98話『安食悠里は異世界で絶対正義を執行する』 その2
何のために、僕は生まれ変わった?
何の因果があって、再びお母さんとこうして巡り合った?
宇宙を統べる神様がいるとして、一体何を僕らに望んでいる?
そんなこと、いくら考えた所で、人間である僕に分かる訳がない。
でも、薄々分かっている……正確には、感じていることがある。
この"感じ"にラベリングするとするならば……使命感。
更に言うと、さっきの女性が恐らく言おうとしていたこととも一致するはずだ。
つまり。
――目の前にいる、この……僕の母親を、息子である僕が倒せ、と。
漠然とではあるけど、自分自身理解していることではあった。
僕の奥底にある、未だ僕じゃないと思われる部分も、そうすることを望んでいるようだ。
それをハッキリ表面化できなかったのは、混乱していたこともあるけど……それ以上に、怖かったからだ。
僕は、戦うどころか、誰かとまともにケンカをした経験さえない。
絡まれたり、虐げられたり、無視されたりと、他人の悪意に晒される経験は幾度となく味わってきたけど、それに真正面から立ち向かったことなんてなかった。
今だって、怖い。
仮に目の前にいるのがお母さんじゃなかったとしても、怖い。
謝っても許してくれないのが、怖い。
「さあて、私の可愛い悠里。私が何を考えてるか、もう分かってるよねえ? あんたは私の子だもんねえ?
……二度と復活できないように、そのクソ忌々しいツラを見なくて済むように、完全に消してやるよおお!」
「ひっ……」
「じっとしてなよ。抵抗しなけりゃすぐ終わらせてやっからさぁ!」
言うが早く、お母さんが掌からエネルギー波を放ってきた。
え、無理だ。
反射的に顔の前に手を出すことしかできなかった……が、何故かそれで充分だった。
薄い白色の膜のようなものが現れて、エネルギー波を完全に防御した。
「だぁかぁらぁ、てめえ抵抗してんじゃあねええよおお! ムカつくガキだなああ!!」
逆上したお母さんが、左右の手を相撲の張り手のように交互に突き出し、次々エネルギー波を撃ってきた。
だけど、それでも膜は僕のことをしっかりと守ってくれている。
ちょっと語弊があるか。
これは、紛れもなく、僕が出した"力"だ。
その辺りを再認識すると、僕の中に段々と心境の変化が起き始めた。
無力だと思っていた自分に、戦う力がある。
回復や防御だけじゃなく、他にも能力がある。
これなら、やれるのではないか。
……やれるのか?
だって……僕は……
前世であんな扱いを受けて……今もこんな風に本気で殺しに来られても、僕はお母さんのことを恨み切れずにいた。
甘っちょろいと笑われるだろうか。
頭がおかしいと蔑まれるだろうか。
例え誰かにそのように思われたとしても……僕には、お母さんしかいないんだ。
そして、それでも僕は、お母さんをこの手で倒さないといけない。
戦いたくない、完全に精神的に屈服している相手と戦って、倒す。
恐怖と勇気の同居。
おかしな話だけれど、不思議とこの矛盾に苛まれるようなことはなかった。
正しい。
僕がしようとしていることは、正しい。
誰かに後押しされたでもなく、認めてもらったでもなく。
ただ僕が、僕を認めればいい。
意味付けをすればいい。
それが僕の、絶対正義。
後は……執行するまでだ。
「はぁ、はぁ、くっそ……何でだ、何で攻撃が届かねえ!」
「お母さん。僕、お母さんを倒すよ。まだ全てを理解していないけど、それが正しいことだと思うから」
「な……や、やってみやがれこのガキイイイイ!!」
攻撃の"力"は……こう使う!
「うげっ!」
目に見えない力の塊が、かざした手から飛んで、お母さんを吹っ飛ばし、壁へと叩き付けた。
「な……なんだこいつ……! パワーが……まるで違う……!」
血を吐くお母さんを見て、心が痛む。
痛むと同時に、確かな手応えを感じている。
これならやれる。
……これなら?
僕がお母さんと戦うのは、初めてじゃないのか?
「私が……この私が負けるかあああ!」
「灼熱の炎よ!」
今度は火を放つ。
「ギョロロロロロ!」
のたうち回るお母さんを見て、かつて自分がされたことを思い出す。
思い出すと同時に、いくらなんでもあれほど広範囲にはやらなかったっけと思い直す。
「……くっそおおおおあ!」
あ、炎を吹き飛ばされた。
そしたら、もう一度。
「ギョロロロロロ……ばはぁっ! ……くそ、くそ、くそ、くそったれえええ!」
ダメージを負う度、お母さんはより激しく錯乱していく。
僕の味わった痛みを、苦しみを、少しは理解できた?
