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94話『母を捨てたもの』 その2

「な……っ!」

「シィスさんと、アニン……!?」

「どっちも抵抗しやがってうざったかったけど、てめえら如きに私を殺せる訳ねえだろっての。頭を潰した程度じゃこっちは死なねえんだよ。

 ……ああ、そういえばこの建物の出入り口で誰か倒れてたっけ。とっくに凍死してるだろうからシカトしたけど」

「ミスティラ……!? うそ……わたしたち以外、みんな……!」


 ソルティは? という疑問はあったが、すぐに吹き飛んでしまった。

 みんながやられた、という情報に関しても、認識こそしていたものの、タルテのように深々と受け止められずにいた。

 あいつらのことがどうでも良くなった訳じゃなく、それ以上に、戦闘力を落とすような理性や情緒が凄い勢いで鈍っていったからだ。

 なるべくなら戦いたくなかった、という思いが、憎しみに塗り潰されていく。


 本音を言えば、戦いどころか、なるべく憎みたくもないと、心の深い部分でずっと考えていた。

 あんなでも……あんなことをされても……俺の母親だから。


 だけど、もう限界だ。

 こっちの世界の家族だけでなく、生死や苦楽をずっと共にしてきた仲間をやられて、黙ってなんかいられない。


 俺が得た大切なものを奪ったこの人を、許す訳にはいかない。

 これ以上、この人を野放しにしておく訳にはいかない。

 説得を試みてはいけない。

 さもないと……タルテまで失いかねない。


「おーおー、キレちゃう? やる気?」

「うるせえ。これ以上ここで時間食ってる暇はねえんだよ」

「そう言わないでよ悠里ちゃん。まだあともう1つ、いいことを教えてあげたいんだからさぁ」


 背中の大包丁に手をかけた時、母親が顔を歪めてそんなことを言った。


「興味ねえよ。消えろ。さもねえと」

「まあまあ。"餓死に至る病"だっけか、あのうぜえ病気。さっき緑髪のガキをブッ殺した後、ちょっと機械をいじくってたら、発生した本当の原因が分かったんだよ」


 餓死に至る病の原因、だと?


「見たこともないヘンテコな字だったんだけど、今の私の"能力"を利用すれば読めるようになったんだよねぇ。ま、それはいいや。

 ねえ悠里、世界中で病気が湧いた原因、何だと思う? ねえ、何だと思う?」

「分かる訳ねえだろ。分かってたらもっと早く解決してるっての」


 相手が醜悪極まりない笑みを見せた瞬間、この先を聞くべきではないと直感した。

 しかし、もう手遅れだった。

 相手の、フランクフルトのように太くなった人差し指が、こちらを……俺を指してきた。


「原因は、お前だよ」

「……は?」


 最初、何を言っているのか、全く理解できなかった。


「俺が……?」

「そうだよ悠里。お前が、餓死に至る病を引き起こした感染源なんだよ」

「……な、なん……だと?」


 そんな……馬鹿な。

 俺、何かしてたのか?

 全く覚えがない。

 それどころか、俺は、餓死どころか、むしろそういった人達を救うために……


「機械から出てきた情報にはこう書いてあったんだよね。全世界の人口が一定数以上まで増えると、インスタルトにあるシステムが起動して、餓死に至る病を空から世界中にバラ撒いて、間引きを行うようになってるんだってさ!

 マジウケんだけど! お前、これまでメシ食わせたり、人助けしてたんでしょ? しかもそれを他人に広めてたんでしょ? それで人を死なせずに増やして病気流行らせて、結局数減らしてりゃ世話ねえっての!

 ギャハハハハ! あとあのローカリ教だか何だかっつう変な宗教もそうか! どいつもこいつもダセー奴らばっかだな! ひひひ、ひーっひひ、腹いてぇ! アホしかいねえのかよこっちの世界には!」


 ……そんな。

 本当に俺が、餓死に至る病を引き起こした元凶だってのか?


