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16話『ユーリとヤマモ、自然の掟に従う』 その2

「アルッ! 待ってくれッ!」


 声を振り絞って呼びかけると、アルたちは思いのほか素直に、ぴたりと動きを止めて振り返った。

 もっと意外だったのは、言葉通りの鬼の形相からも、全身から滲み出ている雰囲気からも、怒りを感じられなかったことだ。


「ユーリさん。よく追いつけましたね。何も言わず飛び出してしまって申し訳ありません」


 口調も、対話した時と同じ穏やかさを保っていた。


「それはいいよ。村へ行くつもりか」

「はい。お願いしなければならないことがありますので」

「お願い?」

「先程の攻撃で息子の病が悪化しました。耐え得るだけの生命力を取り戻すため、食糧を分けて頂かねばなりません」


 アンの腕に抱かれているサガを見る。

 ウソはついてないようだ。 

 表情こそ変わってないものの、最初に見た時より明らかに苦しそうに荒い息をついている。


「図らずも村人との"交換の日"が近付いております。夜中に訪ねるのは無礼と存じていますが、何とか前倒しをして頂けないか、頼みに行くのです」

「俺が言うのもなんだけど、怒ってないのか? いきなり攻撃されたってのに」

「怒っていませんよ。そもそも、静かに生きていく上で怒りの感情など必要でしょうか」


 アルの口調はどこまでも穏やかで、真摯で、一切の偽証を感じさせなかった。


「発達した知能や複雑な感情を持つ生物として、人間が私たちを憎み、恨むのは当然だと理解しております。大切な友人や肉親を選んで差し出せと言っているのですから」


 それに、どこまでも物分かりがよすぎた。

 だが、これだけ理知的な存在がいくら言葉と礼儀を尽くして説得、懇願したところで、決して相手には届かないだろう。

 絶対に乗り越えられない壁がある。

 俺にとってもそれは他人事じゃない。


 ……でも、どうしても黙ってられなかった。


「サガを元気にするのに、どれくらい必要なんだ」

「大人の腕一本もあれば充分でしょう」


 アンが答える。

 ……しょうがねえ、か。

 元はといえば俺が原因だもんな。


「…………俺の腕じゃ、ダメか?」


 生まれ変わる前の世界にいたヒーローも、自分の頭をちぎって渡したりしてたもんな。

 俺も負けられねえ。

 ただ彼は痛覚がなさそうだったが。


 それにしてもこの場にいる人間が俺だけでよかった。

 あいつらが聞いてたら猛反対するだろうからな。

 流石にグリーンライトでも再生はできないだろうけど、ちゃんと止血して、そのうち凄い魔法か何かで……


「申し出はありがたいのですが、受ける訳にはいきません。掟に反してしまいます。我々が食糧とするのは、あくまでコラクの村の人間のみです」


 だが、あっさりとアルに断られてしまった。

 胸がじわりと温かくなる。


「それに、息子の病はもう治りはしないでしょう。あくまでも栄養をつけて病に耐える気力をつけるといった程度の気休めです」

「……そうか」

「変わった方ですね。人間は普通、人間以外の存在に対してそんな自己犠牲を払ったりはしないのでは?」

「ちょっとばかし特別な経験持ちなんでね。どうなっても、最悪死んでも何とかなるだろうなって思っちまうんだ。

 ……なーんて言ってみたけど、正直断られてホッとしちまったよ」


 何のこたねえ。

 カッコいいことを言っておきながら、俺も我が身が可愛かった、痛みや不便を怖がってたってことだ。

 覚悟が足りなかったんだ。


「ユーリさんのお気持ちは、充分伝わりましたよ。ありがとうございます」

「お兄ちゃん、ありがとう」

「やめてくれよ、俺は何もできてねえんだから。まあいいや、とにかく俺が村の人たちに話してくるから、ちょっと待っててくれ」


 返事を待たず、俺はブラックゲートで村へ跳び始めた。

 急いだ方がいいだろう、という考えも無論ある。

 ……でも正直、正視に耐えなかったというのもあったかもしれない。


 彼らは、まっすぐすぎる。

 絶対正義のヒーローを自称している俺以上に。






 もう真夜中だってのに、コラクの村は未だ眠りについていなかった。

 家々の灯りはついたままで、村長の家には人が集まっている。


 どう見たって健気に俺の帰りを待ってたって感じじゃない。

 農具や木の棒、雨でも消えない大きな松明を手に、どいつもこいつも殺気立っていた。


「ユーリ! 無事だったのね!」

「ヤマモは……」

「悪い、話は後だ。村長は?」


 出迎えてくれたタルテたちを再び村長の家に押し戻す。

 中には村長だけでなく、他の村人や、サカツの奴もいた。

 目が合う、というよりこっちから睨み付ける。

 少しでも気まずさを見せるかと思ったら、微かにニヤつきながら、


「つくづく驚かされるな。まさか解毒までできるとは。君は一体何者なんだ?」


 全然悪びれもせず抜かしやがった。


「教える義務はねえよ、クソ野郎。よくも不意打ちかましてくれやがったな」


 わざと周りに聞こえるように言ってやったが、村長も他の人間も、さしたる反応を見せない。

 今はそこを追求してる暇はない。

 アニンを見ながら耳の下に手を当て、確認する。


 ――サカツはいつ戻ってきた?

