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93話『愛に殉じるものたち』 その3

 まずいな。

 心が少し乱れてしまっている。

 私だけが、この矛盾し縺れ、捩れて絡んだ会話についていけず、異常な空気感から取り残されている。

 この状態のまま戦えば……


「いやー、済まんなアニン。ユー坊だったら小粋な冗談でも飛ばして和ませるのだろうが、俺は真面目で高貴な貴族ゆえ、そのような術を持っておらんのだ」

「ソルテルネ殿」


 彼がこのように砕けた態度で声をかけてきたのを、久しぶりに目の当たりにした気がする。


「だから、立て直すならば、自分の力でやってくれ。それと……邪魔になるようならば、俺はお前さんもろとも敵を斬るぞ」

「……済まぬ」


 詫びたのは、申し訳なさからではない。

 やはり何だかんだ、ソルテルネ殿は思いやりがある。

 お陰ですぐに、心の整理整頓を終えられた。


「答えは、これから我が剣で示す」

「感心だ」


 抜剣した私に続くように、ソルテルネ殿は剣を腰に収め、右手を上に掲げた。

 また"四方ノ虚装"で武器を生成するのだろうか……


「では俺も、こいつで答えを示すとしよう」

「それは……」


 その予想はまるで見当違いだったと、すぐに思い知らされる。

 掌の上の空間が暗色を帯び、電光を迸らせながら歪み――不気味な材質で出来た剣が姿を現した。


「あら、素敵な魔具。確か……呪う剣・イルスだったかしら?」

「御名答。お前の美的感覚に適うモノを用意してきた」

「やっぱりソルテルネは、あたしのこと、よく理解してくれてるわ」


 私は見たことも聞いたこともない魔具だった。

 刃がついているようには見えない、皮膚を剥がした剥き出しの筋肉を思わせるそれの柄を、ソルテルネ殿は躊躇いなく握り締め、


「ならば、あの時より俺が途切れず抱き続けている無念さ、お前への憎悪も、とことん理解させてやる」


 切っ先を突きつけた。


「やっだ~、そんなのわっかんな~い、わかりたくな~い」

「ならばそれでも構わぬさ。体に覚え込ませてやるまでだ!」

「アニン=ドルフ、参る!」

「あらん、もう始めちゃう? ……いいわよ、とことんまで愉しみましょう! 愛してるわ!」


 私の方も、心気練り上がり、肉体もそれに沿っている。

 後は戦い、斬り、勝利を掴み取るのみ!








「……これじゃあ、あまり愉しめそうにないわね」

「……!」


 何と……いうことだ。

 まだ2、3度交錯しただけだというのに、早くも……力の差を、思い知らされてしまった。


 私もソルテルネ殿も、ミヤベナ大監獄で戦った時よりも、腕を上げた自負はある。

 だというのに、まるで通用していない。

 2人がかりで振るう剣もまるで当たらず、


「受けばかりのマグロも嫌だから、ちょっと手を出しちゃうわよ」

「ぐ……っ!」

「……ぬうっ!」


 まるで本気ではない拳や蹴りでも完全に回避しきれず、防御の上から凄まじい衝撃がやってきて、無傷ではいられず、骨肉が悲鳴を上げる。


「そう言わず、女らしく淑やかにしていたらどうだ。……一つ、頑強の象徴、二つ、安定の象徴、三つ、繁栄の象徴、四つ、争乱の象徴、五つ、不朽の象徴、集う先にて全てを知れ、"貫く五柱"!」


 貫く五柱……地系統における中の上級魔法。

 本来は大地の力を借りるべき所を、七色水晶を利用して石の柱をぶつけた辺り、やはりソルテルネ殿の魔法技術は懸絶しているが、


「ダメダメん、今のあたしは火照ってるのぉ。もっと硬いのが欲しいのぉ」


 スールはそれさえも無効化してしまった。

 四肢と腹部で全てを受け止め、粉々に打ち砕いてしまった。


「疑問、醜さ、林檎、短剣、卵、凡そ結び付かぬ5つの頭、繋いで下すも努々惑わされるな、以下は只の"偽りの蠕動"……!」

「だからダメだってばぁん。言葉責めもいやぁん」


 今度は魔法発動直後、床を拳で砕き、局地地震を力づくで止めてしまった。


 ……強すぎる!

