93話『愛に殉じるものたち』 その2
「これは……」
光の中から現れたものは、見覚えがあって見覚えのないもの。
異形へと変貌させられた、元・人間だったもの。
不自然に折れ曲がり、重なり合った2つの胴体、合計7つの手足を持ち、不揃いに伸びた5つの首と頭部をつけた生物。
……いや、これを生物と呼称していいのか?
確かに生きているようには見える。
それぞれの頭が、恨み言ともつかぬ、苦痛の呻きともつかぬ声を上げ続けてはいる。
しかし、声が最早人の体を成していないほど雑音混じりになっているなど、不自然な点が山ほどある。
そもそもの話、スールよりも不格好に鉄と肉が入り混じっているこの様態を、生きていると見なして良いのだろうか。
「ねえソルテルネ、アニンちゃん。懐かしくない? ミヤベナ大監獄の元大臣たちよ。何かに使えないかと思って、ブチ殺した後に一応肉を回収しておいたんだけど、正解だったわね。練習台にはなったわ。
"それ"の課題は色々あったんだけど、まずは大きさね。大きさを人間らしく留めたまま5人分を圧縮するの、苦労したのよね~。あ、正確には1人見つからなかったから4人分だけど。
第2に意識したのは、命を呼び戻せるかどうか。すぐに分かると思うけど、これは結構重要な所よ。試しに"悪魔の頭脳"を移植してみたんだけど、やっぱり難しいわね。
ああ、悪魔の頭脳って人間と違って板チョコの欠片みたいなものなんだけど、どうも肉との相性が良くないのよ。他には……」
「黙れ」
「あらぁ?」
「このようなものを見せられた所で、今更何の感慨も湧かぬな。ゆえに、これ以上の御解説は結構」
剣から気を飛ばすだけで、大臣もどきの体は容易に切断できた。
頭をよぎった母の無残な姿は、すぐに振り切れた。
もう……惑わされ、立ち止まりなどせぬ。
続けてもう数回、斬撃を飛ばすと、大臣もどきは小爆発を起こし、四散していった。
「相棒も俺と同意見のようだ。それに、天才の作品にしては随分と不出来だな」
更にソルテルネ殿にまでも酷評されると、スールの表情が固まった。
……が、気分を害したといった様子は見られない。
「それはそうよ」
むしろ納得したかのように、静かに呟いた。
「1つの完成品の裏には無数の失敗作がある、それは天才も凡人も変わらないわ。……じゃあ次。今度は自信作、完成品と断言できる芸術品よ。いらっしゃい!」
スールが再び指を鳴らすと、同じく光の楕円が発現した……
が、今度現れたものは、つい先程私が切り捨てたものとはまるで違うものだった。
同性の私ですら息を飲むほど美しい容姿をした、私と同じくらいの年頃と思われる女性だった。
花嫁衣裳を思わせる純白の服とも相まって、清楚で、儚げな印象を受ける。
それに、機械の部分が存在しておらず、外見上は本当にただの人間にしか見えない。
どう考えても、このような場には色々な意味でそぐわぬ存在だ。
それと、女性の姿を認識した瞬間、ソルテルネ殿の表情が固まったのを、私は見逃さなかった。
「……レサンヌ」
「レサンヌ?」
聞き覚えがある名だ。
確か……
「そうよソルテルネ。あなたが世界で最も愛した、いいえ、今も愛し続けている女性よ。そしてあたしにとっては、世界で2番目に好きで、世界で1番大嫌いな女。
だからメチャクチャに犯しまくった後、じっくり時間をかけてブチ殺してあげたのよねぇ。あの時はほんと、愉しかったわぁ」
敢えて詳細を語らないのは、私には内容を想像させ、ソルテルネ殿には回想させる余地を与えるためだろう。
その目論見は、少なくとも私にとっては成功してしまっている。
……嘔吐感を催すほどの感情の揺らぎが、憎悪が、段々と激しくなっていく。
2人に対する同情というより、我が母が受けた仕打ちを投影してしまって。
「……!」
婚約者が、ソルテルネ殿の方を見て微笑んだ。
人間らしい、極めて自然な表情だ。
本当に、蘇ったのか?
