96話『奇跡を起こすものたち』 その1
また、俺は死んだのか。
あっさりと理解し、受け入れてしまった自分がなんだかおかしい。
まあ今回が初めてじゃないしな。
えっと、3回目か。
モクジさんの"楽園の燦"を止めようとした時と……前世で死んだ後、そして今。
まさか実の母親に2度も殺されるとは……
変わってねえな、ここは。
呼吸できる水の中にいるみたいな、寒くもないし暑くもない、全方位真っ白の、完全無音空間。
空腹感も、疲労感も、痛みさえも完全に消えてしまった、絶対の無……
「お久しぶりです、ユーリ=ウォーニー殿」
「うおっ!」
いきなり声をかけられて死ぬほど驚いた……ってもう死んでるんだったな。
ていうか、この声は……
「やっと繋がれましたね」
「リージャンのおっさん、じゃなかった、トスト様!?」
振り向いた先でにこやかな笑顔を作っていたのは、小洒落た酒場にいそうな格好をした眼鏡の中年男――もとい、フラセース聖国の長、聖竜王・トスト様が人に変身した姿だった。
ここにお見えになったってことは、まさかトスト様も……
「いいえ、私はまだ生きております。こうしてあなたに干渉できているのは、聖竜の力を利用しているからです」
「そうだったんですか」
「この空間を通して、あらかたの事情は理解致しました。やはり私の目は確かだったようですね。あなた方は大悪魔・ミーボルートを討ち、スール=ストレングを討ち、新たな悪魔と"餓死に至る病"の発生を止めて下さった。見事すぎるほどの戦果です。
……ですが、結果的にこうしてあなたを落命させてしまった。大変申し訳なく思っております」
「……いえ、自分がやられたのは、自分の問題ですから」
「そうだとしてもです。ある意味では、私には分かっていました。あなたがこのような結末を辿ることを」
「どういう意味ですか」
珍しく、トスト様が言いよどみ、歯切れの悪さを見せた。
「……聖竜ならではの特性で、私は、近い未来を予見することができるのです」
「予見……?」
これまでの関わりを思い返すことで、疑念はすぐに消えていった。
しかし……
「だったら何故、ラフィネの競竜で予想を外したのか、と思われたでしょう? 良い着眼点です。別に私利私欲には使えない、という訳ではありませんよ。ただ単純に、精度が完全ではないというだけの話です。私とて全知全能ではありませんから。
私が見える未来はおぼろげであり、これは推測ですが、恐らく観測時点で最も起きる可能性の高い未来が見えるのでしょう。
ゆえに……あなたの死が、見えていた次第です」
そう言われても、別段憤りなどを感じはしなかったし、トスト様を責めようという感情も湧いてこなかった。
やっぱり未来を変えられなかった自分の責任じゃないか、ということを再確認したに過ぎない。
「……ん、ちょっと待って下さい。"あなたの"って、他の仲間はどうだったんですか。やっぱり俺と同じように……!」
「そうですね。当初の観測では、全員の死亡が見えておりました。私はそれを分かっていながら、皆様を死地へ送り出したのです。命を賭して試練を突破し、敵を討ち倒して下されば、それは世界にとっては勝利だから。
許しを乞うつもりはありません。国を預かる者の判断として、間違っているとは思っておりません」
「……!」
「ここで1つ、言い訳をさせて下さい」
強い感情が本格的に湧き立つ前に、トスト様が言葉を継いだ。
「あの花精のお嬢さん……ジェリー=カンテをあなた方と同行させるようお願いしたのを、覚えていらっしゃいますか?
彼女を推薦したのは、彼女ならば、あなた方の死の運命を変えてくれるのではという画が視えたからです」
「ジェリーが? じゃあ、あの子や、他の皆は……」
「申し訳ありません。あなたとの"接続"に意識を向けていたため、他の方の現状に関しては把握できておりません」
本当にすまなさそうに、トスト様が頭を下げた。
「そうですか……ところでトスト様は、今どちらで何を?」
「皆様とお別れした後、私はずっとイースグルテ城にて瞑想を行い、"奇跡"を行使できるよう、力を蓄えております。精神と魂の一部だけがこの空間へお邪魔している、と解釈して頂いて結構です」
「質問ばかりですみません。トスト様が起こせる奇跡って、具体的にはどのような力なんですか?」
「ひどく感覚的、概念的、抽象的であるため、言葉で全てを説明するのは困難ですが……まず分かっていることは、魔力を用いる魔法とも、練り上げた気を利用する技とも、呪符や、あなたが使える餓狼の力とも源を異にする力であるということ。
では源は何かと言いますと……便宜的に"見えざる粒"とでも呼称しましょうか。構成要素は不明なのですが、世界の全てに遍在するそれらを、長い時間をかけて瞑想を行って集め、溜め、束ねることで、行使できるようになります。
奇跡の範囲は生き死にや空間への干渉なども含まれますが……世界の理を捻じ曲げてしまうため、反動のようなものも起こりかねません。極めて危うい力と言えるでしょう」
世の中には不思議な力がまだまだあるもんなんだな。
もっとも、俺にはもう関係ないけどさ。
「さて、そろそろ私からお話してもよろしいでしょうか。ここからが本題です」
そう思った矢先、蝶ネクタイの位置を直し、眼鏡に手をあて、トスト様が真剣な表情で言う。
「先日、ラフィネの競竜場で作ったあなたへの借り、必ず返すと申し上げましたよね」
「はい」
そういえばそんなこともあったっけか。
今となっては懐かしい。
「今が正にその時。借りを返させて頂きますよ。……私の最後の"奇跡"を使い、あなたを生き返らせて差し上げましょう」
「えっ……」
生き返らせる? 俺を?
まるで予想だにしていなかった提案に、思わず石化したように固まってしまう。
「どうなさいました」
「すみません、ビックリしちゃって、つい。いや、そりゃあ、生き返れるのは嬉しいですし、トスト様のお力やお言葉を今更疑いはしませんけど、いいんですか。一個人の蘇生に大事な力を使ってしまって」
「あなたはここまで本当によくやって下さいました。むしろ他に行使する理由が思い当たらないくらいです」
言葉とは裏腹に、何故かトスト様の表情や声色には硬さが残っている気がした。
「それに本来はミーボルートの再封印か、餓死に至る病を消し去るために用いようと考えておりました。これらも世界の理に反する行為ではありますが、危急の事態ゆえ致し方無し、と。
ですが、いずれも勇者殿御一行が、世界に生きるものたち全てが、国を越え、種族を越え、力を合わせて、奇跡なんてものを必要とせず打ち破って下さった。
本当にこの世界の方々は素晴らしい。奇跡などものともしない可能性の力を持っている。……ですが、死んだものを生き返らせることまでは、決してできない。そう、奇跡でも起こさない限りは。
その最後の奇跡をあなたへ捧げられることは、大変な光栄であるとさえ思っております」
やはり、言葉と言い方が、完全に一致しているとは言い難い。
俺の見間違いではないはずだ。