98話『安食悠里は異世界で絶対正義を執行する』 その4
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「……ジェリー」
「心配かの」
「エレッソ老。……はい」
「心配いらんよ。あの子は強い。色々な意味での。それにユーリ殿やお仲間達は信頼するに足る方々。きっと全てを良き方向に導いてくれようぞ」
「……そうですね。ユーリさんたちは、私と夫・ナータの一番の宝物を、もう二度と会えないかもと諦めかけていた娘と会わせて下さった。心配する代わりに祈ります」
「良い心がけじゃな。わしも倣うとしようかの」
「――ねえねえパンナ、やっぱりユーリさんとタルテさんって、もう……」
「どうかしらねフリン。どちらも奥手っぽいし」
「あ~あ、私、結構本気だったのになぁ。だから粉をかけたのに」
「それは私もよ」
「あら、私の方が本気だったわ」
「いいえ、私の方が……」
「……」
「……同じくらい?」
「……同じくらいね」
「うふふ」
「ふふふ」
「私達も祈りましょうか」
「そうしましょう。世界の平和と、ユーリさんたちの無事を……」
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「おや、あなたが温泉に入りにくるなんて珍しい」
「洋の民が、人間の管理する温泉に入ったらいけませんか?」
「誰もそんなことは言ってないじゃないですか。ただ、温泉の中で竪琴の練習は勘弁して下さいよ」
「そんなことをする訳がないじゃないですか」
「それもそうですね。失礼致しました。いえね、過去に騒ぎを起こして退場させた人達のことをふと思い出しまして」
「どのような方なのです?」
「男1人が年頃の女をゾロゾロ連れた団体だったんですけどね、痴情の縺れか何かで、急に取っ組み合いを始めたりしたんですよ。現在、酒類の提供が禁止になっているのは、あの事件が原因なんです」
「……まさか」
「思い当たる節があるんですか?」
「以前、エピアの檻の見学に来たことがありました。あの時も散々……」
「……お互い大変ですな。彼らはきっと今も、あちこちで厄介事を起こしてるのかも」
「……巻き込まれている方は、とんだ災難ですね」
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「待て待て待てい! そこを往く馬車よ、止まれ!」
「我らは誇り高き略奪者にして分配者・アシゾン団! 我々に目をつけられた以上、もはや逃げられはせんぞ!」
「弱者を襲撃し、私腹を肥やす悪党ども! 食糧を置いていきなさい!」
…………。
「……ぐっ! 何たる強敵! この白蘭のセイルがこれほど追い詰められるなど……!」
「赤薔薇のシュクレよりも……速い!?」
「やはり普通の斧ではこのルヴワ、上手くは立ち回れぬようだ」
「だからあんたも通り名を考えておきなさいよ……」
…………。
「……負けるものか! せいっ! やあっ!」
「美しく……気高く……切り刻む!」
「魔力が無くとも、膂力で断つ!」
「……や、やった! 勝った!」
「つ、疲れたぁ……」
「薄氷の勝利だったな」
…………。
「では、食糧を頂いていくぞ」
「心配しなくても、全部取ったりはしないわ。盗賊団のあなたたちだって、空腹にはなるものね。生きられる分は残しておいてあげるわ」
「……言っても無駄かもしれないが、お前達も、少しは思いやりというか、弱者への情け、施しの精神を持ってもらいたい」
「……これで、良いのだろう? ユーリ=ウォーニー」
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「モクジ様、新規入信希望者を対象とした第一説法及び人員配置、完了致しました」
「うむ、御苦労だったゲマイ」
「昨今、入信希望者がとみに増加しておりますな」
「かのスール=ストレングからの"声"、悪魔の襲来……"餓死に至る病"は終息したとはいえ、未だ世は混乱の最中。ローカリ教に入信すれば少なくとも食うには困らぬと考えた結果だろう」
「嘆かわしい……と断ずることもできませぬな。飢餓の恐怖は生物の根源に差す感情ゆえ」
「ふむ……」
「モクジ様。まさか再び"楽園の燦"を……」
「言うなゲマイよ。流石に理解しておるわ。あれは最後の手段。そして今はまだ選択する時に非ず。教主としての務めを全うしようぞ」
「その御言葉を聞けて安心致しました。いいえ、私のみならず、ミスティラ様や、他の信徒達も同様です」
「ユーリ殿には未だ感謝してもしきれぬ。愚僧の蒙昧を打ち砕き、道を照らす太陽となって下さったのだからな。
ミスティラとの結婚の是非に関わらず、次期教主の座を譲ることもやぶさかではないのだが……」
「私も異存はございませぬ。……が」
「うむ、ユーリ殿にはユーリ殿の道があり、またその路上で、自身にしか成せぬことがある」
「はっ」
「我らも祈ろうではないか。ユーリ殿がこの世界の闇を掃い、遍く光をもたらして楽園を築く太陽となるよう」
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「……あらよっと! いっちょあがり! おう、石持ってこい石! あ? 決まってんだろ、魔石4種類全部だよ!」
へっ、世間の騒がしさに関わらず、こちとら武器道具を作る生き方は変わらねえってんだ。
戦が起こりゃ剣や鎧をガンガン打って、平和な時分にゃ日用品や工具なんかをカンカン打つ。
好きでやってることだ。それでいいんだよ。
余計なことに頭回してる暇なんざねぇ。
適材適所、それぞれが真面目にてめえの職分を全うすりゃ、結果もついてくるってもんだ。
……なあ、ギリの旦那よ。
それと、旦那の倅よ。
ワシらが鍛え上げた大包丁、ちゃあんと役立ててんだろうな?
