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21話『プレゴの町とティパスト川』 その1

 ペリッテ平原で魔物を撃退した俺達は、まず負傷者(というか主に俺)の応急手当を行うことにした。

 もう少し待てばグリーンライトで治せるから放っておいていいって言っても、タルテの奴が聞かなかったのだ。


 手当が済んだらすぐに再出発。

 また魔物、あるいは野盗に襲われたら……という不安がないでもないが、何とかなるだろう。

 アニンは無傷だし、護衛の二人も元々軽傷だし、ジェリーの魔力にもまだ余裕がある。

 そして俺も、そのうち餓狼の力が使えるくらいに腹が減ってくるだろうし、重傷ではないから剣だって使える。


 もっとも、そんなものは取り越し苦労に過ぎなかったのだが。

 魔物にも野盗にも出くわさず、更にもう一昼夜を経た翌朝、無事プレゴの町に到着した。


「楽しかったぜ。達者でな」

「ファミレに行ったら、是非大食堂に来て下さいよ」

「お世話になりました。それと、命を助けて頂いてありがとうございました」

「いえいえ、礼には及ばぬ。当然のことをしたまでゆえ」

「ジェリーちゃん、またね」

「うん、さよなら」


 駅馬車を降りて御者や護衛の二人、親子連れと別れ、早速町の北を流れるティパスト川へ……という訳には行かなかった。

 すぐに出発したいのは山々だが、魔物との戦いで破損しちまった(俺の)装備品の修復を行わなければならない。

 最低限、地奔りトカゲに穴を開けられた靴だけでも何とかしておきたい。

 別にこだわりはないから、新しく買い換えても構わないな。


 話に聞いた通り、プレゴは小さな町だった。

 少し歩き回っただけですぐに一周できてしまいそうだ。

 だが平和そうだし、雰囲気もいいし、好きな町だな。


「アリゼイサとはまた少し違うのね」

「ん、そうなのか」

「出窓の作りとか、水路が多いところとか、色々あるじゃない」

「お前、細かい所までよく見てんなあ」

「あんたが見てなさすぎなんじゃない?」


 返す言葉がない。


「ジェリーどうだ、少し懐かしい空気を感じたりしないか」

「ううん、はじめて来たからわかんない」

「そっか」


 とりとめない雑談をしてるうちに雑貨屋らしき建物が見つかった。

 中に入って品物を見せてもらったが、やはりというか日常生活を用途としたものばかりで、どうも戦闘にも耐え得るようなものがない。

 ただ靴の修理はしてくれるみたいなので、地霊のように小柄でヒゲがもじゃもじゃな店主に靴を預け、その間は別の靴を代替で貸してもらえることになった。

 修理が終わるのは明日の朝になるそうだから、今日はこの町で一泊しなきゃいけないな。




 町唯一の宿で、雄大なティパスト川の流れを眺めながら魚料理を楽しんだり、部屋でのんびりしていると、すぐに眠気が襲いかかってきた。

 ペリッテ平原のこともあって、朝メシは少しだけ、動けるくらい栄養摂取する程度に留めておき、宿を出て雑貨屋へ向かい、完璧に修復された靴を受け取る。

 思わず、これまで全くと言っていいほど抱いていなかった愛着を感じてしまうほどの仕上がりだった。


 つま先を北に向けて修復したての靴を鳴らし、ティパスト川のほとりまで出る。


「向こう岸まで遠いわね。ユーリのブラックゲートで移動できないの?」

「飢えまくれば出来なくもないだろうけど、そりゃ勘弁して欲しいとこだな」


 こうして間近で改めて眺めると、そのデカさに圧倒される。

 向こう岸は一応目視できるものの、湖と錯覚してしまうほどの川幅だ。

 自信はないが、少なく見積もっても3000メーンくらいはあるんじゃないだろうか。


 さて、町の人に話を聞いたところ、この川に橋はかかっていないらしい。

 つまり舟に乗って渡る必要がある。


 そういう商売は充実しているみたいで、単なる渡河に留まらず、遊覧する舟や釣り舟なんかも出しているらしい。

 しかも一業務一業者でなく、複数いる。

 実際、川べりには小屋が建ち並び、水際には何艘も舟が繋がれていた。


 川を渡ろうとする人間は他に見当たらない。

 そのため完全な売り手市場状態で、川を渡りたい旨を告げると、漕ぎ手がわらわらと集まってきて、我も我もと売り込んできた。

 こっちは舟を新調したばかりだ、いやこっちは途中で茶菓子を振る舞うだのと。

 俺達としては別に、適正価格で安全に向こう岸に連れてってくれれば誰でもいいんだけどな。

 吟味するのがめんどくさいので、くじ引きで勝手に決めてもらった。


「いやーお客さん、運がいいよ。あっしに任せときゃ完璧だ」


 その結果選ばれたのは、真っ黒に日焼けした小柄なおっちゃん。

 船賃もそんなかからなかったし、慣れてそうな雰囲気だし、いいんじゃないか?


