくつぶらな瞳でじっと俺達を見下ろし、観察しているような素振りを見せている。


「どうやら穏便に解決しそうだな」


 アニンは既に攻撃を止め、剣についた泥を拭っていた。

 泥人形の方も何もせず、ただ突っ立っているだけだ。


「……しばらくそこでお待ち下され。薬を持っていきますでな」


 ややあって、フクロウを通して老人の声がした。


「おじいちゃんの声だ!」


 フクロウのチーノはジェリーに返事する代わりに、未だうねり続ける森の奥へと音もなく飛び去っていった。


「多分もう大丈夫だろ。おじいちゃんが来るまで休んでようぜ」

「この状態で? ちょっと落ち着かないわね」


 辺りを見回して、タルテが困惑顔を作る。


「目つぶってればいいんじゃね」

「なるほど」

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