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98話『安食悠里は異世界で絶対正義を執行する』 その3

 ~ ~ ~




「――はい、カツ丼の体重制限版、お待ちどうさま! ……え、何よ、量の少なさに文句あるの? "餓死に至る病"が消えたとは言ってもね、まだまだ食糧不足は解消されてないのよ! 大の男が情けないわね、我慢しなさい!」


 やれやれ、全くここのお客さんたちは感謝というものが足りないわね。

 こうしていつ何時でもファミレの大食堂が開いているのは、大混雑している状況でも切り盛りできているのは、一体誰のお陰だと思ってるんだか。


「そう、この看板娘・ジルトンさんのおかげでしょ!? ……はいはい、今注文取りますから、大人しく待っててくださーい!」


 ……あーあ、潤いが欲しいわぁ。

 何かこう、いい男とご飯食べて、お酒飲んで、洋服見に行ったりしたいわぁ。


 ユーリ、元気にしてるかなぁ?

 きっと彼のことだから、世界がこんな状況でも、必死に"ひーろー"活動に勤しんでるんだろうなぁ。


 タルテちゃんと一緒でもいいから、ちゃんと帰ってきてよね。

 また皆でワイワイ楽しくやりましょうよ。




 ~ ~ ~




「しちょー、じゃなかった、いんちょーせんせー! 炊き出しのお手伝い、おわりましたー!」

「3人ともお疲れ様。あなたたちもちゃんと食べておきなさい」

「はーい!」

「ねえねえ、ユーリ兄ちゃんが作った"種まきの会"、ほんとに大きく広がったよね」

「そうだね、もっとがんばって大きくしようね」

「……ユーリ君、見ているかしら? あなたのやってきたことは、無駄ではなかったわ」

「あれ? いんちょーせんせー、何か言った?」

「いいえ、何でもないわ。頂きましょう。私達は、この日常を守りましょう」




 ~ ~ ~




「オラァおっさん! チンタラやってんじゃあねえぞ! もっとキリキリ働け!」

「へ、へぇ、すみません」


 全く……忌々しい!

 あの男のせいで、ワシは財産を失うわ、豪邸を失うわ……そして今もこんな大監獄の中に!

 つくづく奴は、ワシに不幸ばかりをもたらす!


「ひぃ、ひぃ……つ、疲れる……」

「よーし、そろそろ飯にすっか!」


 ……しかし、奴のおかげで、このような地の底の底でも食事にありつけるようになったことは認めねばなるまい。

 確かにあの男は、口にしたことを実行しよった。

 だがそのような所も鼻につくのだ。……ユーリ=ウォーニーめ。




 ~ ~ ~




「"三日月斧のカッツ"と名乗れば、聖都やファミレでは知らない奴はいないぐらいなんだぜ」

「知らん」

「聞いたことありませんね」

「うぐ……」


 ぶ、無礼なおっさん共め!

 タゴールの森の奥で歴史的大発見をしたこのカッツ様の存在を知らないなどと……!


「ファミレって言ったら、あの男の方が有名人だろ」


 この連絡船の船長がいきなり話に割って入ってきた。


「あの男?」

「"大包丁のユーリ"だよ。同じ傭兵組合のあんたなら知ってるんじゃないのか」

「ああ、その兄さんのことなら俺も知ってるな。この船長も含めて俺達、一緒の船に乗ったことがあって、船食いイカの群れと一戦やらかしたんだわ」

「懐かしいですね。魔法とは少し違う、不思議な力を持っていましたっけ」


 何かを思い出すようにしみじみ頷き合う、船長と槍使いのおっさんと魔法使いの男。

 ……くぅ~~っ! またあいつかよ! 何であいつばっかり!


「魔物だ! 魔物が現れたぞ!」

「おっといけねえ、船長の仕事をせんと。……皆さんも良かったら手伝ってくれやせんかね」

「いいだろう。付き合うぜ」

「勿論です」

「ちょっと待ったぁ! この三日月斧のカッツ=トゥーン様にも戦わせろい! ユーリの奴なんか目じゃないくらいの活躍を見せてやるぜ!」

「おうおう、威勢がいいねえ若人。期待してるぜ」


 そうだ、俺だって負けてらんねえ。

 ちょ~っとばかし実力や女とのモテ具合に違いがあっても、俺はお前と対等だって思ってんだからな!




 ~ ~ ~




 私は間違ったことをしていない。

 間違っているのは、あのいけ好かない……ユーリ=ウォーニーの方だ。

 未だにそう思い続けている。


 私は、故郷の村人に危害を及ぼす人食い鬼を排除したに過ぎない。

 こんな寂れた、旅人も寄り付かない、貧しい小さな村だが……私はこの故郷を愛している。


「サカツさん……いえ、あなた、どうしたの?」

「……いや、何でもない」

「村長がそんな暗い顔をしていたらダメよ。ただでさえ今は世界中がおかしな状態なのに」

「……そうだな」


 あれほど欲しかった金や名誉よりも、今では妻の方を大切に思っている自分がおかしくて仕方がない。

 大切なものは人それぞれであり、また自分自身でさえ正確に把握しているとは限らない。

 そう顧みると……ユーリ=ウォーニーやあの人食い鬼達にもまた、彼らなりの優先順位があって、その為には痛みや犠牲を強いることがあったんだなと気付く。


 全てが上手く収まるような、絶対的な正義のような概念は存在するのだろうか。

 分からないが、とにかく、あの男とまた会えるとしたならば、あの時散々に殴られた礼をしておきたいものだ。




 ~ ~ ~




 世界の騒がしさに関係なく、今日もティパスト川の流れは変わらない。

 透明な水をさらさらと静かに湛え、タリアンを南北にぷっつんと。

 あっしはその上を、櫂を手に今日もえんやこら。


 おお、ありゃあ魚鱗象。

 珍しいもんを見ちまった。

 最後に見たのはいつだったか……そう、あのでっかい包丁みたいな剣を持った兄さんを舟に乗せた時だったっけか。


 あの兄さんも珍妙な力を使うわ、悪運が強いわでおかしなお人だった。

 今もてんやわんやしているんだろか。

 でも、案外ああいうお人が、世界の運命に大きく関わってくるもんだったりするのよな。


 ま、あっしにゃ関係ないこった。

 あっしは今日も櫂を手にえんやこら、と。




 ~ ~ ~

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