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19話『アリゼイサ、風光明媚な港町』 その1

 風呂場でのドタバタを経てから更に時間が経って、本来の寄港地に寄って、また出発して、昼と夜を延々と繰り返して。

 以後は魔物の襲撃に会うこともなく、嵐に巻き込まれることもなく、遂に目指していた陸地がよく晴れた空と青々した海の狭間、水平線の彼方にうっすらと見えてきた。


「あれがタリアンね」


 横にいるタルテが、風に揺れる長い髪を手で押さえながら呟く。


「……ジェリーとのお別れが、近づいてきたってことよね」

「まあ、な。でもしょうがねえよ、元々は親と一緒に暮らしてたんだし。別れる時は笑ってようぜ」

「そうね」


 少しばかり感傷的になっちまうのも分かる。

 俺だってジェリーと別れるのは寂しい。

 二人目の妹みたいなもんだからな。

 そういや、実家のみんなは元気にやってるだろうか。


「ま、お前が泣きそうになったら、俺がくすぐってでも笑わしてやるから安心しな」

「いらないわよ」

「遠慮すんなって。俺、くすぐるの得意なんだぜ」

「母性本能を? だからファミレであんなにジルトンから色々されてたのかしら」

「ちょ、ち、違えし! そういうんじゃあねーし!」


 ふと、後ろから視線を感じる。

 話を中断して振り返ってみると、二人の乗客がニヤニヤしながら俺達を見ていた。


「あ、お構いなく。続けて下さい」

「いやー残念、二人の仲睦まじい様子を見られるのも今日が最後かぁ」

「夫婦漫才、面白かったのに」

「わ、わたしたち、別に夫婦なんかじゃありません!」


 あーあー、タルテの奴、また真面目に反応しちゃって。

 思えばあの夜以来、船員や他の乗客からの攻撃が一層苛烈になった気がする。

 説明するまでもなく、ミャンバーにいた頃、俺達四人が一緒に風呂に入ったアレだ。


「またまたぁ、背中を流し合ったり、体を洗い合ったり、その後も色々してるんでしょ?」

「し、してませんっ!」


 あん時は結局、癒されるどころか疲れただけだったんだよなあ。

 だからっつっても、俺もちょっとおかしな気分になってたから、文句は言えねえ。

 それに、精神的には元気になれたから、一応感謝はしている。


「ちょっとユーリ、あんたからも何か言ってよ」


 つつかれながら小声で言われる。

 だから焦るなっての。

 ……ふぅ。


「……んじゃ、最終日ってことで、そろそろお代を頂きましょうか。まさかタダで見られるとか思ってませんでしたよね」

「あー、いや、生憎今は持ち合わせが……」

「邪魔して悪かったね。ごゆっくり」


 決して怒りを乗せた訳じゃなく、冗談めかして言ったつもりだったんだが、二人はそそくさと離れて行ってしまう。


「俺的にはもうちょっと食いついて欲しかったんだけどなあ。その方が盛り上がっただろうに」

「……あんた、いい性格してるわ」


 俺達がそんなしょうもないやり取りをしている内に、陸地はどんどん接近していた。

 段々と船員たちの放つ空気が緊張と高揚感を帯びていくのが、甲板上に立ってても伝わってくる。


「俺らも部屋に戻るか」

「そうね、最後にお掃除もしなきゃ」

「えー、船の人に任せりゃいいじゃんか」

「けっこう長い間お世話になったんだから、お礼をする意味でもわたしたちがやらなきゃ」


 やれやれ、真面目ちゃんめ。






 荷物をまとめ、みっちりと"やらされた"部屋の大掃除がようやく終わったのとほぼ同時に、船が減速していくのが明確に体感できるようになった。

 いよいよ目的地――タリアン王国の港町・アリゼイサに到着するみたいだ。

 名前と、海産物を使ったメシが美味いことぐらいはファミレにいた頃から知っていた。

 船を降りたらすぐにでも食いに行こう。楽しみだ。

 トラトリアについての聞き込みはその後、もしくは店で聞けばいい。


 さっきからジェリーは明らかに高揚していて、掃除も張り切ってやっていた。

