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21話『プレゴの町とティパスト川』 その2

「こういう時は逆に考えればいいんじゃね? 今日この時のために運を貯めておいたってさ」


 明るい声を作ってまで言ったのに、沈黙は続く。


「ジェリーも、おにいちゃんの言うこと、あってると思うな」


 ようやくジェリーが言葉をかけてくれる。

 いい子だなあ本当に。


 だが、そんな優しさを嘲笑うかのように、異変は起こった。


「ユーリ殿」

「ああ」


 俺とアニンが同時に気付く。

 惜しむらくは、気付いた所で舟の上ではどうしようもなかったってことだ。


「タルテ、ジェリー、できるだけ水から離れてろ」


 そう忠告するのが精一杯だった。


「な、なにあれ!?」


 タルテが短い悲鳴を上げたのも無理はない。

 俺が見ても気持ち悪いと思った。


 バシャンバシャンと、舟の周囲で突然水しぶきが上がったかと思うと、ひどく扁平で真っ黒な体をした、十倍くらい巨大化したアメンボのような蜘蛛のような魔物が何匹も、いや十何匹も川面に湧いて出てきた。

 おまけに動きがめちゃくちゃ素早く、まるで氷上のように表面を滑っていく。

 これだけ速いと、全速力で舟を漕いだとしても振り切るのは不可能だろう。


「"水影"ねえ。久々に見たよ」


 虫が起こした波紋で舟が揺さぶられる中、みんなの冷たい視線がこっちに集まる。


「え、俺か? 俺が悪いのかこの場合!?」


 くっそー、空気読めよな。

 心中毒づいていると、おっちゃんが櫂を振り回して派手に水しぶきを立て始めた。


「心配いりませんや。連中は基本臆病な性質だ、こうやって水を掻き回してりゃあ、その内恐れをなして帰っていきまさぁ。ま、退治できりゃあそれが一番手っ取り早いですがね。さ、悪いけどお客さん方も……」

「めんどくさいんで、ブッ潰す方向で」


 見えない力の塊――"クリアフォース"を鎚のように上から叩き込み、虫を一匹潰す。

 浮かび上がって来ない所を見るに、仕留められたんだろう。


「驚いた……お客さん、魔法使いですか」

「魔法使いはこっちの女の子の方っす」


 ペリッテ平原の時とは違って、今は餓狼の力が使える状態だ。

 こんな虫どもにやられてたまるかってんだ。


「ちっ、ガサゴソ動き回りやがって……オラァッ!」


 とはいえ、動きが素早いので、百発百中という訳にはいかない。

 そのためおっちゃんに加えて他の三人にもその辺の道具で水叩きをやってもらい、舟に虫を寄せ付けないようにする必要があった。

 投擲・射出武器があれば、クリアフォースを掬い上げるように放って虫を宙に打ち上げ、射殺すという手もあるが、あいにく武器も使い手もいない。


 おっと、ぼやく暇があったら正確に潰す努力をしなきゃな。

 それと全方向に気を配る必要もある。


「渡し守殿、このような事態が発生した場合、救援は来ぬのか?」

「時と場合によりまさあ。たださっきも言ったように、魔物に襲われるなんて滅多にないから、人も武器もサビついちまってて、助けが遅れるかもしれません」

「つまり、あまり期待はできぬ、と」

「心配すんな、俺が全滅させてやっから。やっとコツが掴めてきたぜ」


 気休めじゃなく本当だ。

 よく見るとこいつら、動きに一定の規則性がある。


 一度に短い距離しか動けず、移動→停止→移動を繰り返す。

 直前にわずかに持ち上げる脚の箇所で、次に移動する方向が分かる。


 つまり、先読みするようにクリアフォースを叩き込んでやればいい。

 あとは拍子の問題で、実践の中で適宜修正をかけていけば……


「おっしゃ、三連続命中!」


 命中率が向上したことで、水影の数は確実に減ってきていた。

 この調子だ。

 タルテやジェリーが疲れ切っちまう前に片付けねえと。


「……! ユーリ殿! 右側を!」

「新手か!?」


 緊迫した声につられて向けた視線の先には、舟よりも遥かに巨大な塊があった。

 あれが魔物でなく単なる岩か何かだったらどれだけ楽だったことか。

 どうやら俺の運の悪さはよっぽどらしい。

 水影に比べれば大分鈍行とはいえ、確実に意思を持ってこちらの舟に接近してきている。

 おかしいよなあ、日頃の行いはそんなに悪くないはずなのに。


 塊が、正確に観察できる距離まで接近してくる。


「……象!?」

「おやまあ、"魚鱗象"までお出ましだなんて、珍しいこともあるもんだ。最後に見たのはいつだったっけか」


 おっちゃんの口調は、あくまでものんびりとしていた。

 なんだ、こいつも大したことないのか?

