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21話『プレゴの町とティパスト川』 その3

 とはいえ、このまま防戦一方の持久戦はまずい。

 魔力由来じゃないから俺はそう簡単にバテないが、タルテとジェリーの体力がそろそろ危険水域だ。

 それに魚鱗象の方の弾数も事実上の無尽蔵である。


「ブラックゲートで退避できぬか?」

「舟ごとは無理だ。それに今の腹具合じゃあ陸までも届かねえ」

「ねえ、あの象までは飛べないの?」


 ここでタルテが話に入ってきた。


「イケるな。クリアフォースやレッドブルームが届いたから」

「だったら、呪符を……!」


 言わんとしてることは分かる。

 その選択肢は俺の頭の片隅にもあった。

 確かにあれを使えば何とかなるはずだ。


「いいんだな」

「ええ、出し惜しみしてる場合じゃないわ」

「だよな。よし、じゃあ俺が貼ってくる。悪いけど誰か呪符をここまで持ってきてくれ」


 横着してるんじゃなく、水銛を防がなきゃいけないからだ。

 けっこう短い間隔で、しかも牽制を混ぜて撃ってくるため、気を抜けない。

 ほら、また撃とうとしてやがる。


「……おにいちゃん、もってきたよ!」

「お、ありがとな」


 水銛を相殺しつつ、右腕を後ろに伸ばして"縛鎖の呪符"を受け取る。

 直後、舟がグラグラと揺れる。

 ジェリーが離れたわずかな隙を狙って、水影が舟の横っ腹に突っ込んできやがったんだろう。

 かなり強い衝撃だったが、舟は大丈夫か?


「気にせず行って下せえ! あっしにゃ分からんが、すぐ行ってすぐ戻ってこれるんでしょう!?」


 俺の心を読んだかのように、おっちゃんが強い語調で後押ししてきた。


「私達を信じよ!」

「がんばって!」

「……よっしゃ!」

「いい? 念じながら貼るのよ!」

「おう!」


 念を押す意味での確認を済ませ、飛ぶ機を窺う。

 飛んでから貼るまでの間を狙われて、舟を沈められるのだけは避けなければならない。


 ……よし、水を吸った。


「……うおっしゃあ!」


 焦らず確実にホワイトフィールドで防ぎ、相手が弾を撃ち尽くして給水状態に入ったのをきっちり確認して、すぐにブラックゲートを使用。

 象の真上に飛ぶ。


 靴裏と象の鱗が触れ合った時、カチッという硬質な音がした。

 これは攻撃を受け付けない訳だと得心する。

 つーかこれでよく浮いてられるな。疲れないのか?


 魚鱗象は驚く以前に、異物が背中に乗っかっているのにすら気付いてないようだ。

 身を守るどころか、まさか感覚すら遮断されてるのか?


 どっちでもいい。好都合だ。

 果たして通用するのかという一抹の不安を心の奥に押し込み、念を込めて呪符を背中に貼り付ける。


「お前は強えよ、認める。つー訳で裏技使うぜ、悪いな」


 効果はすぐに現れた。

 紫の電光が弾けながら象の全身を一瞬駆け巡った後、巨体が文字通り一切微動だにしなくなり、ズブズブと無抵抗で川の中に沈んでいく。

 良かった。正直ホッとする。


 足場が無くなる前に、再びブラックゲートを使って舟の上に戻る。

 接着剤で貼っ付けた訳じゃあないから、水中でも粘着力が失われたりはしないだろう。


「やったわね!」

「ああ、シィスに感謝だな。さ、早いとこ抜け……」


 舟の激しい揺れが、言葉を強制的に打ち切った。

 そうだ、喜んでる場合じゃあねえ。水影の方も何とかしねえと。


 ……っておい!

 これ、ヤバいんじゃねえか?


