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15話『ヤマモ、人を喰う鬼』 その2

「ごめんな。静かに話すから、気にしないで寝ててくれよ」

「ううん、ボクもお兄ちゃんのお話、聞いてみたいな」


 ちらりとヤマモ(夫)に視線を送ってみるが、どうにも反応がよく分からない。

 表情を作るという概念が存在しないんだろうか。

 だとしたらせめて言葉で伝えてもらいたいんだが。


「ああ、いいぜ。面白くないかもしれないけどな」


 事と次第によっては、この場で一対三だ。

 だったら聞いておいてもらった方がいい。


 その前に、今いる空間を改めて把握しておこう。

 さほど広くはなく、高さはヤマモが膝を曲げず立てる程度、幅はヤマモ三体分といったところだ。

 入口からの奥行きは、だいたい5メーンぐらいか。

 焚火による灯りが届くぐらいだ。

 寝床以外に家具の類はなく、パッと見た所、隠し通路や武器もない。

 また一方の壁には、薪や木の実などが積まれて置かれていた。


「それで、私に話というのは?」


 ヤマモ(夫)が切り出してきたので、俺はそれ以上の観察をやめた。


「まず、あんたたちのことを知りたいんだ……ってその前に自己紹介がまだだったよな。俺はユーリ=ウォーニーだ。あんたの名前は?」


 尋ねると、相手はわずかに首を傾げた。

 表情が全く変わってないが、きょとんとしてるんだろう。


「ヤマモって、種族の名前じゃないのか。家族がいるってことは、ちゃんと固有の名前があるはずだろ? 教えてくれよ」

「……アルと申します。妻はアン、息子はサガです」

「アルにアンにサガか。普通な名前なんだな。……アルたちは、本当に人間を食うのか?」

「はい、ご存知の通りです。我々は先祖代々この山に棲む、あなた方人間を食糧とする、食人鬼です」


 淡々と、濁った目でまっすぐに俺を見ながら、アルは肯定した。


「村の人から聞かなかったのですか?」

「いや、聞いたけど、自分の耳で確かめたかったんだ」

「最終的に私たちを殺す覚悟を固めるためでしょうか」


 ……嫌な所に容赦なく切り込んでくるな。


「……そうだな。否定はしねえ」

「正直ですね」

「正直ついでに言うわ。もし俺がここでいきなり斬りかかったらどうするよ」

「戦います。私にも守るものがありますし、むざむざ死ぬ訳にも行きません」

「だよな」

「やけに素直に聞き入れて下さるのですね」

「そんな驚くことでもねえだろ。他にあんたたちの仲間はいないのか?」

「私たちだけです。他の血筋は全て断絶しましたし、他種の仲間もいません」

「理由は?」

「様々です。ある者は病に倒れ、ある者は餓死を選びました」

「餓死……?」

「信じてもらえないかもしれませんが、私たちとて快楽や美食を求めて人を食している訳ではありません。可能ならば共存を図っていきたい。獣肉や魚で代替できないか試しましたが、どうしても体が受け付けませんでした。人でなければ駄目なのです。

 故に先祖はコラクの村と契約を交わしました。一定の期間ごとに、村人は我々に人を一人差し出し、代わりに我々は村人へ獣肉や木の実などの食糧を差し出す、と」


 マジかよ。

 そんな話、一言も聞いてないぞ。

 じゃあ、あそこにある木の実は交換用ってことか?


「初めて知った、といった顔ですね。我々なりに最大限の努力と注意は払っているつもりですよ。食する量は命を繋ぐための最低限に留めておりますし、なるべく人間側の苦痛を避けるようにもしています。……方法を聞きますか? 人間が聞くと不愉快に感じるだけかもしれませんが」

「……教えてくれ」


 見極めるためには、知っとかないといけないだろう。


「……我々ヤマモ族は生物を眠らせる息を吐くことができるのですが、まずはそれを用いて深い眠りについてもらいます。そしてその後、首を切断して命を絶った後、糧となって頂くのです」

「生でか?」

「はい。骨も、毛も、全てを残さずに。それがせめてもの敬意であり、弔いだと思っています。……意外と驚かれないのですね」


 そんなことはない。

 食い方についてではないが、かなり驚いている。


 目の前の相手が言っていることは、十中八九本当だ。

 はっきりした根拠がある訳じゃないが、少なくともアルは誠実に全てを語っている。

 表情が読み取れなくても、雰囲気で伝わってくるんだ。


 むしろ誠実さを欠いているのはコラクの村長さんの方ではないのかとさえ思えてくる。

 今となっては、意図的に情報を隠していたようにしか感じられない。

 そういえば出発前、アニンが村長さんに質問していたが、あいつはもう気付いていたのか?


