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95話『抗うもの』 その2

「はっ、悠里を殺されたのがそんなにムカついちゃったのかよ」

「それだけじゃない。……この世界のためにも、あなたを生かしておくわけにはいかないわ!」

「てめえも正義の味方気取りかよ。気に食わねえ、気に食わねえ! いい子ちゃんぶりやがってよお!」

「気に食わない? 何でも見境なく食べるくせに? わたしの正義感ぐらい、遠慮なく食べていいのよ。いくらでも出してあげるわ」

「あのクソガキみてえなこと言ってんじゃあねええ!」


 攻撃が、来る!


「こ……のクソアマァァァ!」


 何とか光線を避けることができたのは、挑発を言い終える直前からいつでも避けられるように身構えていたからというのもあるけど……

 やっぱり、相手は弱体化している?

 威力そのものが大幅に落ちている。


 どうして……あっ、そういえば、戦ったことのあるシィスさんが以前言っていた。

 相手の"力"は、ユーリの能力とは正反対に"満腹度に比例して強化される"特性があるのではないか、と。

 今の状態を見るに、その推察は当たっているんじゃないかと思う。


 それに加えて、更に別の要因もあるようだ。


「はぁ、はぁ……くそったれ……ただでさえ腹減りまくってムカついてんのに……ぐっ! う、うるせえええ! 黙ってろ! 頭ズキズキすんだよおおお!」


 ユーリの実家で初めて見た時も、あのように時々、激しい頭痛のようなものに苦しんでいる姿を見せていた。

 あれも弱体化に影響しているのは間違いない。

 原因は……?


「はぁっ!」

「ぐおあっ! 痛ってえええ!」


 メルドゥアキの弓で攻撃を加え、時間を稼ぎながら、必死に頭を回転させる。

 いくら覚悟を決めても、今のわたしの戦闘能力が他のみんなよりも劣っているという事実は覆せない。

 だからこそ、頭を使う。

 手持ちの武器を最大限に利用して、冷静さを失わず、状況を洞察して、勝機を掴む!


「なぁめんじゃあねえぞお!」


 掲げた両手の上から、紫の雷を帯びた黒い球体が出てきて、ゆっくりとこちらへ迫ってくる。

 弓で破壊……できない!?


「あのガキみてえなことやってんじゃねえよバーカ!」


 動きは遅いけど、あれに当たるのは危険なのは分かる。

 逃げても……追ってくる!

 だったら!


「……何だとぉ!?」


 "絶蓋の呪符"を貼った矢で射抜いたら、そのまま消滅した。

 あの力が魔力に由来するものかどうかは分からなかったから、成功するか不安だったけど、上手くいってよかった。


 でも、これで終わりじゃない。

 すぐに次の攻撃!


「小賢しいんだよおおおお!」


 やっぱり、いくら弱っているとはいっても、わたしの弓だけで相手が張る障壁を突破するのは難しいようだ。

 絶蓋の呪符を使うのも一つの手だけど、障壁を張っていない所を狙った方がいい。

 そうするためには、相手の隙を突く必要がある。


 そこまで困難ではないはず。

 だって相手は、


「全部吹っ飛ばしてやるぁぁ!」


 やたらと攻撃的なうえ、完全に自分の"力"に依存しきった攻め方をしてきているから。

 爆発波が来る! 物陰に身を隠……


「……!」

「くっそ……! 腹が減りすぎて力が出ねえ!」


 す必要はなかった。

 襲ってきたのは爆風どころか、そよ風。

 このまま発射!


「その体型じゃ避けられないでしょ!」

「な……めんなぁ! ……うっ!」


 まず、脚に。

 

「へっ、どこ狙ってんだよ。こんなとこに刺してもちっとも効かねえし、すぐ……あ、あれ? 抜けねえ」


 "鈍磨の呪符"は、そう簡単には剥がれない。


「て、てめえ、何貼り付けやがった! 答えろ! 答えやがれってんだよクソがぁ!」

「言うわけないでしょ」


 そう、そうやってどんどん焦りなさい。

 呪符で攻撃力を大きく下げてあげたことを、教えてあげるもんですか。


 そして、もう1枚の鈍磨の呪符を貼り付けた矢を、メルドゥアキの弓の誘導機能を活用して、大きな弧を複数描くような軌道を辿らせ、背中に射止める!