「水が……!」


 タルテの悲痛な声が、起こった事態の深刻さを的確に表現していた。

 今の体当たりで穴を開けられたんだろう、舟の後方右側から浸水が始まった。

 水勢を見るに幸い損傷は軽いようだが、この先まともな航行は難しいだろう。


 ったく、何でこう俺は乗り物運が悪いんだ。

 いやいや、文句つけてる暇はねえ。

 とにかく今すぐ敵を全滅させて、沈む前に舟をひっくり返して浮き輪代わりにして、上に荷物とタルテとジェリーを乗せて、その後俺達が……


 こっちが全力で頭を回転させてるってのに、おっちゃんは異様なまでに落ち着き払っていた。

 手に持った櫂を川に刺し、悠然と舟の前方に立ったままピクリとも動かない。


 まさか客を差し置いて真っ先に諦めたんじゃあるまいな……

 という心配は杞憂に終わる。


「魔力……?」


 ジェリーの呟きが解答だった。

 確かにおっちゃんから魔力の波動が感じられる。

 とんだ盲点だ。

 思い込みがあったのは否めないとはいえ、目の前の人物と魔法という概念がどうしても結び付かなかった。


 おっちゃんがわずかに櫂を上げた。

 さあ、どんな魔法でこの状況を切り抜けるんだ。


「頼りなくも~、確かに在るは未踏を征く意志~、道無き道を~撫で征く~"跡無き渡"~」


 歌うように、唸るように抑揚をつけた詠唱の後、グンと足場を持ち上げられる感覚がした。


「おお……」

「舟が、浮いてる?」


 ネタは至って単純、水上を移動できるようになる水系統の魔法"跡無き渡"だった。

 本来は乗り物でなく生物にかける魔法だ。


「漕ぎ手の嗜みでさ」


 おっちゃんが深いしわを刻んだ笑い顔を見せ、のんびりと言う。


「さあ体を伏せて下せえ、飛ばしますよ」


 こんな魔法が使えるならさっさと使ってもらいたかった。

 あんなに必死こいて戦わなくても良かったんじゃ……


「あっしぁ精力も才能もないもんで、長続きしないのが玉に瑕ですがね。浅い所までは頑張りますよ」


 ……なるほど。






 おっちゃんの魔力を帯びた舟は、原動機でも積んでいるような速さで向こう岸へ疾走する。

 これなら水影も振り切れる。

 一応、追い縋ろうとしてくる奴らは、川面にクリアフォースを撃ちまくって足止めしておく。


「……はぁ、はぁ……すんませんが、ここらが限界みたいだ」


 このまま最後まで行きたかったが、自己申告の通り、おっちゃんの限界はすぐに訪れた。

 魔力が失われたことで舟底と川面の反発力が無くなって着水し、再び穴の開いた部分から水が入り込んでくる。

 だが大分距離は稼げたし、水影からも遠ざかった。

 もう追っかけてくる意志はないみたいだ。


 向こう岸まで数100メーンってところか。

 ブラックゲートで飛ぶにはまだ少し足りない。


「あとはあっしの櫂捌きをご覧なせえ! ご安心を、面子にかけて必ずお客さん方を送り届けまさぁ!」

「頼みます。よし、俺がクリアフォースで穴を塞いでみっから、三人は水を掻き出してくれ」

「分かったわ!」

「承知」

「うんっ!」


 最初からそうすれば良かったのでは、と思うかもしれないが、完璧に塞げるならそうしていた。

 俺は細かい作業があまり得意じゃないんだ。

 餓狼の力自体、実は結構加減が難しかったりする。

 だからホワイトフィールドも同様だ。


 ともあれ、俺達全員の決死の作業が実を結び、舟が動かなくなる前に向こう岸へ辿り着くことができた。

 まったく、のんびりと景色を楽しみながら行けるはずだったのに、とんだ災難だ。

 タルテとジェリーはすっかり疲れ切っていて、ぐったりと地面にへたり込んでいた。


「お客さんの手を煩わせちまって申し訳ないです」


 おっちゃんも思うところがあったのか、運賃のほとんどを返還してくれた。

 流石にこの時ばかりは辞退せず、お言葉に甘えさせてもらった。

 不可抗力だから、別におっちゃんを恨んじゃいないけど。


「いやあ、ユーリ殿の悪運ぶりには感嘆させられたぞ」

「いじめ? 泣きそうになるんでやめてくれませんかね」

「……勘弁してほしいわね」

「お前もんなこと言うのかよ! 本格的に泣くぞ!」


 とんだ水難だ。

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