17話『タルテ、お返しをする』 その2
意思に反して、昨夜の記憶ばかりが何度も繰り返し頭の中で再生される。
大包丁を、アルに、アンに、サガに振るい、命を絶つ。
アルはどこまでも優しかった。
眠らせる息を吐くばかりで、最期まで暴力を使わなかった。
どれだけ煽っても、これが自分の戦い方だと譲らなかった。
そして「気に病む必要は全くない」と。
彼らの亡骸を祭壇ではなく住処の近くに埋めたのは、完全に俺の感傷だ。認める。
三人を一つの穴に入れたのもそうだ。
せめて次に生まれ変わる世界では――こっちかあっちか、それとも別の所かは分からないが、一緒に幸せになれればいいなと願いながら。
夜に訪ねた時は気付かなかったが、洞穴の近くには墓があった。
彼らが食べた人間を弔ったものだろう。
削って加工された木が盛り土のてっぺんに突き立ち、周りには綺麗な花が飾られていた。
墓の数は少なかった。
戦って、殺して、埋めて。
何回も同じ内容の自動再生を繰り返している内に、肩を揺すられて我に返る。
「苦しそうな顔をしてたから。……体だけでも、少しは休めた?」
「ああ、おかげさんで」
タルテに答えながら視線を移す。
ジェリーはもう目を覚ましていて、心配そうな眼差しを向けてきていた。
笑顔を作って「大丈夫だ」と示し、立ち上がる。
これ以上気を遣わせたくはないから、残りの道中は最初以上によく喋ることにした。
いや、どっちかというと、自分自身を奮い立たせるためにそうしたんだ。
いつまでも悲しんで立ち止まってる訳にはいかない。
思い出せ。
ここで終わっちまうようなヤワな覚悟で、絶対正義のヒーローを志したんじゃあないだろ。
ミャンバーに到着したのは夕暮れ時だった。
まず町長さんに会って顛末を説明、馬を返して、町長さん個人からの報酬を受け取る。
町長さんは、故郷の危難が去ったことを素直に喜んでいた。
この人がサカツや村長とグルなのかどうかは、もうどうでもいい。
たかが数日離れていただけなのに、船がまるで我が家のように懐かしく感じられた。
ざっと見たところ、やっぱり修理はまだ終わっていないようだ。
船長さんやシィスに挨拶と、俺達が船を離れていた間に代理で食糧集めをしてもらったことの礼を言い、風呂に入ってメシを食う。
体はさっぱりしたけど心は……
ただ、この船のメシはやっぱり美味かった。
疲れを取るために今夜は早く寝よう、というアニンの言葉に従って、部屋に戻るなり荷ほどきもせずすぐに消灯、寝台に潜り込んだ。
体も心も、かなり疲れていた。
なのに、やっぱり眠れない。
眠ってはいけないことがお前への罰だと、脳が言っているかのように。
だとしたら、これほど効果的な罰はない。
どうせ眠れないなら場所を変えるか。
経過した時間からして、三人とも多分もう寝てるだろう。
音を立てないように寝台を降り、気配を消して真っ暗な部屋を抜け出す。
「今日は一人なんですね」
見張りに立っていたのは、先日と同じ船員だった。
「独りでいたい気分なんすよ。あ、灯りはいらないっす」
あの裏山に比べれば、まるで平和で明るい。
先日と同じ場所へ腰を下ろすまでの経路に、何の障害もなかった。
月、星、インスタルト、波音、潮の香り、肌寒さ、暗さ。
幻想的ですらある夜の世界で、何をするでもなく、頭の中を遊ばせる。
思考を止めることはできないが、この場所ならばそれを客観的に観察することは何とかできる。
どうせなら酒でも持ってくればよかったかな。
と、誰かが近付いてくる気配がした。
目をやると、ロウソクの灯りが映って、恐る恐るといった速度でこっちに近付いてくる。
「ブルートークは一方的に会話できないって本当なのね。さっきからずっと呼びかけてたのに」
「そりゃ悪かったな。で、どうした。また悩んでることでもあんのか?」
「逆よ」
タルテは短く言い、腰を下ろした。
「い、いつまでウジウジしてるのよ。あんたらしくもない。し、心配かけさせないでよね。思い詰めて海に飛び込むんじゃないかって思っちゃったんだから」
で、いきなり挑戦的な口調で発破をかけてくる。
「言うようになったじゃんか。早速少しは強くなったのか?」
「そうね。あんたの秘密をどうしても聞き出したいから」
「あんま期待しすぎると、ガッカリするかもしれねえぜ」
そこで一旦会話が途切れ、コトンと音が鳴る。
タルテが燭台を床に置いた音だった。
「……ユーリの中でまだモヤモヤしたものがあるなら、話してみて」
「お前ならもう気付いてるんじゃないのか」
「誰かに話すことに意味があると思うの。だから、聞かせて」
多分俺自身、本心ではそれを望んでたんだろう。
気が付いたら、タルテの求める鬱屈とした感情が、口をついて出ていた。
タルテは時折、小さく相槌を打ちつつ、傾聴してくれた。
そして、あらかた吐き尽くした後、
「安心したわ」
と、吐息混じりに呟く。
「怒らないでね。……ユーリのこと、時々人間っぽく見えなくなる時があったのよ。でもユーリも、悩んだり悲しんだりするんだなって実感できたら、ホッとしたの。変な話、今朝サカツを殴った時も、驚いたというより人間らしさを感じられて安心したわ」
「そりゃ俺だって人並みに喜怒哀楽はあるよ。ロボットじゃねえんだから」
「"ろぼっと"?」
「お前がちょうど今誤解してたみたいな存在のことだよ」
タルテは頭上に疑問符を浮かべていたが、小さく首を振ってそれを消した。
「……でもさ、正直そこまで、泣きたくなるほどには悲しくないんだよ。それって、結局心のどこかでヤマモの人格を認めてないからなんだろうな」
「いい加減にしなさい」
タルテの手の平が俺の口を覆って、物理的にも喋れなくなる。
が、五つも数えない内にすぐ外された。
「ねえユーリ。クィンチたちから助けてもらったこと、わたし、本当にあなたに感謝してるのよ」
「急にどうしたよ」
「あなたは今回も、あなたの仕事を立派にやり抜いたの。何も悪くなんかない。だから胸を張って、絶対正義の"ひーろー"さん」
「…………!」
タルテにそう言われた瞬間、不覚にも目頭が熱くなりかけた。
何だよ、どうしたんだよ、俺。
「突然だけど、少し寒くない?」
「あ、ああ。ちょっとな」
更に、今感じてるのと真逆のことを聞かれたもんだから、つい少し声を上擦らせてしまう。
するとタルテが少し腰を浮かせて、俺にぴったりと身を寄せてきた。
「勘違いしないでね。肌寒くなったからこうしただけよ。この方が、あったかいでしょ」
「……そうだな」
タルテの手が滑り、俺のそれに重ねられる。
彼女の肌はなめらかで、確かな熱を帯びていて、ロウソクの灯よりも強く、優しく、俺を照らしながら温めてくれた。
「タルテたちが一緒についてきてくれて良かったよ。俺独りだったら多分潰れてた。……ありがとう」
最後の方はちゃんと声になっていただろうか。
ちょっと自信がない。
上からの月明かりが少しずつ閉ざされていき、辺りが暗くなっていく。
空に浮かんでいるインスタルトが、月を覆い隠し始めたようだ。
それにつれて、今までずっと奥に引っ込んでいた眠気がやっと表に出てきた。
今夜は、少しはマシな眠りにつけそうだ。