97話『あきらめないものたち』 その3
大きな地震みたいなすごい揺れがみじかい間に何回もおこったりして、塔をおりるのはとても大変だったけど、どうにか1階まで戻ってこられて……
それでちょうど入口のところに、だれかが立ってるのが見えたの。
……あっ!
「皆様、御無事なようで何よりですわ」
「ミスティラお姉ちゃん! 目がさめたんだ」
「……お陰様で、命を繋ぎ止めましたわ。ジェリーちゃんには、感謝の言葉もありませんわね」
ヴァサーシュの槍とトリキヤの羽衣も持ってて、せいいっぱい元気そうに見せてるけど……顔色がすごくわるいよ。
でもこれは、言わないほうがいいよね。
「ユーリ様は? 御一緒ではないのですか?」
「ユーリさんとタルテさんはまだ見つかっていません。私だけでもまた再突入して……」
「あら。タルテなら、既にわたくしが回収致しましたわ」
「えっ?」
「つい先程のことです。わたくしもどうにか皆様のお力となるべく、心身に鞭打って立ち上がり、塔の内部へと進入したのですが……その矢先、上層の穴よりタルテが滑り落ちてきたのです。
外傷はさほどではないようですが、意識が戻らず……応急処置を施し、現在は外で安静にさせておりますわ」
「これで残りはユーリ殿だけか」
「"だけ"? ソルテルネ様は……」
はっきり聞かなくても、ミスティラお姉ちゃんは分かっちゃったみたいで、首を横にふって、
「ラレットさんには……わたくしが……」
って、声をつまらせて……
「とにかく、ユーリさんは私が探してきます。その間に皆さんは、インスタルトからの脱出経路を探し……おうっ!?」
シィスお姉ちゃんがへんな声を出したのは、また……ものすごい揺れと、あちこちで爆発がおこったから!
「こんどのは……すごいよ!」
「皆、離れるな! 巻き込まれぬよう気を付けろ!」
「タルテお姉ちゃんは……!?」
「まったく、世話の焼ける娘ですわね!」
そう言いながらもしっかり守ってあげてるミスティラお姉ちゃんは、やっぱりやさしいな。
ううん、そんなことよりも……今まで以上にすごいよ、これ!
「塔が……!」
「それだけじゃないよ! インスタルトそのものが……!」
「崩れて……いや、崩れ落ちようとしてる!? うっそおおおおお!?」
「いかん、塔からもっと離れろ!」
アニンお姉ちゃんに引っぱられるみたいにはなれたすぐあと……
「ああ……塔が!」
塔の入口が、おっきな岩にふさがれちゃって、こわれちゃって、中に入れなくなっちゃった!
それだけじゃなくて、上のほうからどんどんはがれ落ちるみたいにこわれていって、塔の上がもうなくなっちゃってるよ!
「……これはもう、脱出経路の確保を最優先にした方がいいですね」
「シィスさん、貴女何を平然と仰ってますの!? 今も独り戦っていらっしゃるユーリ様をお見捨てになるのですか!?」
「そうは言ってません。しかし」
「しかしもお菓子もありません! タルテだってきっとわたくしと同じ……!」
「やめるのだ、ミスティラ殿」
「やめませんわ! わたくしは、こうなった今でも」
「やめろと言っているのだ!」
「うっ……!」
あ、アニンお姉ちゃんが、ぶった……
「……報復は、生還してからに致しますわ」
あ、でもミスティラお姉ちゃん、やり返すつもりはないみたい。
それどころか本当は、むしろありがとうって思ってるみたい。
「それで、考えはおありなのでしょうね」
「転移魔法陣を探してみませんか。私達が突入した1ヶ所だけにしか存在しないとは考えにくいです」
「貴女の仮説を支持したい所ですが、誰がそれを起動させますの?」
「それはもちろん、ミスティラさんとジェリーちゃんで……」
「大変口惜しくはありますが、限りなく不可能に近いですわ。転移魔法陣の起動は、複雑な詠唱や大量の魔力、陣への深い造詣を必要とされますの。現在のわたくしたちでは到底……」
「ジェリーも、転移魔法陣は使えない。……ごめんね」
「そうですか……」
……あっ、そうだ!
転移魔法陣は使えないけど……でも、かわりに思いついたことがあったの。
多分これならなんとかなるはず。
「ねえ、こんなのはどうかな」
「む、意見があるのかジェリー」
「これ、覚えてる?」
「それは、ジェリーの御両親からお借りした、"天幕の樹"か」
「うん。これを"花吹雪く春息吹"で活性化させて、"殻"を作るの。そうすれば、高いところから落っこちてもだいじょうぶだし、海にしずんだりもしないと思うの」
「何と、そのようなことが可能なのか」
「ぜったいに成功させるよ。信じて、くれるかな?」
お姉ちゃんたちに聞いてみたら、
「力強き答え、感服致しましたわ。なればわたくしは全幅の信頼を以て応えるのみ。どうぞお願い申し上げますわ、ジェリーちゃん」
「私もこの命、預けよう」
「では私はこの眼鏡を……っていらないか別に。ええ、私も当然信じますよ。考えている時間もありませんし、他の方法も思いつきません」
みんな信じてくれたの。うれしいな。
きっとタルテお姉ちゃんも、みんなと同じことを言ってくれるよね。
「じゃあ、すぐやるね」
うん、ジェリーなら、きっとうまくやれる。
ユーリお兄ちゃんといっしょに手に入れた、このヴェジの枝に、ジェリーのありったけの魔力を込めて……!
