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94話『母を捨てたもの』 その4

「……いてて」


 一体どこまで落ちちまったんだろうか。

 結構長い間落下してたけど、下層か、もしくは地下まで突き抜けちまったか……


 ここは……車庫か? 駐車場か?

 ミヤベナ大監獄の地下迷宮にあった、インスタルトと繋がる転移魔法陣があった場所とも似ている。

 混凝土みたいな材質で作られた、薄暗くて広く無機質な空間。


 違う点といえば……沢山の車が停まっていることぐらいか。

 そんな場合じゃないのは承知しているが、妙な懐かしさを覚えてしまう。

 車種はあっちの世界にあったようなものとはかなり異なっているし、異常なほどきっちりと整列して駐車されていたりと、違和感もあるが。


 それは置いておこう。

 今の内に済ませとかなきゃいけないことが……えっと……

 俺と一緒に落っこちてきてたのは見えてたから、多分この辺にあるはず……


「……お、あったあった。良かった」


 瓦礫や砕片に混じって、大包丁が車の上に無造作に転がっていたのを確認して、ホッとする。

 ……よし、折れてない。

 全体的に少しばかり傷んじまってるが、使うのに支障はないはずだ。

 個人的な思い入れを抜きにしても、こいつは絶対に必要だ。


 まだ戦いは……終わってねえ。

 こんなもんで相手が死ぬ訳がない。


 しかし、敵の気配はどこにもしない。

 性格上、隠れて隙を窺っているとは思えないが……


 見上げてみると、吹き抜けのようになった攻撃の傷痕がずっと上の方まで刻み込まれていた。

 ったくあのババアめ、恐ろしいことしやがって。

 塔が完全に破壊されずに済んだのは、俺の使った"封印"が多少なりとも貢献したはずだと信じたい。


 ああ、ピンピンしてることについては今更説明するまでもないよな。

 流石に少なからず負傷してしまったが、最低限、瀕死になってもグリーンライトを使えさえすればどうとでもなる。

 つくづくありがたい力だ。


 それにしても腹が減った。

 お陰様で強大な力を行使できているのは事実だけど、きついものはきつい。

 最後にメシ食ったの、いつだったっけ。

 タルテの……


 あ、そうだ! あいつ、大丈夫だよな!?


 ――タルテ! タルテ!

 ――ユーリ! よかった、無事だったのね!


「良かった……」


 声に出さずにはいられなかった。


 ――さっきまた凄い振動があったけど……

 ――ああ、クソババアのせいでかなり下まで落っこちちまったけど、ピンピンしてるぜ。お前は怪我とかしてねえか?

 ――ええ、わたしの方は大丈夫よ。


 声の感じからして、本当に大丈夫そうだ。


 ――でも、ごめんなさい。まだジェリーを見つけられてないの。

 ――そっか。引き続き頼むわ。安全第一でな。

 ――ユーリの方も、気を付けて……


 タルテは大丈夫だった。

 ジェリーは……まだ繋がらないか。


「……ん?」


 違和感。

 頭のてっぺんがムズムズしたのでもう一度見上げてみると、遥か上空から、星々を思わせる輝きが次々生まれ――流星群のようにこっちに降り注いできやがった!

 来やがったか!


「なめんじゃねえ! 今更こんなチンケな技で俺を殺れるかよ!」


 車を、硬い床を貫かせても、この俺の障壁までは貫かせねえ。


「こんなので殺せるなんて思ってねえよ」


 最後の流星と時を同じくして、低い女の声が降り注ぎ、醜い肉塊がゆっくりと降下してくる。


「てめえは直接痛い目見せねえと、こっちの気が済まねえんだよおおお!」


 そして浮遊したまま、両腕を大きく広げると、周囲に停まっていた無人の車が、瓦礫が、次々とひとりでに浮き上がっていく。

 なるほど、念動力的なもんか!


「ホラホラホラホラァ!」


 四方八方から、狂気の乗せられた大小無数の凶器が襲いかかってくる。


 ……なめてんのか。

 さっきの光の雨の方が、よっぽど厄介で強力だったじゃねえか。

 こんなもんホワイトフィールドで全部防御可能だ。


「どうしたよ悠里! 動きが取れねえだろ!? ホラホラァ!」


 と考えたい所だが、足止めの他にも何か別の狙いがあるに違いない。

 それと、あの念動力を俺に直接使ってこないのも気になる。

 あれで拘束してくりゃ手っ取り早いはずなのに。

 生物には使えない限定条件があるんだろうか。


 まあ、どっちでもいい。

 相手が企みのための布石を敷いている間に、こっちはさっさと詰みにかかるまでだ!


 この……大包丁とブラックゲートを組み合わせた技で!


「……ぐぅっ!?」


 ……成功。

 もう一撃。


「ぐぉっ、また……何なんだ、一体!?」


 戸惑ってるな。

 ざまあみやがれ。


 どうだ。

 この、大包丁の刃や、斬撃だけを転移させて攻撃する技は!


