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18話『アニン達はユーリを元気づける』 その3

 脱衣所は浴場の手前に位置しているのだが、一つしかない。

 通常は時間帯で男女の入浴を区切っているため、複数設けたり区切りを作る必要はないのである。


「はい、じゃあ呼ぶまで外で待ってて。のぞくんじゃあないわよ」

「そんなセコい真似するかよ。つーかそもそも、どうせ風呂で会うんだから、別に見ないようにする必要なくね?」

「ユーリ殿……女子の機微を解さぬ殿方は好かれぬぞ」

「へいへい、どうせ俺は鈍いですよ」


 肩を竦めながらユーリ殿が廊下に出て行くのを見送り、我々は衣服を脱ぎ始める。

 ……と、タルテ殿が視線を送ってきているのに気付く。


「……うらやましい」

「急にいかがした?」

「わたしも、あなたみたいな体つきになりたかったわ。特に、その……胸とか」


 長い髪をまとめ上げたタルテ殿はため息混じりに言い、タオルで体を覆い隠した。


「タルテ殿も決して小さくはないではないか。それに好きになってしまえば大小など些末な問題よ。ユーリ殿もきっと愛してくれることだろう」

「な……! なんでそういう話になるのよ!」

「では、何故気にするのだ?」

「それはその、ほら、あれよ。女としての矜持というか」


 必死に虚勢を張る様が微笑ましいな。


「自分ならではの武器で勝負すれば良かろう。長く綺麗な髪や玉の肌など、私の持ちえないものがあるではないか」

「……そうかしら」

「おねえちゃんたち、はやく入ろうよー」


 既に一糸纏わぬ姿になっていたジェリーが、浴室の扉に手をかけていた。


「あっほら、ちゃんとタオル巻きなさい」

「どうして? ジェリーたちしかいないのに?」

「色々と事情があるの」


 料理をするようにタルテ殿がジェリーのタオル巻きを作り、浴場に入っていったのを見計らって、私は扉越しに外のユーリ殿へ声をかけた。


「こちらの用意は整ったぞ。五つ数えたら入ってくるがよい」

「おう」


 私も浴場に入り、既に中にいる二人と共にしばし待つ。

 すると、扉が開き……


「!?」

「ほう」


 彫刻の如く、裸身を惜しげもなく晒して、ユーリ殿が入ってきた。


「うーっす……あれ、どうした」

「こ……このバカッ! なんで全部剥き出しで入ってきてるのよ!」

「あ、悪い。いつものクセで忘れてた。何しろ……」

「いいから早く戻るッ! 戻って巻くッ!」


 しばし間が空いた後、腰にしっかりとタオルを巻いてユーリ殿が再び現れる。

 ……少々残念だ。

 もっとも、見るのは初めてではなかったのだが、それは口にしないでおこう。


「ほら、これでいいだろ。で、どうすんだ」

「うむ、こちらへ参られよ」


 椅子をすすめて座らせつつ、石鹸や洗面器を用意する。


「湯に浸かる前にまずは体を洗わねばな。我々が隅々まで清めるゆえ、ユーリ殿はただ安楽にしているが良い」

「いや、大雑把でいいよ。細かい所は自分でやる」

「照れるな照れるな。それと、私を見たければもっと堂々と見ても構わぬぞ」

「べ、別に興味ねえし」


 口ではそう言いながらも、目は正直だ。

 ちらちらと視線が胸元へと送られている。

 なるべく見ないよう必死に理性を働かせているのが可愛いではないか。


「おっと、結び目が解けそうに……」


 わざと手をやって直す仕草をすると、視線の泳ぎと動揺が一層顕著になる。

 おお……何かこう、体が火照ってくるようだ。

 もしや私には軽い加虐趣味でもあるのだろうか。


「きさまッ! 見ているなッ!」

「何で見る必要なんかあるんですか」

「ちょっと! ジェリーもいるのよ」

「おっと、つい調子に乗ってしまった」


 しかしジェリーは我々のやり取りをよく理解していなかったようで、首を傾げているだけだった。

 が、どうしてもあと一つ、聞かねばならぬことがある。


「我々のこの姿を見てどう思ったか、感想を伺いたいのだが」

「何で言う必要なんかあるんですか」

「"女としての矜持"の問題だ。異論はなかろう、タルテ殿?」

「ま、まあそうね、一応気にはなるわね」

「ジェリー、風呂から上がったら一緒に牛乳飲もうな」

「うん」

「あからさまに話を逸らすのは感心せぬな。ほら、タルテ殿の肢体を目の当たりにしても何も感じぬのか? 年頃の男子にはさぞ刺激的だろう」

「……んー」


 斜め前に立っているタルテ殿をじっと観察するユーリ殿。


「あ……あまり、見ないで……恥ずかしい」


 平時はきつめな瞳を慎ましげに伏せ、頬に紅を差しながら身体をよじらせることで、かえって曲線を強調してしまっている。