「さあさ、乗った乗った」


 案内された舟は赤く塗装されていて、船首と船尾が少し反り返っている独特の形をしていた。

 幅からして定員は6人ぐらいのようだが、駅馬車の時とは違い、今度は相乗り客も護衛もいない。

 乗るのは俺達4人と漕ぎ手だけである。


「さあジェリー、抱っこしてやろう。ユーリ殿はタルテ殿を。貴婦人のように扱って差し上げるのだぞ」


 またいらんことを……

 でも、足を滑らせて落っこちられるのもあれだ。


「ほれ、手」

「あ、ありがとう」


 ご丁寧なことに、アニンとジェリーは既に隣り合って座っていた。


「乗ったね。んじゃ、出発しまっせ」


 言うや否や、船首に立ったおっちゃんが長い櫂を川面に立て、ゆっくり動かし始めた。

 舟がゆっくりと桟橋を、陸を離れていく。

 今度は長い間乗る訳じゃないが、まさかこんな短期間でまた水の上を行くことになろうとは。


「今日のティパストはご機嫌みたいでさ」


 誰ともなしにおっちゃんが呟く。

 普段の様子を見たことがないから本当にそうなのか分からないが、確かに流れは穏やかだ。

 舟は順調に進んでいっている。


「ちょっとゆっくり進みますかい? 折角のいい天気だ、ぼんやりするのもいいもんですぜ」

「どうしたい?」


 ジェリーに意見を仰ぐと、


「うん、ゆっくりしたい」


 笑顔と共にそんな言葉が返ってきた。


「よしきた」


 おっちゃんが櫂を動かす速度を落とし始める。

 が、完全には止めない。流されないようにするための微調整をしてるんだろう。

 流石に慣れたもんだな。見た所、ブレている様子がない。


「きれいな水ね」


 身を乗り出して指の先を浸しながらタルテが言う。

 確かに薄い緑色を帯びた水は透き通っていて、揺らめく川底や、あちこちで魚が泳いでいるのも見える。

 立ちションするのははばかられるな、こりゃ。


「空に浮かんだ舟に乗ってるみたいだよな」

「あんたらしくない表現ね」


 笑うなよ、立ちションなんて考えちまったのを誤魔化すために言ったんだから。


「あっちにも舟があるね」


 ジェリーの言う通り、ここから目視できる範囲でも三艘の舟が川面に漂っていた。


「ふむ、あの一番遠くの舟は釣りをしているようだな。竿と糸が見える」

「アニンおねえちゃん、見えるの? すごーい!」

「この程度は訳もないことだ。ユーリ殿にも見えるだろう?」

「……おう、余裕よ。いやー、楽しそうだな」


 お前の視力と比べんなよな。




 舟はのんびりと、浮かんだ木の葉のように川面を漂い進んでいく。

 本来よりもだいぶ時間をかけて、今はようやく川の真ん中ぐらいまで行っただろうか。

 俺達が元いた側の陸地はかなり遠ざかっていた。


「そういえば、川に魔物は出てこないんですか?」


 少しの間途切れていた会話を蘇らせるように、ふとタルテがおっちゃんに質問した。


「不安ですかい? なーに、魔物なんて滅多に現れんさ」


 空いた手でごま塩頭を掻きながら、おっちゃんは笑う。


「あっしぁ漕ぎ手をやってもう四十年近くになりますがね、襲われた回数なんて両手で数えられるかどうかぐらいですわ。お客さん方がよっぽどの不運持ちでもなきゃあ平気でさぁ」

「みんな、どうよ」

「ジェリー、わかんない」

「私は自信があるぞ」

「わたしも。……ーリたちと……会えた、から」

「ん、何か言ったか?」

「ううん、何でもないわ! ユーリのほうこそどうなのよ」

「俺か? 俺は……どうだろう。ファミレの富くじ大会とかでも一回も当たった試しがなかったんだよなあ」


 それきり、短い沈黙。

 これは……もしかして気まずい空気ってやつか?

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