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18話『アニン達はユーリを元気づける』 その2

 結局シィス殿は見つからず、先にユーリ殿の方が戻ってきたので、すっかり気を削がれてしまった。

 そして、程無くして、タルテ殿とジェリーが部屋に現れる。


「お待たせ、できたわよ」

「お、待ってたぜ。もう腹と背中がくっつきそうだ」

「おにいちゃん、いっぱい食べて元気になってね」

「おうよ、ありがとな」


 続いて台車に乗せられた料理が運ばれてくる。

 たちまち、食欲を激しく刺激する香りが部屋中に満ちていく。


 肉をたっぷり入れた春巻き、酢豚、いなり寿司、輪切りのトマトを添えたピリ辛サラダ、そして鶏肉と卵とキノコのスープ。

 船の人間に頼んで厨房を貸してもらい、タルテ殿とジェリーが腕を振るって作った料理だ。

 言うまでもなく量は山盛りだ。

 部屋は狭いが、寝台も利用すれば食事できる空間は確保できる。


「マジで肉ばっかじゃねえか! どうしたんだよ、いつもは『もっと野菜を食べろ』とか何とか言ってくるくせに」

「今日は特別よ。たまには食べたいものを思いっきり食べたほうが、精神的にもいいから」


 食前だというのに、ユーリ殿はすっかりご満悦の様子。

 涎が垂れそうなほど口元が緩んでいた。


「いやー、いつになく優しいじゃねえか。早くみんなで食おうぜ」

「……え、えっと……その前に」

「何だ? 手なら洗ったぜ」

「そ、そうじゃなくて」


 はにかんで頬を赤らめながらも、ユーリ殿の隣に座るタルテ殿。

 うむ、いいぞ。私の助言を正確に実行しておられる。


「な、何だよ」


「に、鈍いわね。分からないの? ……た、食べさせてあげるわ」

「いや、いいよ。病人じゃあるまいし」


 こ、この鈍感め!

 彼の頭をかち割ってやりたいと思ったのはこの時が初めてだ。

 ああ、タルテ殿が落ち込んでいるではないか。


「……あー! 昼間の疲れが出たのかなー、急に両手がだるくなっちまった! やっぱ誰かに食わせてもらいてえなー!」


 だが流石に雰囲気を読んだか、ユーリ殿が大袈裟に声を上げる。


「ふ、ふん、最初から素直にそうすればいいのよ」


 おお!