 計算で行っていないのがまた威力を倍加させている。

 女である私が言うのも何だが、この様を絵に描き出せばきっと大好評間違いなしだろう。


「やっぱお前、ますます肌がきれいになったよな」

「な、なによ。褒めても何も出ないわよ」

「出なくてもいいよ。それとまとめた髪も新鮮でいいな。いやー、カメラが無えのが悔やまれるぜ」

「それは、どうも……ありがとう」


 "かめら"なる物が何なのかは見当がつかぬが、互いに良い雰囲気になったのは喜ばしい。


「アニンのことも見てあげなさいよ」

「む、私か? どうだ?」


 軽い奉仕のつもりで胸や尻を強調させる姿勢を取ってしまったのだが、思いのほか効いてしまったらしい。

 ユーリ殿は鼻の穴を大きく膨らませ、タルテ殿はジェリーの両目を塞いで見せないようにしていた。

 ……そんなに驚くほどの物だろうか。筋肉はついているし、タルテ殿やジェリーのように肌は白くないし、細かな傷痕もあちこちにあるし、性的魅力があるとは思えないのだが。


「おま、んなことされたら立ち上がれなくなんだろ。勘弁してくれよ」

「ほう、そこまで意識してくれるというのか」


 ファミレで暮らしていた時は、もっと素っ気なかったような気がしたのだが。

 とはいえ、世辞ではなさそうだ。目の動きや態勢が物語っている。

 嫉妬の眼差しを送っているタルテ殿には悪いが、また火がついてしまいそうになるではないか。


「ねえねえ、ジェリーは?」


 と、タルテ殿の目隠しを解いたジェリーが割り込み、直線的で平坦な体型を見せてきた。

 ユーリ殿にだけでなく、私やタルテ殿をも含んで問うているのが微笑ましい。


 ただ私からは、特定の人々には需要があるだろうとしか言えぬ。


「最強だな。世界一可愛いよ」

「ほんと?」

「マジマジ、タルテもアニンも世界二以下に転落だなこりゃ」

「うむ、大人しく勝ちを譲るとしよう」

「そうね」

「わーい! やったー!」


 とまあ、美しく落ちのついた所で、本題に入るとしようか。




「では、始めるぞ」


 泡立てた石鹸を両手につけ、ユーリ殿の体をさすって洗っていく。

 私は右腕、ジェリーは左腕、そしてタルテ殿は両脚をそれぞれ担当する形となる。


「うっ……くく……」

「気分はいかがかな?」

「王様になった気分だな。気持ちはいいな」

「では何故、顔や筋肉が強張っているのだ?」

「気を抜いたらやべえからだよ」


 ふむ。

 まあ、何も言うまい。


「やっぱり、けっこう筋肉ついてるのね」


 脚の盛り上がりに触れながら感心したように呟くタルテ殿には何も返事をしなかったが、


「かたくなってるね」

「ぶっ!」


 ジェリーの無邪気な言葉には吹き出していた。

 ユーリ殿の名誉の為に付記しておくが、硬いと言ったのは上腕部である。


 それにしても、ユーリ殿の肌は、想像していたよりも滑らかだった。

 思えば、こんなにもじっくりと触れ、撫でるのは初めてだ。


 白く細やかな泡を隔てて、我々の皮膚が擦れ合っているのを殊更に意識すると、またも不埒な妄想が蘇ってしまう。

 勝手に比喩として結び付けてしまうではないか。


「……熱くなっているな」

「風呂場なんだからそうなって当たり前だろ」


 素っ気なく言うが、空間の暑さだけが理由ではあるまい。

 私も同様だった。

 肌の下を流れる若き血潮を思うと、何故だか昂りにも似た熱が内から滲み出てくる錯覚を起こしてしまう。


 額に浮かぶ汗を拭いがてら、目だけを動かす。

 飽きてしまったのか、ジェリーは既に背中を洗い始めていた。

 タルテ殿はおっかなびっくりといった手付きで、他に注意が向かないほど集中して両の腿を洗っている。

 何を思っているのか、感じているのか、我が事のように読み取れてしまう。

 際どい領域へ行くか、行くまいか――


「今、何をされている? どんな気分だ?」

「またその質問かよ」

「具体的な言葉にしてみてくれぬか。さもないと痛くしてしまうかもしれぬぞ」


 少しばかり芽生えた悪戯心に任せて尋ねてみると、ユーリ殿はわずかに顔をしかめた。

 それが今の私には苦しそうに耐えているように、あるいはやめてくれと懇願しているようにも見えて……

 背筋が微かに甘く痺れてしまう。


「さあ、申してみよ」

「……虐められてるけど気持ちいいです」


 その言葉に、ますます調子に乗りたくなってしまう。

 いかん、本格的に理性が少しずつ解けていってしまいそうだ。

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