22話『コクスの大森林』 その3
「焚火って、見てると落ち着くよな」
「そうね。どうしてかしら」
「それはな、火の揺らめきが1/fゆらぎだからなんだぜ」
「えふぶんのいちゆらぎ?」
……あ、しまった。調子乗って墓穴掘っちまった。
とりあえず、深く突っ込まれる前に自白しとこう。
「詳しいことは俺にも分からん。何かで聞きかじっただけだから」
「ちゃんと調べときなさいよ。気になるじゃないの」
「悪い悪い。……ただもう調べられる機会は来ないだろうなあ」
そんなやり取りをしている内に、ジェリーはアニンの膝の上で眠り始めていた。
示し合わせるでもなく、声量を落とす。
「タルテ達も早めに寝といたらどうだ。きっと明日も早起きになると思うぜ」
そうね、とタルテは向こうの可愛い寝顔に目をやって目元を緩める。
てな訳で食後のお喋りもそこそこに、片付けや明日の準備などを済ませ、タルテとアニン、ジェリーは天幕の中へと移動していった。
俺も寝たいのは山々だが、一応誰かが見張りをしとかなくちゃまずいからな。
でもまあ、孤独感に浸るには悪くない環境だ。
夜の闇に覆われて、完全に静まり返った森をぐるりと見回す。
賑やかなのもいいけど、時々は独りになるのも心の釣り合いを取るためには必要だと思うんだよな。
ヒーローと孤独は、ハンバーガーとコーラのように切り離せない関係にあると思ってる。
……が、すぐに飽きて誰かと話したくなってしまう。
我ながらこの持続性のなさ、どうにかならんもんだろうか。
とりあえず、焚火に薪を放り込む。
火勢は全然弱まっていなかったが、そうでもしないと間が持たない。
パチパチと静かに爆ぜる音を立てながら、踊るように揺れる火。
1/fゆらぎの詳しい知識がなくても、落ち着くには落ち着く。
でも、誰かとならともかく、独りで見るには足りないものが幾つもある。
おまけに早くも小腹が空いてきた。
寝る前にタルテが渡してくれた夜食のショートブレッドを袋から一つ取り出し、かじる。
「うん、美味い」
独り言を呟いたのはわざとだ。
退屈を紛らわせるにはこういうのも大切なんだよ。
とはいえ、コラクの裏山に独りで向かった時よりは100倍マシだ。
天候も環境も全く違うし、火もある。
何より、すぐ近くに皆もいる。
でも、状況が多少なりとも似てるもんだから、やっぱりつい思い出しちまう。
あの時のことは、これから先も一生忘れないだろう。
ユーリ=ウォーニーとしての人生を全うして、また生まれ変わりがあったとして、その先まで記憶が残ってるかどうかまでは分からないが。
「…………上等」
忘れられないなら、ずっと背負っていけばいい。
これが強くなるために背負わなきゃいけない負荷だってんなら、喜んでそうしてやる。
「腑抜けてるように見えたら、いつでも食いに来ていいぜ。……アル、アン、サガ」
よし、感傷に浸るのはやめだ。
気を紛らわそう。木だけに。
たった今、ふと閃いたことを試してみたい。
近くにある適当な木に手をあて、まずは普通に話しかけてみる。
「聞こえるか? 聞こえてたら枝を動かすなりしてみてくれ」
精一杯の誠意を込めて話しかけてみたが、全く反応がない。
分かってる。ここまでは予想通り。
試したいのはこっからだ。
――じゃあこれならどうだ。返事してくれよ。
…………。
――頼む、ウンとかスンとか言ってくれ。
…………。
――うぉおおおおい!!
…………。
「……ダメか」
まさかブルートークを使っても反応なしとは。
流石の俺もこの結果にはしょんぼりしてしまう。
「イケると思ったんだけどなー。やっぱ精霊っぽい種族じゃないとダメなのかなー。それとも奥手なだけか? だったら遠慮しないで心を開いてくれよ。心配しなくてもバッチリ受け止めてやるぜ」
「独りでこっそりお話か……淋しいならばそう言えばいいものを」
「!!」
驚きのあまり、心臓を口から吐き出しそうになった。
ただし、意思疎通に成功したからじゃない。
「お、おま、気配消していきなり後ろから声かけんなよ! あと含み笑いしながら憐れむように見るな! 別に淋しくてやってたんじゃあ……!」
「静かに。二人が起きてしまう」
お前が不意打ち仕掛けてくるからじゃねえか。
ったく、心臓がまだバクバク言ってやがる。
「私で良ければ、幾らでも話し相手になるし、何なら慰めてもやるぞ」
「馬鹿、そんなんで話してたんじゃねえって。単に俺も木と会話できるか実験してただけだよ。つーか見張りの交代にはまだ早すぎんだろ」
「そうなのだがな、どうにも寝つけなくてな。ユーリ殿の傍にいさせてくれないだろうか」
以前からの愛用品だという、ひょうたんを利用した水筒を開けて一口飲み、笑みを作る。
十中八九、いや確実に中身は酒だろう。
「ああ、どうぞ」
正直、ありがたい申し出だ。
その後は(タルテには内緒で)酒を少し分けてもらいながら夜食をかじり、アニンと雑談することでとりあえず退屈を感じずには済んだ。
……お互い、少し寝不足気味にはなっちまったが。
「おはよう、おにいちゃん、おねえちゃん! はやくいこっ!」
翌朝もジェリーは早起きだった。
空が明るくなる少し前に目を覚まし、寝癖のついた髪を直しもせず、出発をせがんでくる。
「まあまあ、まずは朝メシだ。食わないと元気が出ないからな。それと髪も直さないと、かわいこちゃんが台無しだぜ」
なだめつつ身支度を整えた後、朝メシとして薄く固く焼かれたパンにイチゴジャムをたっぷり乗せてかじる。
甘ったるさと噛み応えのある感触が、眠気を体の奥に押しやってくれた。
漠然とした地図を見て次の目的地を決め、ジェリーが周りの木々に最適な順路を尋ね、答えが返ってきた後、再びトラトリアの里に向かって出発する。
昨日と同じくらい進めたと仮定すると、里に着くまであと2~3日はかかる計算になる。
いい具合じゃないだろうか。食糧も充分持つ。
どこまで行っても変わり映えのしない景色、匂い。
2日目、3日目と、つつがなく森の奥へ奥へと歩みを進めていく。
変化が訪れたのは、4日目の昼前だった。
「……あっ!」
突然、ジェリーが甲高い声を上げ、繋いでいる俺の手をグイグイ引っ張ってきた。
「あっちから、なつかしいかんじがするよ! ジェリーのおうちみたいなかんじ!」
興奮気味に、木々が案内している向こう側を指差す。
目を凝らしても、まだ人の手が加わったような形跡は全く見られないが、どうやら進んでいる道に間違いはないらしい。
「あと少しね」
「あまり張り切りすぎぬようにな。御両親に元気な姿を見せられなくなるゆえ」
「はーい!」
お返事こそ立派だったが、実際はほとんど右から左なようだ。
俺の手を振りほどかん勢いで、歩く速度を更に上げだす。
そりゃそうなるよな。長い間帰っていない家にやっと帰れるんだから。
ましてや年端も行かない女の子だ。
抑えろってのが酷な話だよな。
「よっしゃ、あと一息、ちょっとばかし急ぐか」
だったら、付き合ってやった方がいいだろう。
タルテとアニンにも目線で同意を求めると、それぞれ苦笑が返ってくる。
というか俺達が抑えようとするまでもなく、それからある程度進むと、何者かによる妨害が割って入ってきた。