栗色の髪も、透き通るような白い肌も、艶やかで生気に溢れている。
優しげな紫色の瞳にもしかと輝きが宿っており、愛する者の姿を認識しているようだ。
「……ソルティ。久しぶりね」
さらに驚くことに、何と普通に発声しているではないか。
聞く者全てを癒すような、透明で、綺麗な声だった。
「そうだな。だが、俺はお前の姿を一日たりとも頭の中から消したことはないぞ」
ソルテルネ殿の声色や表情からは、何の感情も感じられなかった。
不気味なほど、何の淀みもなかった。
「ソルティ」
一歩一歩ゆっくりと、音を立てない上品な歩き方で、婚約者がソルテルネ殿との距離を詰めてくる。
殺意や敵意は……無い。
攻撃を仕掛けてくる様子も見受けられない。
もっとも、ソルテルネ殿が動かない以上、私も動かないつもりでいた。
かなりの距離まで縮まった所で、婚約者が両腕を広げた。
泣き出すのではないかと思うほど、切なげな顔をして。
「どうしたの? いつものように抱きしめて。……私は、あなたを」
婚約者の言葉と足が、そこで止まった。
正確には、強制的に止められた。
ソルテルネ殿が、一瞬で距離を詰めつつ細身の剣を抜き、一切の躊躇なく斬首していたからだ。
「あら」
スールの声と、胴体がどうと倒れる音、離れた頭部が床を打つ音が重なって響く。
「随分あっさりぶった切っちゃったわねぇ。頑張って作った渾身の一作だったのにぃ。もっとお話したいとか、触れたいとか、抱きしめたいとか、その先もやっちゃいたいとか思わなかったの? せっかく色々しても大丈夫なように頑張ったのにぃ」
「あいつの魂は既にここには無い。そんなあいつに、愛を語らせたくは無い」
文法的には一見破綻しているように聞こえるが、私にはソルテルネ殿の真意がしかと理解できてしまった。
「俺がこいつに与えられるものは、死以外に何も無い!」
「あーあー、ソルテルネらしくなーい! 真面目ちゃんすぎてつまんなーい! もっと情熱的にふざけて愛してくれないとつまんなーい!」
言葉を遮るように、スールが椅子の上で駄々をこね始め、床を強く踏み鳴らす。
それと同時に、倒れ伏した婚約者の胴体が、不自然に振動し始める。
そして……生々しい音を立てて、切断面から新しい頭が生えてきた。
ただしそれは婚約者のものではなく、スール=ストレングのものだった。
首をあり得ない角度に回転させながら、ほとんどの部分が悪魔と同化している顔をこちらに向け、まるで眠りから覚めた時のように立ち上がる。
「くすんくすん……ソルテルネがいけないのよ? ちゃんと情熱的にふざけて愛さないから、レサンヌちゃんが剥がれちゃったのよ? くすん」
一方で、椅子に座ったままのスールの悪魔の部分は涙を流し、人の部分には歪んだ笑みを浮かんでいた。
普通は逆ではないのか。
いや、そういう問題ではない。
どちらも、わざとらしすぎる。
「そっちのあたしとこっちのあたし、どっちが本物でしょう?」
「どちらもお前だろう」
冷たい声で、ソルテルネ殿が答える。
「流石ね。素敵な答えよ。はい、ご褒美」
婚約者だった体が突然膨張し、更に内側から食い破るように裂け、そのまま今度こそ完全に動かなくなった。
「もうこれ以上の前座はいいわね。本番に入りましょうか。愛し合いましょ。3人で、存分に」
ゆらりと、スールが椅子から立ち上がった。