「大丈夫ですか?」

「ああ、平気だ。悪い。契約を守らなかったら、村人を全員殺して食うってのは本当か?」

「少なくとも嘘ではありません。確かにそのような取り決めはしました。考えたのは私の父ですが」

「仮にこのまま 村の人達を全員殺して食った後はどうするんだ。新しい村や町を探しに行くのか」

「それは決してありません。我々はこの山に留まらなければならない掟がありますから」

「掟?」

「コラクの村ができるよりも昔に交わされた、古い盟約です。いや、ある種の呪いと言っていいかもしれませんが、今はその話はいいでしょう。……さて、ユーリさん。今度は私から質問させて下さい。ここまで話をしてみて、どう思われましたか?」


 更に一段階落とされたアルの声と共に、濁った黄色の目が俺に回答を迫ってきた。

 奥にいる妻と子、アンとサガの方に目をやる。

 相変わらず表情は読み取れないが、アルと同じ顔で、じっとこちらに視線を注いできていた。


「悩んでいらっしゃいますか?」

「お兄ちゃん、ボクたちを殺すの?」


 更に、二人して言葉を浴びせてくる。

 黙っててくれ、なんて言えるはずない。


「見た所、あなたは相当強そうだ。その気になれば容易く私たちを殺せるでしょう。何より今の私たちは飢餓状態でほとんど力が出せませんから」


 胸の違和感は、もう違和感なんて生易しいものじゃなくなっていた。

 病のように動悸を伴って、体全体を小刻みに揺さぶってくる。

 アルやアンやサガよりも、何より俺自身の内側が、答えを迫っていた。


 戦って殺すのか、もっと話し合うのか、逃げて問題を放っておくのか。

 いや、正確には三択ではなく二択だ。

 今の俺では、話し合いで何とかできる自信がない。


 アルたちは充分なくらい人間側に気を遣い、譲歩している。

 飢える気持ちは俺にもよく分かる。

 遥か昔のことのような記憶だが、あの想像を絶する苦しみばかりは未だ薄れず残っている。

 我慢しろ、なんて言える訳がない。

 だからといってコラクの人間を説得したり、譲歩を要求しても届かないだろう。


 ……偽るなよ。

 もう既に大方の答えは出ているだろう。

 最初の時点で気付いてたはずだ。


 前金をもらって依頼を引き受けた以上、事情はどうあれ、人食い鬼・ヤマモを仕留めるのが筋だ。

 要は踏ん切りがつけられないってだけの話だ。


「あなたがどうしようと、恨みはしませんよ。ですが先程も申し上げましたように、戦うのであれば私たちも最大限の抵抗は致します」


 そうは言うが、俺は、本気で戦えるのか?

 アルたちを、病気で弱っているサガを、きっちり殺すことができるのか?


 前の世界にいたヒーローみたいに、頭をちぎって食わせてやれる存在だったら良かったのに。

 餓狼の力って言っても、飢餓を直接救えはしない。

 自分の非力が悔やまれる。


 ……と、不意にアルとアンが、尖った鼻を鳴らしながら空気を吸い込む動作をし始めた。


「どうしたんだ」


 俺も自分の嗅覚に意識を向けてみるが、何も異臭はしない。


「"火"の臭いがします」


 俺の後方の空間に目を向けながら、アルが言った。


「火?」


 焚火とは違うのか、と聞こうとした時、カランという固い音がした。


 振り返ると、握り拳二つ分ほどの石みたいな物体が転がっていた。

 あれは……! 見覚えがある!


「サガの所に集まれッ!」


 アルとアンに叫んだすぐ後。

 物体から白い閃光が放たれ――火炎が爆発的に膨張しながら洞穴を埋め尽くして迫ってきた。

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