 守り固めるように、全身を鱗でびっしりと覆っている象を改めてまじまじ見てしまう。


 いやいや、あの図体で舟にぶつかられたらひとたまりもねえ。

 波を起こされるのもまずい。


 水影よりも先に片付けなきゃな。

 ……先手必勝だ!


「くらいやがれ!」


 塊状のクリアフォースを眉間に叩き込む。

 直撃を意味する鈍い音がした……が、ビクともしねえ!?

 ちっ、だったら!


「レッドブルーム!」


 同じ場所を発火させるが、これも全く効果がなかった。


「マジかよ。なんつう硬さだ」

「ああ、奴さんの鱗は大砲でもビクともしないよ」


 俺の餓狼の力は大砲と同じ評価かよ、と少し悲しくなったが、現時点では自慢の餓狼の力も全く通用しないというのは厳然たる事実みたいだ。

 どうするか。

 このまま接近されたらヤバい。


 と思っていたら、舟からだいたい10メーン辺りの距離で象が動きを止めた。

 視線はこっちにバッチリ向いてるし、まさか見逃してくれる訳でもないだろうが……


「いかんなあ、奴さん、"水銛"を撃つつもりだよ」


 その言葉だけで、敵が何をするつもりなのか容易に想像できた。

 長い鼻を水に沈めているのも連想を手伝った。


 舟を揺らしてしまうのも構わず現在位置から飛び出し、おっちゃんよりも前に立ったのと同時に、魚鱗象が鼻の先をこちらに向けてくる。


「ホワイトフィールド!」 


 間一髪、俺の方が早かった。

 美しく澄んだティパスト川の水が凶器となって、鼻の先から撃ち放たれる。

 銛なんて生易しいもんじゃない速度と質量を伴って迫り来るそれを、展開された防御膜が受けて押し留め……


「……うおっ!」


 防ぎ切ったのはいいが、なんとホワイトフィールドを破壊されてしまった。

 ただの水鉄砲とは威力が段違いってか。


「お客さん、やりますねえ」


 だから何であんたはそんな呑気なんだよ。

 にしても、どうしたもんか。

 すぐさまホワイトフィールドを、さっきよりも強く念じて張り直しつつ考える。

 攻撃は効かねえし、これじゃあ俺は防御で手一杯になりそうだし、しかもまだ水影はいるし。


「ジェリーにまかせて! ……風と鎌を掛けて、駆ける先へ切りかけて、"急ぎの刈り手"!」


 名乗りを上げたのはジェリーだった。

 詠唱が終わると、薄い白色と風の魔力を帯びた大鎌状の刃が俺の後ろから飛び、魚鱗象に襲いかかる。

 だが、効果はない。

 象の鼻に命中したのはいいが、あえなく霧散する。


「……ごめんなさい、ダメだった」

「謝るこたねえぜ、ありがとうな」


 "急ぎの刈り手"は初級魔法だから、かつて海上で使った"蒼鳴りの剣"よりもだいぶ威力が落ちるのは当然だ。

 それでも試さずにはいられなかったんだろう。


 と、また魚鱗象が鼻先を川の中に浸し始めた。

 背筋に緊張が走る。

 とにかく絶対に直撃だけは避けないといけない。


 さあ来た二発目。

 ……お? 今度は壊されずに防ぎ切れたぞ?


 なんて油断させたかったんだろう。


「二段撃ちかよ!」


 小賢しい真似しやがって。

 水量や水圧で分かるんだよ。


 象の奴、最初の水銛から少しの間を空けて二発目を撃ってきやがった。

 しかも照準を横にずらして。

 ホワイトフィールドじゃなけりゃちょっとヤバいことになってただろうな。

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