 自分の家が近付いてきたのが実感できて嬉しいんだろう。


 本当は甲板で港に着く瞬間を見届けたかったんだが、船員たちの仕事の邪魔になっちゃ悪いから、部屋の窓からで我慢した。

 中々雰囲気良さげな町だな。


 船が完全に停止して少し経った後、船員が到着を知らせに来て、最後にもう一度忘れ物がないか確認し、俺達は甲板に出る。

 船員たちによって既に港への搬入作業が始まっている中、甲板には船長さんが立っていた。


「お世話になりました」

「楽しい船旅を過ごせた。感謝するぞ、船長殿」

「なに、世話になったのはこちらの方です。ユーリさん達がいなけりゃ、船食いイカにやられて海の藻屑でしたからね」


 別にもう忘れてもいいのに、律儀な船長さんだな。


「じゃあ、お互い達者で」

「ありがとうございました」


 船長さんたちと握手を交わし、俺達は船を降りた。

 ひどく名残惜しい気分だ。この船旅ですっかり愛着が湧いちまっていた。

 さらばビワサ号。


「嬢ちゃん、これからも兄ちゃんと仲良くやれよ」


 アリゼイサの港に降り立つなり、さっき甲板で俺達の漫才をタダ見した男二人が声をかけてきた。

 俺というよりもタルテに。

 確かこの人たちはタリアンのどっかで商売を始めるんだとか言ってたっけ。


「末永くお幸せに」

「……あ、ありがとう、ございますす」


 多分、あえて額面通り受け取って跳ね返したかったんだろうが、噛み噛みで逆効果になっていた。


「中途半端に照れを残したのが原因だな。もっと思い切りよく行かねえと」


 二人の背中を見送りながら助言してやったら、何故か赤い顔できっと睨みつけられた。

 何だよ、親切で教えてやったのに。


「皆さん、お世話になりました」


 続けて、小さめの鞄を肩にかけたシィスが船から降りてきて、いきなり直角になる勢いで一礼してくる。


「ここで失礼させて頂きます。すぐにでも立ち寄らねばならない所がありますので」

「そうか。縁があったらまた会おうぜ」

「は、はい、是非。……えっと、タルテさん」

「はい?」

「あの時はタオルを剥ぎ取ってしまって本当に申し訳ありませんでした! 私のせいでとんだ恥をかかせてしまって……!」

「わ、わかったから、あまり大きな声で言わないで……恥ずかしい」

「あ、わわわわ、すみません! 本当愚かですみません!」

「シィスおねえちゃん、おもしろいね」


(決して悪意はなかったんだろうが)ジェリーに笑われて、かえって自分を客観視できるようになったらしい。

 深呼吸を繰り返すうちに、話せるだけの落ち着きを取り戻せたようだ。


 シィスが次に取った行動は、別の意味で意外なものだった。


「ご迷惑をかけたお詫びの印といいますか、餞別といいますか……タルテさん、受け取って下さい」


 鞄から小さな革袋を出し、タルテに手渡したのである。


「え、でも」

「護身用の道具です。使い方は簡単ですから、どうぞ今後の旅のお役に立てて下さい」

「あ、ありがとう……」


 半ば押しつけられるような形で、タルテは革袋を受け取った。

 迷惑がっているというより、武器という存在自体にうっすら恐怖しているようだ。


「シィス殿、是非ともまた逢おう。次こそは一つ手合わせを願いたいものだな」

「う……できればご勘弁願いたいです。ではっ」


 最後にもう一度最敬礼し、シィスは港を駆け……


「うえっ!?」


 あ、転んだ。

 しかも眼鏡を吹っ飛ばして。

 ……大丈夫なんだろうか。

 ちゃんとフラセースまで辿り着けるのか、心配になる。


「さて、どうするユーリ殿。我々も今後の方針を決めねば」


 そうだった。

 人の心配ばかりしてらんねえな。


「ちょうど昼時だし、まずはメシ食いに行こうぜ。ここは海産物が美味いらしい」

「愚問であったな」


 とは言いながらアニンも、タルテもジェリーもすんなり賛成してくれた。

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