 演技かは分からぬが、素晴らしい立て直しだ、タルテ殿。


「感謝しなさいよね」

「オス、アリシャス!」

「ジェリーもー!」


 続いてジェリーが、タルテ殿の反対側に座り、ユーリ殿に身を寄せる。


「ははは、両手に花だな」

「両手と目の前に、だろ」

「……よくも世辞が言えるものだ」

「いやいや、マジだって」


 まったく、自覚が薄いというのも考え物だ。

 それでも言われて悪い気はしないのだが。


「さあさ、冷めない内に早くタルテ殿とジェリーに食べさせてもらうとよい」

「お、おう」

「どれから食べたい?」

「そうだな……じゃあ、春巻き」

「春巻きね。……はい、中身が熱いから気をつけて」


 タルテ殿がパリパリに揚げられた春巻きを箸でつまみ、ユーリ殿の口元に持っていく。

 ユーリ殿が口を開け、齧って咀嚼する。

 結果はほぼ予想できるというのに、思わず固唾を飲んで見守ってしまう。

 タルテ殿もまた、幾分不安げな表情をしていた。


「……どう?」

「お前の作ったものがまずい訳ねえだろ。最高だよ」

「え、ええ、ありがとう」

「肉が多めに入ってるんだな」

「そうなのよ。分かる?」


 上機嫌な様子で、ユーリ殿は食べかけの春巻きをぺろりと胃に納めてしまう。

 すると、今度は逆側に座っているジェリーが主張し始める。


「ねえねえ、スープもたべて! この卵スープね、ジェリーが作ったんだよ」

「へえ、そうか。んじゃあ食べさせてもらおうかな」

「うんっ。……はい」

「……うっ!」


 そっと運ばれた、匙で掬われた黄金色の液体を口にした瞬間、ユーリ殿の顔色が見る見る内に悪くなっていく。


「おいしくな~れって、お砂糖でいっぱい甘くしたんだよ! ……どう、かな?」

「……バッチリだ。美味いよ」


 笑顔を作ってはいるが、私には分かる。

 その心意気や天晴、よくぞ耐えたと褒めてやりたい。


「ほんと?」

「ああ。もうちょっと練習しながら大人になりゃ、いつでもお嫁さんに行けるな」

「うれしいっ! おにいちゃん、だいすき!」


 冷や汗を浮かべているユーリ殿にジェリーが抱きついている間、ブルートークで真意を尋ねようかと考えたが、男気に水を差す真似をしたくなかったので思い止まる。

 代わりにタルテ殿へ、味見をしなかったのか目で問う。


 返ってきたのは、微かな首の横振り。

 私の推察に依るが、恐らくジェリーはタルテ殿にさえ手や口を出させなかったのだろう。

 どうしても己の力のみでユーリ殿を喜ばせたい、と。


「あ、そうそう! ユーリ、今日は特別にお酒飲んでもいいわよ。さっき船の料理人さんがぶどう酒をくれたの」

「お、マジか? ありがてえ」

「ただし! 飲みすぎないようにね」


 うむうむ、見事な救援だ。

 この二人ならばきっとこれからも上手く支え合っていくことだろう。


「俺ばっかじゃなく、お前らも食えよ。一緒に食った方が楽しいしな」

「うむ、頂こうか」


 さて、私も食べるとしよう。

 ……無論、ジェリー製卵スープもだ。






「あー食った食った。今の俺はもう餓狼でも何でもねえや」


 全ての料理を完食した後、膨らんだ腹をさすりながらユーリ殿は寝台に倒れ込んだ。


「食べた後にすぐ寝ると体によくないわよ」

「分かってるっての」


 物言いはしっかりしている。

 酒量を厳密に制限されていたこともあって、酔いは回っていないようだ。

 ちなみに、先の失態が未だに傷痕として残っているのだろう、タルテ殿は頑ななまでに酒を口にすることを拒んだ。


 この後にすることを考えれば、ある意味では正しい判断である。


「三人ともありがとな。美味いメシを食わしてもらって、おかげさんで元気になったよ」

「いや、まだだ」


 そう、ここからが本番と言っても差し支えない。

 え、という風にきょとんとしたユーリ殿に畳み掛ける。


「私がまだ癒しに貢献できておらぬではないか。もてなしはまだ終わらぬぞ! さあ、次は全員一緒に風呂へ入ろうではないか! 更に私の按摩付きだ! どうだ、嬉しいだろう」

「お、おう……っておいおいおい! そりゃまずいだろ」

「何がまずいのだ」

「色々だよ。それ以前に船の人らに見られたら一巻の終わりだろうが」

「心配せずとも既に交渉は済ませている。覗かれたり来られたりする心配は無い」


 交渉したのは船員達だけではなく、タルテ殿ともだ。

 彼女の羞恥心という鎧を剥ぐための説得には少々難儀したが、


「ならば私一人でユーリ殿としっぽり湯浴みするとしよう。料理で貢献できぬ分、精一杯奉仕せねば。例え精魂尽き果てようとも」


 と煽ると、容易に乗せられた。


「あ、あなたたちがおかしなことをしないか、見張るためなんだから」


 と付け加えて。

 照れずとも良かろうに。


「ユーリおにいちゃん、いっしょに入ろ?」

「いやー、でもなあ」

「イヤ?」

「嫌じゃない、つーかむしろ嬉しいけどさぁ」

「ああもう! いつまでウジウジしてるのよ! 男でしょ? 覚悟決めなさいよ。……わたしだって、死ぬほど恥ずかしいんだから」


 タルテ殿にここまで言われて、ユーリ殿もついに腹を括ったようだ。


「……分かったよ。女にそこまで言わせておいて断るのも男じゃねえ。ドーンと楽しませてもらうぜ」

「よくぞ申した。至上の幸福を味わわせてしんぜよう」

「ところでアニン、そんな按摩に自信があんのか? 初耳なんだけど」

「任せておくがいい。……初体験だが」


 とりあえず筋肉を揉み解したりすればいいのだろう。

 素人が行っても問題なかろう。多分。




 さて、めでたく全員での湯浴みが決定したとはいえ、すぐに浴場へ向かう訳にはいかぬ。

 貸し切り状態を実現するため、我々の入る順番は他の乗客達よりも後、最後にしなければならなくなった。

 必然的に、夜も遅くなる。


 待ち時間を他愛ない雑談で過ごしている内、部屋の戸を叩く音がして、


「お風呂、使えますよ。ごゆっくり」


 女性船員が使用可能の旨を伝えに来た。


「よし、では行くか」

「おう」

「え、ええ」

「うん」


 まるで戦場に赴くが如き面持ちのユーリ殿とタルテ殿、そして無邪気に入浴を喜んでいるジェリーを連れて、浴場へと向かう。

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