20話『ペリッテ平原の戦い』 その2
漆黒の体毛に覆われた馬……いや、額に角を生やしているから一角獣か?
そいつが合計3体。
で、奇妙な形をしている魔物がもう1体。
頭と下半身が獅子、上半身と翼が鷲と、いわゆる合成獣みたいな奴だ。
更に地面に開けた穴から、土色の皮膚を持ったデカいトカゲが4匹、ひょこっと顔を出してこっちを見ている。
「闇一角に獅子鳥、地奔りトカゲだな」
男の声や表情は緊張で引き締まっていたが、絶望的な色は感じられない。
つまり、どうにもならない脅威って訳ではなさそうだ。
「俺達が前に出ます。二人は馬車を守ってて下さい」
「分かった、気を付けろよ」
即座に打ち合わせを済ませ、俺とアニンはそれぞれの得物を抜く。
食後じゃなかったら役目を逆にして、俺がホワイトフィールドを展開して防衛に徹するつもりだったんだが。
「ユーリ殿、タリアンの魔物はワホンより凶暴と聞く。油断めさるな」
「おう。じゃ、俺はあの大物な」
返事の代わりにアニンは剣を脇に構え、闇一角に駆け出した。
獣の方も後ろ脚を蹴り上げて突進を開始、迎え撃つ。
瞬きする間に両者の距離が縮まり、激突……はしなかった。
「白糸曲水」
アニンが剣を突き出しながら、ギリギリの所で相手の突進を流す。
その際、滑るように刃が漆黒の毛皮を切り裂いていく。
相手の力や動きを利用して反撃する剣技――白糸曲水だ。
アレ厄介なんだよなあ。相手によって自在に型を変えられるし。
おっと、のんびり観戦してる場合じゃねえ。俺も……
「なっ……!」
獅子鳥に向かって走り出したら、いきなり目の前に地奔りトカゲが地中から飛び上がってきた。
つんのめりながらも何とか急停止……したのも束の間、右側面から闇一角が突進してくる。
角の先端はしっかりと俺の脇腹に狙い定められている。
……この野郎!
「……ぐぅっ!」
大包丁の平で角を止めたはいいが、衝撃までは抑えようがなく、吹っ飛ばされてしまう。
けどそれは想定内だ。転がりつつ受け身を取り、体勢を立て直す。
と、今度は野太い咆哮と共に、正面にいた獅子鳥が口から火の玉を吐き出してきやがった。
かなりデカい! 大包丁じゃあ防ぎ切れねえ!
「……うおおおっ!」
ほとんど苦し紛れの一手だった。
多少の耐火能力があるマントを盾にしつつ体を屈め、何とか火の玉を防ぐ。
火傷は後でグリーンライトを使えば治癒できる、という算段もあるにはあったが。
だが熱いものは熱い。左腕が激しくジンジンする。
にしても、まさか連携攻撃してきやがるとは。
「ユーリ殿、無事か!?」
「ピンピンよ!」
すぐ立ち上がり、両手で大包丁を握り直す。
よし、左腕はまだ使える。
迂闊に飛び込まない方がいいな。
二度同じ手は食わねえ。
次は近付く端からぶった斬ってやる。
早速、今さっき俺にぶちかましてきた闇一角がまた、頭を下げて突進してくる。
こいつはこれが唯一最大の攻撃手段なんだろう。
……上等だ。
「うおりゃああああっ!!」
俺はアニンみたく洒落た剣技は使えねえ。
だったら方法は一つ。
突然、右足首に突起物が幾つも食い込むような痛みが走ったが、構わずに大包丁を全力で横一文字に振り抜く。
刃が闇一角の鼻と両目の中間辺りに食い込み、骨肉を裂いて砕きながら進み、抜けていく。
左腕が悲鳴を上げるほどの重い手応えに、敵の絶命を確信する。
やった。どうだ!
続けて、俺の右足首に噛みついていた地奔りトカゲの胴体を串刺しにして引き剥がす。
絶対妨害してくると思ってたぜ。
想定して覚悟していたから、痛みに負けず大包丁を振り抜けた。
剥がしたトカゲを、こっちに飛来してきた獅子鳥に投げつけてやったが、あえなくかわされる。
だが運良く牽制にはなった。
闇一角以上のデカい図体による体当たりや、鋭い爪を避けるだけの時間は充分得られた。
旋回しながら軌道修正する獅子鳥を見ながら耳に意識を向けると、馬車が停まっている後ろの方から交戦の物音がするのが聞こえた。
視界の端には、二体の闇一角を相手取っているアニンが映る。
地奔りトカゲの妨害はないようだ。
残りは全部馬車の方に行ったらしい。
あのまま護衛の二人に任せるか。
「……従うべくは真理ではなく友誼、聞け友よ、"泥の輩"よ!」
とそこに、ジェリーの声がしたと思うと、ボコボコと地面が脈動するような音がし始めた。
……あれか!
