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18話『アニン達はユーリを元気づける』 その1

 どことなく、弟に似ているような気がした。

 という第一印象は容易に覆された。


 ユーリ殿と初めて出会ったのはワホン、彼の故郷だというロロスとファミレのちょうど中間辺りに広がる平原だった。

 傭兵組合から紹介された、隊商や旅人を護衛する仕事の途にて現れた野盗を撃退するために共闘したのが縁だ。


 当時のユーリ殿はまだ傭兵組合に加入しておらず、本人が嫌う『人切り包丁』の二つ名もなかった。

 なのに彼は率先して矢面に立ち、戦い、護ろうとしていた。


 不謹慎なのは承知の上だが、ユーリ殿と共に剣を振るうのは楽しかった。

 駆け巡る熱い血潮、珠となって弾ける汗、弾む呼吸……

 互いを気遣い合いながら動くその様は、体の交わりと何ら変わりがない。

 我が弟が相手では、こうもいくまい。

 もっとも経験が無いから、真実は定かではないが。


 野盗を全員片付けた後、改めて自己紹介をして話をしたのだが、やはり我々の相性は抜群だと確信した。

 気風のいい御仁だと、二言三言交わすだけですぐに好感を持ち、共に行動することが決まるまで時間は必要なかった。

 当時の私には中期的な標がなく、またユーリ殿も折良く旅に出たばかりで、まだ旅慣れていないという都合も味方したのだろう。


 運命というものの存在を信じたくなったのは、あの日が初めてだ。

 好感云々を置いておいても、この御仁がいれば……


 それと、理由がもう一つ。

 要約すれば『放っておけなかった』という一語に尽きる。


 魔法とは異なる不思議な力を持ってはいるが、剣の扱いはてんで素人に等しい。

 幼さの残る男子かと思えば実年齢以上、実際は私よりもずっと年上ではないかと錯覚させるような物の見方。

 加えて、時々未知の言葉を発する不可思議さ。


 そんな歪な部分にも惹かれてしまったのかもしれない。

 何故なら私も歪だから。


 何より、彼の人格を特徴付ける『腹を空かした人間には誰であろうと食べ物を与える』という独特の信念。

 ツァイ帝国の気風にはまるで馴染まぬが、私には立派だと思えた。

 口だけではなく、自分の食事を削ってまで、捕えた野盗にすらそうしていたのだから。


 手助けをしつつ、傍で見守るのを決めるには充分なほど面白い人物だった。

 ユーリ殿が私について真にどう思っているのかは不明だが、少なくとも私の方は彼に好意を抱いている。

 体を求められれば、いつでも応じる心構えは出来ている。

 でなければ曲がりなりにも同居などするはずがない。

 それに……






「なあアニン、このキノコって食えるか?」

「どれ……いや、これは駄目だ。口にすると幻覚症状に苛まれるぞ」

「ん? じゃあ逆に言うと、幻覚を見るだけで食えなくはないってことじゃねえのか」

「ならば試してみるがよかろう」

「……やめとくわ」


 ユーリ殿は時々、このような悪食じみた発言をするから困る。

 とはいえ、心に濃い影を残し、落ち込んでいるよりは大分良い。

 どうやら昨夜の逢引きで、タルテ殿が上手く慰めたようだ。

 コラクの一件があってから随分と精神的に疲弊していたようだが、今朝の目覚めは爽快そうだった。


 よくやってくれたと、タルテ殿のことを労いたい。

 ここでユーリ殿に折れられてしまっては困るからな。


 しかし、果たして二人は昨夜どこまで進めたのやら。

 まぐわう、とまでは行かなくとも、最低限接吻の一つでもしておいてもらいたいものだが。


 好奇心は大いにあるが、かなり奥手なお二方、尋ねてもまたいつものようにはぐらかされてしまうだろう。

 部屋に戻ってきた時も、私やジェリーを起こさないようにこっそり、一人ずつだった。

 一緒に過ごしていたと思われたくなかったのだろう。

 可愛いものだ。


 しかし、あまりに進展が遅すぎるのも困るというもの。

 一体何が障壁になっているというのだ。私の見立てでは相思相愛なはずなのだが……


 私としてもあまり決心を鈍らせたくはない。

 先日ユーリ殿へ告げた言葉は、完全な戯れではないのだから。


 無論、押さえつけるだけの理性はあると自負している。