などと思っているようで、思ってない。
僕自身、僕の思考回路が、僕という存在が、曖昧になって理解できない。
戦いに伴って精神状態が変性しているせい?
生まれ変わりに伴う後遺症のせい?
分からないし、考えるほど頭が痛くなるから、やめよう。
僕の絶対正義を、粛々と執行しよう。
その後のこと?
……知らない。
「……! ま、待て! やめろ!」
半ば投げやりというか、適当な心持ちで攻撃→再生のサイクルを繰り返していると、お母さんがそんなことを言い出した。
疑問なのは、僕に対してやめろと言っているようには見えなかった点。
何というか、あの頭を抱えて首を振っている様子からして、自分の中に話しかけているようだ。
すんなり納得できたのは、僕にとってもあながち他人事には思えなかったからだ。
まあいいや。
攻撃を続行しよう。
「ユーリ、聞こえてる?」
そう思った時、いきなりお母さんが、優しい声で呼びかけてきた。
「ユーリ、私だよ。あんたの母ちゃんだよ」
「……?」
声色だけでなく言葉遣いまで変えてきて、目つきも優しくなっていて、抱き留めるように両腕を広げている。
演技か?
それにしてはやけに上手すぎる気が……
「や……やめろ! 乗っ取るな! 私の体だ! お前のじゃねえええ!」
と思ったら、また粗暴な口調に戻る。
コントでもやっているんだろうか。
……この状況で?
「ユ、ユーリ……聞いて……やめろお! 母ちゃんに、構わず……この体を……うるせえ! 勝手なことほざくな!」
よく分からないけど、器用なものだ。
「は、早く……ぐぬぬにいい……! わ、私が、抑えて……頭がああああ!」
あれ?
どうして胸が締め付けられてるんだ?
センチメンタルな感情なんて微塵も感じていないのに。
攻撃したいのに、体が動いてくれない。
どうしたんだ、僕は。
「世界を……世界を、すく……るりいいああああ!!」
先に激しく動き出したのは、お母さんの方だった。
頭や体を激しく掻き毟り、血を振り撒きながら地団太を踏む。
……化物だ。
そう感じながらも、やはり目に映っている相手は、お母さんとしか思えなかった。
「このクソどもがああああ! どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがってええあああ! 私のなんだよ! この世界の全部! 何もかも! 私が食って腹に詰め込むんだよおお!」
「よく分からないけど、お腹が空いてるなら、食べればいいんじゃないの?」
「口答えしてんじゃあねええ!」
してない。
「……ひ、ひひひひ……そんなに世界が大事なら……こうしてやろうか。なあ、こうしてやろうか!?」
何をする気だ?
というか、あれは僕に話しかけているのか?
「何もできないてめえはそこで見てろよ。ピーピー泣いてやがれ!」
とにかく止めた方がいい。
炎や透明の塊をとにかく連続で撃ち放つ。
「しゃらくせえ!」
お母さんが衝撃波を放ってきたが、間一髪、膜を張って防ぎ切れた。
「ん?」
それは良かったんだけど、つい別のものに気を取られてしまった。
衝撃波によって、僕の方へと飛んできた……あれは、剣か?
折れていて、まともに使えそうもないけれど……
目を覚ます前の僕の持ち物だということは、背中にある鞘の存在のおかげですぐ分かった。
つい手が伸びてしまっていたのは、少しでも使えそうなものは何でも拾うという、前世に由来する習性だった。
「……!?」
剣の柄を握った瞬間、電流のようなものが駆け抜けていく。
もちろん、実際に感電した訳じゃなくて、実際に流れ込んできたのは、この剣を併用した、新しい力の使い方。
いや、正確には"思い出した"と言うべきか。
効率的で強力な能力ばかりだ。
それと……なるほど、手持ちの中でもどうも使い道の分からなかったこの力は、この剣と組み合わせて使えばいいのか。
早速試してみよう。
「おいてめえ悠里、何するつもりだよ!」
剣を天に掲げ、テレパシーのように、見えないトランシーバーを使って心の中で会話するように、お母さんと"通信"するイメージ。
「……あ?」
繋がった。よしよし。
このまま僕の精神エネルギーを高めて、一気にお母さんに叩き込み、内側から破壊する。
「……え?」
僕の方も驚いてしまった。
何だこれは……音? 声?
僕のでも、お母さんのでもない。
誰だ? 知らない人間の……たくさん……流れ込んでくる!
…………。
…………。
…………!