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最終話『安食悠里は異世界で絶対正義を続行する』

 僕は、生きていていい人間なんだろうか。

 答えを出せないまま、こうして今日もただ息をして、ただご飯を食べて、寂びた港から海を眺めている。

 海の先には水平線や雲、空以外には何もないけど、何故かずっと眺めていても飽きないし、落ちつく。


 気が付いたら、この地球ではない異世界の、寂れた港町に流れ着いていた。

 こんな僕にも町の人達はとても親切で、目を覚ますまで介抱してくれて、今もずっと衣食住の面倒を見てくれている。

 血の繋がった家族よりも優しくて、戸惑ってしまうくらいに。


 血縁と言えば、お母さんとは……建物が崩れ落ちている最中、いつの間にか離れ離れになってしまっていた。

 町の人に尋ねてみても、流れ着いてはいないという答えが返ってきた。

 そのためお母さんが生きているのか死んだのか、今も海を漂っているのか海の底に沈んだままなのか、全く分からない。


 だから海を眺め続けているのかと聞かれたら、"必ずしもそうでもない"と返さざるを得ない。

 お母さんとは別の母性を、この果てしない海に感じているからだ。


 当然、意識はなかったけど、海を漂っていた間、確かに僕は声を聞き、大いなる意識に触れていた。

 あれは誰のものだったんだろう。

 優しくて、温かくて、大きくて――

 あの高さから海に落ちてもこうして無事でいられたのは、あの声の主のおかげなんじゃないだろうか。


 目を閉じてできる暗闇に全神経を集中させると、おぼろげながらその主が現れる気がするので時々試してみるんだけど、どうも完全に上手くはいかない。

 浮かぶのは、髪の長い、蒼を基調とした、憂いを帯びた女神のイメージ。

 全く知らない存在だけど、嫌な感じはしないし、それどころか好感さえ持っている。


 それと、海だけじゃなくて、港町の奥にずっと広がっている、山や森にも守られている気がするのが不思議だ。

 こっちの方は海と違って、何というか……ちょっと怖い、鬼みたいなイメージ。

 でもどっしりと、優しく見守ってくれている所は変わらない。

 勝手に"お父さん"に近いものを感じていた。



 



「……んっ」


 思いっきり伸びをすると、潮風で錆びていた気がしていた身体がパキパキと解れて気持ちがいい。

 怪我はもう完治している、というか、僕に宿っている治癒の力を使えば容易い。


 流石に全く何もしないというのも居心地が悪いので、時々怪我をした人をこの力で治すという仕事はしているけど、難点がいくつかあった。

 感謝されるのはいい気分だけど、人付き合いが苦手だから気まずいとか、お腹が空いてないと力を使えないから、どうしてもそれが辛いとか……


 時々、この町の外からも人がやってきて、この異世界の情報を聞かされたりもする。

 その度に、この世界は距離、時空、文化、科学技術などが地球から遥か隔絶していることを思い知らされ、仄暗い気持ちになる。

 まるでゲームや漫画のような世界だと分かっても、ワクワクなんかしなくて、不安や恐怖ばかりが湧いてくる。

 他にも様々な力を宿しているのに、自信なんてものはちっともない。 


 しかも聞いた所、以前はもっと治安が悪かったり、魔物なんかも多くいたらしいじゃないか。

 そんな世界の中で、目覚める以前の僕は平気で暮らしていたはずなんだけど、よくもまあそんな逞しくいられたものだと思う。






 怪我を治す仕事をしてくれているんだから今のままでもいい、ずっとここにいてもいいと、町の人達は僕を甘やかしてくれている。

 そこに感謝や居心地の良さを感じているのは事実だし、できればそうしたいと思っているんだけど、心の奥底にある引っかかりが、どうしても取れない。


 本当にこれで、いいのだろうか。

 何か大切なことを忘れているんじゃないか。


 更に恐ろしいのは、そんな引っかかりさえもが、時間の経過と共に徐々にぼやけ始めてきたことだ。

 完全に忘れてしまったその時――僕のアイデンティティが完全に消滅してしまうのではないのか、という恐れがある。 


「……ん?」


 人の気配を感じて振り返ってみると、薄汚れた格好をした、ガリガリに痩せ細った小さな子どもが立っていた。

 町の子どもだっけ、浮浪者だっけ、それともどこか別のところからやってきたんだろうか。

 どうも人の顔を覚えるのは苦手なんだよな。


 曖昧に笑いかけてみたけど、まるで無反応だった。

 別に僕の笑顔が不自然だったからとか、この子が無愛想な性格だからじゃないってのは分かる。

 落とした視線が僕の足元に――置いてあるカゴ、僕が町の人に持たされた弁当にじっと注がれていたからだ。


 そりゃそうだ。

 誰だって餓えれば余裕は無くなるものだし、下手をすれば悪事だって働く。 

 その気持ちは痛いほどよく分かる。


 ……あっ、これか?

 僕が忘れかけていたもの、引っかかっていたものってこれのことか?


 自問自答してみると、胸の奥が、頭の奥が、じわっとあったかくなる。

 やっぱり、そうなのか?

 僕は、これをやればいいのか?


 うう、怖いなあ……恥ずかしいなあ……

 それに何より、僕のお腹が空いたままなのが嫌だなぁ……


 でも、後悔したくはないんだろ?

 そうだよな、じゃあ……まずは小さいことからやってみるか。

 これが……第一歩。


「ん?」


 誰か今、僕の声で"頑張れよ"って言ったか?


 まあいいや、気にするな。

 行け、行くんだ。

 どんなにみっともなくてもいい、言って伝えろ!


「……き、君さ、お、お、お腹が空いてるの?」

「……うん」

「よ、良かったらさ、これ……た、食べなよ」

「! ……い、いいの?」

「うん」

「あ……ありがとう!」

「困った時は、お互い様だよ」

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