見て確認する余裕はないが、何が起こってるかは大体想像がつく。
本人の話で聞いたことがある。
泥人形を作り、命令を与えて動かす土系統の魔法――
「お、お嬢ちゃん、魔法が使えたのか」
「お人形さんたち、馬車をまもって!」
確かにあの魔法なら防衛に向いている。
ありがたい援軍だ。助かるぜジェリー。
さて、こっちも少しばかり陣形を変えるか。
敵がどっちか、多分するなら負傷してる俺の方だろうが、集中攻撃を仕掛けてくる可能性を考慮すると、二対三の方が都合がいい。
「ちょっと甘えさせてくれよ」
「良かろう、存分に甘えるがいい」
アニンと背中合わせになり、攻撃に備える。
すると、獅子鳥と闇一角の一体が正面切って俺に突っ込んできた。
負傷による傍観か、何か策があるのか、手負いの方の闇一角はアニンを正面に見据え、距離を置いたまま動かない。
狙い通りだ。
だが、二体とも同じ方向から来たってことは、高確率で……
「やっぱな。時間差攻撃か!」
まずは闇一角が、鼻を地面に擦りそうになるほど頭を下げて迫ってくる。
そして、すぐ背後を追随して低空飛行する獅子鳥。
先手を斬れば後手にやられる。
後手を狙うには先手が邪魔。
奴らにとっては俺の体勢を崩すのが第一目標なんだろうが、そうはさせねえ。
「アニン行け! 目の前の奴をやれ!」
声に反応して、アニンが背中から離れていく。
手負いの闇一角を仕留めに行ったのだ。
これでいい。
巻き添えは避けられる。
そして、俺の打つべき手は……
「だぁぁりゃああああ!!」
問答無用で先手をぶった斬ることだ。
ギリギリまで敵を引き付け、半身にずれながら大包丁を大上段から振り下ろし、闇一角の頭をかち割る。
間髪入れず襲いかかってくる後手は知ったこっちゃねえ。
致命傷にさえならなけりゃ、それでいい。
「……っ!」
体当たりされるのを覚悟してたんだが、俺の頭を丸かじりするつもりだったみたいで、それが幸いした。
頭を横にずらし、肩の辺りを牙で軽く抉られるだけで済んだ。
すぐさま振り返って様子を窺う。
映ったのは、剣を下げたアニンと、既に彼女の手で骸となっていた闇一角。
そして、突撃の勢いを維持したまま、真っ直ぐアニンに向かって飛びかかる獅子鳥の姿。
声をかける暇もなかった。
というより、必要なかったと言うのが正しい。
あいつが気付かない訳がない。
アニンの全身に、"力"が漲っている。
目よりも皮膚で感じられる力。
まるで体が刃物と化したような、金属の霧を纏ったような……
それが細身の剣に凝縮されていく。
「獅子には獅子だな。"暴獅子"!」
よく分からん理屈だが効果は抜群だった。
振り向きざま放たれた突きは、正確無比に敵の眉間を捉えていた。
厳密には刃そのものは命中していない。
が、凝縮された剣気を受けた獅子鳥は、爆裂音と共に発生した衝撃で遥か後方へとぶっ飛んでいく。
アニンは即座に疾駆、追撃に入る。
「悪いが、美味しい所は私が頂くぞ」
そして追い越しざま、悪びれずにこう言い、死にかけた昆虫のようにひっくり返って痙攣している獅子鳥の全身を切り刻んだ。
……そういや、馬車は大丈夫だろうか。
目をやると、剣を持って馬車の両側に立っている男二人、御者とジェリー、そしてトカゲの死骸と泥人形が確認できた。
どうやら残りの地奔りトカゲは全滅させてくれたようだ。
「いてて……」
安心した途端、体のあちこちが痛み出す。
「肩を貸そうか」
「いや、いいよ」
戻ってきたアニンからのありがた~い申し出は、丁重にお断りさせて頂く。
「タルテ殿に恰好がつかぬ、と?」
「他の人らにもだよ」
「しかし、幾ら治癒の力を有しているとはいえ、少し守りを疎かにしすぎではないか。取り返しのつかぬことになってからでは遅いのだぞ」
「返す言葉もねえや」
意識して表情を作り、歩き方も変にならないよう努めて、馬車の所に戻る。
地奔りトカゲが動き回ったからか、馬車周りの地面はデコボコに荒れていた。
「あっ、おにいちゃん、おねえちゃん」
「うーっす、お疲れっす」
「兄さん達もな。お互いけっこうやられちまったな、姉さん以外は」
前衛組の中では、アニンだけが無傷だった。
「お嬢ちゃんの魔法にも助けられたよ。ありがとうな」
「えへへ、どういたしまして。……お人形さんたち、ありがとう」
労いの言葉に反応して、ちょうどジェリーと同じくらいの大きさをした三体の泥人形たちが土に還っていく。
「もうしばらくしたら治癒の力が使えるようになるんで、そしたら治しますよ」
さて、問題は負傷よりも、タルテに変な不安を持たせないような言い訳をすぐにでも考えなきゃいけないことだ。
ある意味こっちの方が難問かもしれない。