…………。
「――春を待たずして枯れ死んだ無辜の生命、何を思い土に臥し続ける、喜びを知らず飲まれるのか、無念すら抱かず還り逝くのか、芽吹く意志あるならば繋げ、今再び土と空を、理を越え、理に沿う風が、棺を震わせ割く誘いとなろう――"花吹雪く春息吹"!」
おねがい……応えて!
ジェリーたちを助ける力を……与えて!
「うおっ!?」
シィスお姉ちゃんがいきなりおっきな声を出して、ジェリーもちょっとビックリしちゃった。
でも、失敗で言ったわけじゃないみたいで、
「やった、これはやったんじゃないですか!?」
ジェリー、ちゃんと上手にできたみたい。
天幕が、全員入れそうなくらいの広さの丸い球になったよ。
「見事な堅牢ぶりですわね」
「うむ、これなら如何なる衝撃にも耐えられるであろう」
アニンお姉ちゃんが思いっきり剣で切りつけてもキズひとつつかなかったから、だいじょうぶだよね。
さっそくみんなで中に入った……と思ったら、ミスティラお姉ちゃんがまた外に出ようとしたの。
「脱出経路は確保されましたわね。それではわたくしは、ユーリ様を捜索しに参りますわ。
わたくしの安否に関しましてはどうぞご心配無く。この2つの魔具の加護がございますゆえ」
「無理を言うな。ミスティラ殿はもう限界であろう。顔に滲み出ているぞ。私が行こう」
「それを仰るのならアニンさんもそうではなくて? わたくしに負けじと、死相が表れておりますわ」
「だーかーら、こんな時に口論はよしましょうよ。間を取って私が行きますよ」
「貴女こそ、限界が近いのではなくて?」
「傷口が開いているぞ」
「え? ……ほんとだ! うわ、認識した瞬間激しい痛みが! いってえ!」
お姉ちゃんたちはワイワイやってるけど、ほんとにそれが正しいのかな?
ううん、お姉ちゃんたちの言いたいこともまちがってないと思う。
……でも!
「……ジェリーたちだけで入って、みんなで待ってようよ」
「ジェリー……!?」
「何を仰るのです!」
「あのね、聞いて? お姉ちゃんたちが、ユーリお兄ちゃんを助けにいきたいって気持ちは、すっごくよく分かるよ。ジェリーだってそうだもん。
……でもね、お兄ちゃんは、本当にジェリーたちが助けにきてほしいって思ってるかな? お兄ちゃんはそれよりもきっと、ジェリーたちが無事でいてほしいって考えるんじゃないかな?
お兄ちゃんって、そういう"ひーろー"さんじゃないかな?」
「…………」
「それに、ユーリお兄ちゃんならどんなことになってもぜったい平気だよ。お兄ちゃんだけが使える"力"があるもん!
ホワイトフィールドでどんなものも防げるし、グリーンライトでなんでもすぐ治せるし、ブラックゲートでパッて移動もできちゃうし!
信じようよ。ね? ……ねっ?」
あれ、おかしいな、どうしてジェリー、泣いちゃってるんだろ?
「……ジェリーちゃん、貴女の御意見、しかと受け止めましたわ」
「わぷっ」
「ジェリーの気持ちを考えず、醜い争いを見せてしまってすまなかったな」
「わわっ」
「きっとタルテさんが目を覚ましていたら、ジェリーちゃんと同じことを言っていたでしょうね」
「お姉ちゃん……」
「おっと、もう時間が残されてなさそうですね」
お話をしているあいだにも、インスタルト全体がどんどんこわれていって……
今にも地面がぜんぶくずれて落っこちそうだけど、そんなにこわくはないよ。
目に見えない糸で……強くて、あったかい気持ちでつながってるみんながいるし、なによりも、ユーリお兄ちゃんのことを考えてると、ふしぎと落ちつくんだ。
お姉ちゃんたちも同じみたい。
「祈りましょう。我らが英雄の勝利と帰還を」
「そうだな。祈りが時に力となることも、あるやも知れぬ」
「柄ではありませんが、私もとことんまで祈り倒すとしましょう」
「……ーリ……」
うん、そうだよね、タルテお姉ちゃん。
きっとみんな、生きて帰れるよ。