「ぐおっ! ま、またかよ! ぬ、抜けねえ! 手が届かねえ!」


 これで相手の攻撃力と冷静な判断力を更に低下させられた。

 でも、短期決戦の方針は変わらない。

 時間をかければかけるほど、こちらが不利になる。

 相手がどんな切り札を隠し持っているか分からない。

 最大の攻撃を、どんどんぶつけなければ。


 今のわたしができる最大の攻撃は……以前シィスさんからもらった、火炎弾。

 これを利用して、一気に仕留めるしかない。

 そのための作戦も、一応考えてある。


 必要なのは、冷静さと、勇気。


「行くわよ!」


 矢をあてがい、距離を詰める。

 自分に才能があるなんて、未だに思えはしないけど、ずっと練習をしてきたからか、"技"とまでは行かなくても、少しは弓を扱えるようになった自負はある。

 魔獣を加工して造られたこの物言わぬメルドゥアキの弓と、対話ができてきたような気がしている。


「真正面からドタドタ近付いてきやがって、バカが!」


 だから、こんなこともできるようになった。

 ――今だ!


「うっ!?」


 メルドゥアキの弓を前に突き出し、意図を伝えると――備え付けられた魔眼から、強烈な光が放たれた。


「め、目があああああ! 目があああああ!」


 いつもは放つ矢を誘導したり、威力を強化させるための照準を刻印する魔眼を、ただ発光させるためだけに用いる。

 以前、ジェリーが試練を受けるためにリレージュへ立ち寄った時、図書館でメルドゥアキの生態などを調べたことがあって、弓に加工されたこの状態でも使えるのではないかと思い、訓練して使えるようになった機能。


 目を抑え、身を屈めた相手の横へと回り込みつつ、次なる意志をメルドゥアキの弓に伝達する。

 ――全力を出して!


 渾身の力を注ぎ込んだ矢を――至近距離から腹部に撃ち放つ!

 その場から吹き飛ばすことはできなかったものの、分厚い脂肪を貫き、肉を抉ることはできた。


 これなら……!

 爆発を待っている火炎弾をそこへ放り込み、すぐに離脱!


 少し離れた時点で、重低音を伴ったあの独特の爆発音が響き、吹き荒ぶ熱風が背中をジリジリと灼く。

 それでも、わたしはまだ振り返らなかった。

 ただ何も考えず避難した訳じゃなく、明確な目的地があったから。


 先程打ち捨てられた、ユーリの大包丁の柄を握り締め、正式に敵を振り返る。


「…………!!」


 身動きを取らず、悲鳴も上げず、敵は巻き上がる猛炎に包まれていた。

 ううん、何もできないのかもしれない。

 赤や橙、黄色の奥に見える形は、更に人からかけ離れていたから。

 あちこちに飛び散った肉片も焼け焦げ、あるいは燃え続けていた。


 でも、まだだ。

 まだ終わりじゃない。


「……わたしに力を貸して、ユーリ!」


 重さや使い勝手なんてどうでもいい。

 危険かどうかなんてこともどうでもいい。

 メルドゥアキの弓を捨て、ユーリの遺志そのものである大包丁を手にして、炎に向かって飛び出していた。


「うわああああああっ!」


 体が、顔が、口が、喉が、勝手に吠えていた。

 火炎弾にも負けないくらい爆発した感情のまま、燃え続ける肉の塊に、無我夢中といっていいくらいに大包丁を振り回す。

 半分折れてしまっているうえ、そもそも剣なんかまともに使ったことがないから、極めて不格好だ。

 狙った所に上手く当てることさえままならない。


 それでも、構わない。

 当たるまで振り回す。


 殺す。

 殺してやる。

 肉片全部を切って、潰して、焼き尽くす。


 髪や服、肌を焦がす熱や、人の焼ける悪臭を確かに認識はしていたけど、どす黒い激情の方が遥かに勝っていた。

 こんな気持ちになったのは、義理の母と兄を手にかけた時以来。


 もう二度と、こんな思いを抱くことはないと思っていたのに。

 

「これも全部、あなたが、ユーリたちを、殺した、せいよ……! 許さない……絶対、許す、もんですか!」


 今のわたしの姿が、彼の言うヒーローに相応しいとは、とても思えない。

 だからと言って、やめようとは全く思わない。


 この人だけは、必ず殺す。

 殺さなきゃ。

 そうしないと……

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