 ――大分前だ。戻ってくるなり経緯を報告し、それを聞いた村長が村人たちを焚き付けたのだ。ヤマモの襲撃に備えよ、夜明けと共に打って出るぞ、とな。


「おお戦士様、これはお見苦しい所を。戻ってきたということは、ヤマモめを仕留められたのかな?」


 村長が、カサカサした声で尋ねてきた。


「……まだです」


 そう答えるのが精一杯だった。

 すぐ近くまで来ている、とは言えない。

 それにこの雰囲気じゃあ、到底話し合いなど望めはしない。

 サガの病も、同情を誘うどころか殺す好機としか映らないだろう。


「それはどういった了見ですかな」


 ちっ、いけしゃあしゃあと。

 どうする。アルたちに一旦引き返してもらうか、村の人間を鎮めるか。

 どっちも限りなく無理に近い選択だ。


「こっちが聞きたいっすね。何で俺を騙して、そこのそいつに猫かぶらせて尾行させてたんだ。俺は捨て駒だったってことすか」

「猫をかぶらせて、とは心外だな。ただ初対面で緊張していただけだ。何しろ人見知りなものでね」

「てめえには聞いてねえよ」


 いちいち癇に障る奴だ。


「そもそも全部話さなかったのが気に入らねえ。アルたちを一方的な悪者に仕立てやがって……!」

「……おお、戦士様はすっかり、かの悪鬼どもの術中に落ちてしまわれたようじゃ! 嘆かわしい! どうか目を覚まして下され!」


 このジジイ、あくまでそういう態度を取るつもりかよ!


「うわあああああああ!!」


 と、突然の雷鳴のように、村人たちの叫び声が家の外から飛び込んできた。


「ヤマモだーーッ!! 人食い鬼が出たぞーーーッ!!」

「く、来るな、来るなーーーッ!!」


 バカ野郎、どうして来ちまったんだ!


 恐怖は簡単に伝染し、家の中も騒然となる。

 村長の娘さんは悲壮な顔を作って震え出し、それをサカツが抱き寄せて落ち着かせている。

 そんな中、村長がじっと、俺に漆黒の眼を向けてきているのに気付く。


「お前らはここにいろ!」


 視線に込められていた言葉を無視してタルテたちに言い、大包丁を抜きつつ、扉を蹴破る勢いで外へ飛び出す。

 果たして叫びの通り、ヤマモ――アルとアンとサガが山を背にして、村の中へ足を踏み入れていた。


「みんな下がれ! 俺が出る!」


 別に身を案じたんじゃあない。

 色んな意味で邪魔になるからだ。


「あんたたち……」

「本来これは村と我々の問題です。あなたの指示を聞く理由はありません」


 ごもっともすぎて、何も言い返せなかった。

 俺はいつの間にか彼らのことを、何でも従順に聞いてくれる相手だと思い込んじまってたんだ。


「村長は家の中ですね。お手数ですが呼んで頂けませんか。私が家へ入るのは問題があるでしょう」


 ダメか。ここはもう引き合わせるしか手がない。


「……ちょっと待ってろ」


 一旦家に戻って村長に伝えたが、本人は動こうとしなかった。


「私が行きましょう」

「任せる」


 代わりにサカツが出向くつもりらしい。

 俺とのすれ違いざま、ニヤリと笑う。

 おかしな真似をしたら速攻で張り倒してやる。


「やれやれ、ひどい雨だ」


 そんな軽口を叩きつつ、用心深いことに、アルからしっかり距離を開けてサカツは話し始めた。


「あなたは村長ではありませんね。すみませんが……」

「村長は高齢ゆえ、私が代理として来た。それに次期村長となる身なのだから、問題ないだろう」

「そうですか、承知しました。まずは夜中に訪れた非礼をお許し下さい」


 そう言われても、サカツは何の反応もしなかった。


「理由はほかでもありません、私の息子が病で苦しんでいるのです」

「ほう、それで?」

「お願いします。近付いている"交換の日"を、次の日没にまで早めて頂けないでしょうか。その分、こちらがお渡しする食糧を増やしますから、どうか聞き届けてもらえませんか」

「ん? それは話が違うな。"交換の日"は掟で定められた、徹底遵守すべき儀式のはず。それを勝手な都合で破ろうとは……貴様ら化物には理解できないかもしれんが、人間というものは身内や仲間を売るという行為について、ひどく心を痛めるものなのだ」

「重々承知しております」

「いいや、分かってないな、化物め」


 何だよ、これ。

 俺がこの依頼を受けた時に聞かされたのは、人間が鬼に痛めつけられているという話。

 しかし今、俺の目の前に映っているのはまるで逆の光景だった。

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