 悪魔の肉をその身に宿すことで、ここまでの力を得るとは……

 完全に……遊ばれている。

 あの時よりも、大きく差が開いてしまっている。


「ちょっとちょっと、まさか本当にこんなものじゃあないでしょうね? せっかくインスタルトの中央塔の最上階なんていうおあつらえ向きの舞台にまで足を踏み入れて! ここまでお友達を盾にして! 全世界の命運を背負って! そんな初心な坊やでもやらないようなみっともない様を晒していいの!?」

「黙れッ!」


 気合いの一閃さえも、虚しく空を切るばかり。


「……はぁ~~っ」


 スールは大げさにため息をつき、肩を竦める仕草をして、


「棒立ちしててあげるから、全力でブチかましてきなさいな」


 そんなことを言い放ってきた。


 屈辱、とは私もソルテルネ殿も考えなかった。

 これは、好機!


「イルスの血よ、滲み、滴り、痛苦を伝染せしめよ!」

「ササ流剣技、雷神光!」


 黒々とした血液にも似た液体を刀身に滲ませたソルテルネ殿の呪いの剣が、スールの人間の部分を、研ぎ澄ませた剣気を込めた私の愛剣が、スールの悪魔の部分をそれぞれ袈裟懸けに切り裂いた。


 深々と切り抜けた斬撃が、敵を4つの部品に分解する。

 人間ならば即死、悪魔と言えど浅くはない傷のはず。


 しかし油断してはならぬ。

 このまま追撃を……と気を込めた剣を構えた時、もうスールの肉体は互いに赤や青の管を伸ばし合い、硬さと柔さを同時に孕んだ音を立て、元に戻ってしまっていた。

 人の部分さえも、悪魔の部分が管を伸ばし、強制的な癒着を行っていた。


「普通にやったら当たらない、当てさせてあげてもこの体たらく……」


 何事も無く立ち上がったスールが、心底うんざりしたような顔を作り、


「正直、ガッカリよ。もうちょっと強くなってると思ったのに。それにイルスの"呪われた血"もこの程度なのね。これじゃあ愉しく気持ちよく愛し合えないじゃない」


 先程の魔法により転がっていた水晶を力任せに投げ飛ばし、壁に風穴を開けた。


「あーあ、欲求不満。ユーリちゃんと遊んで来ようかしら。ついでに連れの女の子たちも目の前でブチ殺したら、少しはゾクゾク来ちゃうかも」

「そうはさせぬ!」

「はいはい」


 "暴獅子"――体当たりに近い剣撃を叩き込み、相手を吹き飛ばすはずの技なのに、逆に私の方が吹き飛ばされてしまった。


 この時、改めて理解した。

 今回のスール=ストレングは、ミヤベナ大監獄の時とは違って、一切の油断が無い。

 これでは前回のように、"革命の怒鎚"による奇襲も通用せぬだろう。

 ソルテルネ殿も既にそれを理解しているようで、一撃必殺で仕掛ける気配を見せなかった。


「やっぱりダメダメじゃないの。……でも、これでよく分かったでしょ? "愛の悪魔"の素晴らしさが。圧倒的な力強さ、生命力だけじゃあないわ。この間も演説した通り、餓えをはじめとした様々なものからも解放されるのよ!

 ねえ、全世界の皆も改めて聞いて!? "愛の悪魔"サイコー! 皆も私の愛を受け入れて! イエー!

 欲しいでしょ? 全世界の皆も早く享受したいでしょ!? 餓死に至る病にかかる心配がなくなったとは言っても、貧しい人たちや弱い人たちはいつまた餓えるとも知れない身だものね。

 安心して、もうすぐにでも恵みの雨を降らせてあげる! 空を見上げて、お口を開けて待っててちょうだい! 素晴らしい、安息に満ちた輝ける時代はもうすぐそこよ!」


「……何が、素晴らしいものか」

「あら?」

「貴様の言う時代など、輝きには程遠い。そこにあるのは……只の地獄だ! ユーリ殿の掲げる絶対正義の方が、圧倒的に……」

「ユーリちゃん? ああ、そういえばあの子、人に食べ物を分けてたりしてたんだっけ。素敵な信念だとは思うけど、正直、非効率じゃない? あたしのやり方の方が、断然上手くいくわよ。

 ……それにね、"真実"を知ったら、きっとユーリちゃん、落ち込んじゃうと思うわ」

「真実、だと」

「……ま、それは今は関係ないし、いいじゃない! とにかく、ユーリちゃんよりあたしの方がずっと上手くやれて、愛に満ちているってことが言いたいの」

「……そうかも、知れないな」


 更なる反論をしようとした時、言葉を差し挟んだのは、ソルテルネ殿だった。

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