「……ああああ! うざってえ! てめえ悠里、私に何しやがった!」


 教えるかよ。

 傷こそすぐ再生しちまうだろうが、気になってしょうがねえだろ。

 念動力の弱体化にそれが現れてるぜ。


 よし、ここで一気に畳み掛ける!

 ホワイトフィールドを解除し、ある程度まで距離を詰め、


「このクソガキイイイイイ!」


 今度は大包丁にレッドブルームを乗せ、


「うおおおおりゃあああッ!!」


 ひたすら切り刻み、焼き捨てまくる!


「う、ぎ、ぐ、げ……いぃぃぃぃっ!?」


 緩めるな。

 絶対に攻撃の手を緩めるな。

 ここでカタをつけるんだ。


「や……やめて、悠、里……! 助、けて……!」


 聞く耳を持つな。


「もう、二度、と、あなたたちの、邪、魔をし、ない、し、目の前、に、も現、れない、から」

「うるせえッ! 勝手なこと抜かすんじゃねえッ! あんた、どれだけの食い物を奪ってきた!? どれだけ多くの人を殺してきた!?

 それだけじゃねえ! あんたは……俺の家族を……親父を、妹を、弟を、母ちゃんまでも奪ったんだぞ!」

「お、母、さんは、私、よ」

「黙れっつってんだろうが! 返せ、返せよ! 俺の……俺の家族を、仲間を! それができねえなら……死ねッ!」

「ああそう、だったら諦めるよ」

「……!?」


 ……な、何だと……!?

 体が……急に……動かなくなった!?


 同情心が働いたとか、やっぱり母親は殺せないとか、そんな話じゃない。

 これは確実に……外部からの強制力だ!


「ど、どうなって、やがる……!」


 まずい、さっさと振り解かねえと、せっかくここまで追い込んだのに、また再生されちまう。

 ああ、くそっ……もうそこまで……


「悠里、私が車や瓦礫を飛ばしてた時、あんたこう勝手に思ってたでしょ? "生物にはこの力が使えないだろう"、"キレて攻撃してると見せかけて、足止めさせて、なおかつ別の狙いがあるに違いない"って!

 ひゃーっははは! まんまと引っかかってやんの! バーカバーカバーカ!」

「ぐっ……」

「くくく、ひひひひ……やっぱあんたは私の子だよ。こうもハマってくれるとはねえ。

 別にあんたが私の言うことを聞くかなんて、もっと言うと、どこまでその足りない脳みそで読んでたかなんてどうでも良かったんだよ! こっちが、掴んだら絶対に振り解けないくらいの"見えない力"を溜める時間さえ稼げりゃあなあ!」


 しまった、完全に読み違えた……!


「ね、言ったでしょ? 私、あんたのお母さんだって! くひゃははははは! ウケる! マジウケる!」

「クソッタレがぁぁぁッ!」


 言葉通り、腸が煮えくり返りそうだが、ここは離脱を最優先して立て直すべきだ。

 最悪、このまま拘束力を強化されて握り潰されでもしたら全てが終わっちまう。


 ここはブラックゲートで一時離脱だ。

 距離を取れば、力の効力が及ばなくなって拘束が解けるかもしれない……


「それも、予想済み」

「え?」


 瞬間移動した先に待ち受けていたのは、巨大なトラックだった。


「視線で、バレバレ」


 母親の力を帯びて、凄まじい速度でこちらへ走ってくる。

 視界一杯に広がるトラック。


 これは……もう避けられない。

 静かに不可能を悟ったのと同時に、全身へ、特に頭部へ、今まで食らったことのないほど強烈な衝撃が駆け抜ける。


「あーっははははっは! バーカ! ざまあみろ!」


 全身がバラバラになったのでは、と思うくらいの痛みはほんの一瞬で、すぐさま全ての感覚が消失する。

 力が入らない。

 硬い壁に叩き付けられたはずなのに、何も感じない。

 縛られる感覚も消えた。


 ……終わった。

 考えたくなかった結果を、本能が勝手に導き出す。


 もう、体が全く動かない。

 餓狼の力も、何もかも使えない。

 グチャグチャになるくらい頭を打ったってのに、思考ばかりが先走り、意識が少しずつ薄らいでいく。


 ひとつだけ、感覚が蘇る。


 懐かしい感覚。

 かつて一度味わった感覚。


 死。

 自己の終わり。


 まさか……こんなにあっさり、死んじまうなんて……

 トラックに轢かれて死ぬとか……そんなの、アリかよ。


 既に体験していることだからか、恐怖は薄い。

 だけど、未練が……申し訳なさが……強く残っている。


 ごめん……タルテ。

 肝心な所で……約束……守れなかった……


 お前のメシ……もっと食いたかったな……


 俺は……もう……

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