あんたのこった、きっと今頃どデカい戦の最中なんだろ?
ワシャ地祖人だから魔法は使えねえけど、何となく分かるんだよ。
悪魔だの何だのといったどデカい連中を相手してるに違いねえ。
鋭く、硬い一発を思いっきりかましてやれよ。
出来れば最後の敵に、とどめの一発として使ってもらえりゃあ最高だ。
そいで、ちゃあんと戻ってこいよ。
どうせまたロクに手入れもしてねえだろうから、説教と一緒にまた綺麗さっぱり元通りにしてやるからよ。
「なあ、ギリの旦那の倅……いや、ユーリ=ウォーニー!」
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「はぁ……」
「はぁ……」
「……あ、おばちゃん」
「あら、アリドちゃん」
「どうしたんすか、ため息なんかついちゃって」
「アリドちゃんこそ」
「いや、つくづく、ユーリを疑って申し訳ないことをしちゃったなって」
「そうねぇ……私達、家族を失ったユーリちゃんにひどいことをしちゃったわよね」
「はぁ……」
「でも、だからこそ、ユーリちゃんの帰ってくる場所を、私たちがちゃあんと守っておかなきゃ!」
「……ええ、そうっすね!」
「ご夫妻の味をどうやっても再現できないから店はお休みしちゃってるけど、再建のためのお金は貯められるわ! さ、頑張りましょアリドちゃん」
「分かりましたおばちゃん! 俺、気合い入れるっすよ!」
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「坊ちゃま、お体の具合はいかがですか」
「坊ちゃまは止めろと言っているだろうマンベール。大事ない」
「は、申し訳ありませんラレット様。それはようございました」
全くマンベールと来たら、いつまでも私を子ども扱いしおって。
末席とはいえ、私とて誉れ高き聖騎士の1人なのだぞ。
それにしても……私も兄上やユーリ=ウォーニーのようにインスタルトへ赴きたかった。
名誉の為ではなく……本音を言えば、大義とも少し異なる。
もっと単純に、友や血を分けた兄弟と共に戦いたかった、という思いが強かった。
しかし、私には私なりの役目があることは承知している。
「市街へ出る。食事に事欠く者がいたら邸に招くぞ。良いな」
「御意。そう仰ると思い、既に旦那様や料理人を含め、各方面にお話は通しております」
「流石だなマンベール。よし、行くぞ」
今は私も友の高潔なる信念に倣おうではないか。
再会する時、胸を張れるように。
もっともこの私は既にウォルドー家の名を冠するに相応しい、高潔たる聖騎士なのだがな。
我が友・ユーリ=ウォーニーよ。
戻ってきたら……長兄も交え、皆で勝利の美酒を酌み交わそうではないか。
楽しみにしているぞ!
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――世界のどこかで今日も、誰かのために頑張っているユリちゃんへ。
ねぇ、ユリちゃん。
あたし、今日も頑張れてるよぉ。
これもみんな、ユリちゃんがいっぱい助けてくれて、優しさをくれたからだよねぇ。
今あたし、ちっちゃな町の病院で働かせてもらってるんだよぉ。
たくさんケガ人が運ばれてきて毎日忙しいし、食べ物が少ないからみんなケンカしてばっかりだし、そもそもあたしドジだから、たくさん大変なことがあるけど……
それでもね、毎日がイキイキしてるんだ。
誰かの役に立てるって、こっちも嬉しくなれるよねぇ。
『ありがとう』って言われると、みんなが幸せになれるよねぇ。
聖都で初めて会った時にユリちゃんから教えてもらったこと、みんなにも教えてるよぉ。
あたしもいつか、絶対正義の"ひーろー"になれるかなぁ?
いっしょに頑張ろうねぇ。
それと、もし疲れたら、いつでも会いにきてねぇ。
あたしがいっぱい癒して、慰めてあげるから。
大好きなユリちゃんに、この気持ち、届きますように。メニマより――
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