 それにジェリーは良く出来た可愛い子だ。

 無事にご父母の元へと帰してやりたいと心から思っている。


 本当に両者が結ばれたとしても、タルテ殿を恨みはしない。

 素直に祝福できる。

 私の本懐の妨げにならない限り。


「どうしたアニン、ボーっとして」

「いやすまぬ、何でもない。食糧も大分集まったことだし、一度戻ってはどうだろうか」

「そうすっか」


 早めに戻るのを提案したのは、他の理由もある。

 タルテ殿やジェリーと打ち合わせをしてあるのだ。


「ユーリ殿。今晩のこと、忘れていまいな」

「忘れるわけねえだろ。メチャクチャ楽しみにしてんだから」


 目を爛々とさせている辺り、本心なのだろう。

 そう、今晩はユーリ殿を我々三人でもてなしてやる予定なのだ。




 時間は今朝に遡る。


「我々の手でユーリ殿をもっと元気付けたいと思うのだが」

「うん、やる。ジェリーも元気なおにいちゃんがすきだから」

「そうね、いいんじゃない」


 発起人、つまり私がそう持ちかけると、二人は二つ返事で承諾してくれた。


「それで、具体的には何をするの?」

「うむ、まずお二方は、人間の基本的な欲求についてご存知だろうか」

「よっきゅう?」

「大別すると、人間には三つの本能的欲求があると聞く。眠りたいという欲、食べたいという欲、そして……まあ今はよかろう」


 残り一つをジェリーに伝えるのは憚られたので、濁す。


「まずは食事に関する欲を満たしてやるべきだと思う。ユーリ殿は何よりも食べることに拘る御仁だからな」

「確かにね」

「ジェリーたちでごはん、作ってあげるの?」

「ジェリーは賢いな。そういう訳でタルテ殿、貴女の腕を振るって頂きたい」

「ええ、任せて。でも何を作れば一番喜ぶかしら。あいつ、お肉なら何でも嬉しいって言いそうじゃない?」

「その通りだな。しかし私には答えを持ち得ぬゆえ、献立も専門家であるタルテ殿に一任しよう。必要な食材があれば言ってくれ、調達しよう」

「ねえねえ、ジェリーもなにか作りたい。おにいちゃんをよろこばせたい」

「む、そうか。是非作ってやるといい。ジェリーは優しいな」


 思ったのだが、ジェリーの料理の腕前はいかほどなのだろうか。

 今日までは専らタルテ殿の調理補助ばかりを行っていたため、未知数だ。


 とは言え、幾ら何でも食べられぬものを作ることはなかろう。

 それにユーリ殿の胃腸は常人よりも頑丈だ。

 多少問題があろうとも命に係わることはあるまい。


 その場で食後の計画も立て、解散しようとした時、席を外していたユーリ殿が戻ってきた。

 早速説明すると、


「どういう風の吹き回しだよ。でも嬉しいぜ、ありがとな」


 そんな言葉が返ってきた。

 顔こそ緩んでいたものの、目の下などにまだ疲労の痕跡があるのが見て取れた。

 我々の"もてなし"が、少しでもユーリ殿の慰みになれば良いと思う。




 先程まで森にいたのはユーリ殿のためではない。

 ミャンバーの町人達に配るための食糧採集を怠る訳にはいかぬ。

 ましてや我々が不在の間、シィス殿にまで手伝ってもらっていたのだから。


 町に戻った後、食糧の引渡しをユーリ殿に頼み、私はミャンバーの食糧店へと足を運ぶ。

 タルテ殿から依頼された食材を購入せねばならないのだ。


 町人達から信頼を得られたのもあってか、定価よりも安く買うことができた。

 そのままユーリ殿とは合流せず、私一人で船に戻り、タルテ殿に食材を渡す。


「では、頼んだ」

「お疲れさま。ご飯ができるまで休んでて」

「そうさせてもらおう」


 とは言ったものの、特に疲れてはいない。

 手持無沙汰だ。

 ユーリ殿の手伝いをと思ったが、もう用は済んだ頃合いで、じき戻ってくるだろう。


 ならば、シィス殿にはかつて拒まれたが……手合わせをと、今一度頼んでみるか。

 あの身のこなし、ただの武術とは思えぬ。

 不意打ちを防いでみせたのはともかく、平時からの気配の薄さや足音の無さ……

 是非とも知りたい。暴いてみたい。


 こんな考えに囚われている辺り、やはり私にも父と同じ血が流れているのだろうと実感する。

 弟にもきっと……

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