「……嘘、だろ。いや、嘘だ。そんな訳ない」

「疑うんなら見に行ってみろよ。こんな面白いことで私が嘘つく訳ねえだろ、くくくく」

「あ、あれ?」


 おかしい。

 目が回る。

 景色が回る。

 力が抜けて、立っていられない。


「あれあれぇ、どうちたんでちゅかぁ? 坊やはお疲れかちらぁ? ママが連れて行ってあげまちょうかぁ?」


 考えがうまくまとまらない。

 頭が働かない。


 待てよ、こんなことしてる場合じゃねえだろ。

 俺は、勝って、皆を救うんだ。

 助けるんだ。

 だってヒーローだから。

 絶対正義だから。


 絶対正義?

 絶対正義って、人を餓えから救うことだろ?


 なのに何で餓えさせてる?

 俺が助けたから?

 助けると、餓えるのか?


「俺の、せい、なのか?」

「そうよ悠里、あなたのせいで、世界中の生物がみんな苦しんで、争いを起こして、餓死してしまったの。どうやって償うつもり? 責任取って自殺するくらいじゃあどうにもならないわよねぇ?」

「う、わ、ああ」

「ユーリのせいじゃないっ!」


 ……タルテ?


「あ? なんだてめえ、何勝手に話に割り込んでんの?」


 あ……手が、柔らかくて、あったかい。


「落ち着いて。冷静に、客観的に考えれば、あの人の言っていることは全くの詭弁だって分かるはずよ。インスタルトのことを全く知らなかったあなたが、どうして責任を負わないといけないの? 責任を取るべきは、こんなバカげている物を作ったインスタルト側の方なのよ」

「え? でも、俺」

「実のお母様からの言葉だから、過剰に解釈してしまっているだけなの。……そうしてしまう気持ちは、わたしにも分かるわ。わたしも、そうだったから。

 だからこそ、あなたに言える。今度はわたしが、あなたを受け止める番。あなたの全てを肯定する番」


 冷たい両頬が、タルテの手に温められる。

 彼女のきつい目つきが、今は凄く柔らかく見える。

 何か……心が軽くなっていくような……


「だから何勝手に……ぐっ、またか、また頭痛が……うるせえ、黙ってろ!」

「あなたは何一つ間違ってなんかいないわ。あなたはこれまで立派に、絶対正義を貫いてきたのよ。誰になんと言われようと、これまでのあなたの生き方全てに自信を持っていいのよ。誇りを持っていいのよ。

 仮に世界の人たちがあなたを否定しても、ミスティラやアニン、シィスさん、ジェリー……他の親しいみんなも……それと、わたしだけは、何があっても絶対に肯定し続けるわ」

「タルテ……」


 お前は……そこまで俺を認めて、受け容れて、甘えさせて……


「だから……立ちなさい、ユーリ=ウォーニー!」

「……っ!」


 頬に、熱い衝撃が走る。


「いってぇ……」


 こいつ、本気で打ちやがったな。

 ……でも、お陰で全部吹っ飛んでいった。

 迷いも、弱さも、甘さも。


「お前の平手打ちを食らったのっていつぶりだったっけか。奥歯が取れそうだ」

「ご、ごめんなさい」

「冗談だよ、真面目ちゃんめ。……気合、入ったぜ。ありがとな」


 本当にお前は、いつも俺に一番必要なものを与えてくれるよな。

 やっぱりお前は俺にとって一番の理解者だ。

 お前と出会えて……好きになって、よかった。


「もう大丈夫だ。そうだよな。ここで身動き取れなくなっちまってたら、アル達にも申し訳が立たねえしな」

「ちっ、余計なことを」

「おい、あんたに何を言われようが、俺はもう迷わねえからな。やることも決まってる。餓死に至る病が二度と発生しないようにした後、また人を餓えから助ける。困ってる人に食わせてやる。それだけだ。後は人生かけてやり続けるだけだ!」


 そうだ、例え実の母親に何を言われようと、縛られるな。

 囚われるな。

 惑うな。

 いい加減自立しろ!

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