92話『影で動くもの』 その2
部屋の出入口まで移動してから、留め針を抜いた爆発弾を水晶目がけて放り投げ、耳を塞ぎ、屈んで待つ。
しばらくすると、爆発音と爆風が吹き荒びながら、部屋や体がビリビリと振動する。
いつまでたってもこの瞬間は苦手だ。慣れない。
爆発が収まってから、そっと部屋を覗き込んでみる。
水晶はまだ壊れていなかったけど、ヒビが入っていた。
あと一押しといったところか。
気は進まないけど、もう1回、同じ行動を繰り返す。
…………。
水晶はまだまだ壊れていなかったけど、先程よりもヒビが進行していた。
更にもう1回……と行きたい所だけれど、あまり弾の無駄遣いもしたくない。
……さっき入手したこの銃を使ってみるか。
火縄銃や魔銃は扱ったことがあるから、上手く当てることはできると思う。
…………。
よし、命中。
ちゃんと水晶を壊せた。
これで少しはミスティラさんの助けになれればいいのだけれど。
後は早くここを離れて上層へ行ける経路を……
「え?」
床をカチっと踏み鳴らす、嫌な感触。
そしてすぐ、下へと思いっきり引っ張られるように急降下していく感覚。
「うっそおおおおおお!?」
え、ちょ、さっきまでは何も無かったのに!
なんでまた急に落とし穴が!
ついてなさすぎる!
やっぱり私には疫病の悪霊や貧困の精霊が2桁はついてるんだ!
どんどん目的から遠ざかっていく……!
「……あれ?」
何とか体勢を整え、着地した先に広がっていたのは……これまた謎めいた大部屋だった。
私の背丈を余裕で上回る大きさの黒い箱が、少なく見ても数百個、寸分の狂いも無く規則的な配置で並んでいる。
まるで図書館の本棚のように配置されたそれぞれの箱では、赤、青、緑の小さな光がたくさん点滅していて、更にその下には蜂の巣のように穴が開いている。
見た所、灯りがついているのは管の通っている穴と対応した所だけらしい。
それと……先程のミーボルートの部屋ほどではないけど、この部屋も暑く、かなりの騒音がする。
どうやら箱の1つ1つが何らかの仕掛けで動き続け、放熱している結果のようだ。
ここは一体どのような機能・役割を果たす場所なんだろうか。
今回は、ミーボルートが描かれていた板のような、問題を解く手がかりはなさそうだ。
……でも、おおよその答えはもう出ている。
壊した方がいい。
何故なら、インスタルトに到着した直後、スール=ストレングは言っていた。
『餓死に至る病の発生源も、悪魔を次々生み出す装置も、この中央塔で制御しているように操作した』
と。
構造の枠組みだけを見れば、先のミーボルートの部屋とここは似ている部分がある。
つまり、この場所、この箱が何らかの制御を司っている可能性は高い。
よし、敵もいなさそうだし、破壊してしまおう。
まずは出入口が存在しているか、無事に行き来できるかの確認。
……問題無し。安全確保。
続いて、壊すのは出入口に最も近い箱だ。
壊す手段は……慣れと武器温存の意味も兼ねて、さっき手に入れたこの光の剣でやった方がいいか。
でもその前に、一度遠距離で攻撃してみて、大爆発が起こらないか試した方がいい。
……大丈夫そうだ。せいぜい火花が散る程度で、被害は軽微。
中から悪魔など、変なものが出てくる様子もない。
全部壊してしまおう。この光の剣で。
「……ふぅ」
これで半分以上の箱を破壊できただろうか。
『やっだ~、眼鏡ちゃんったらお利口さん!』
「ひうわっ!?」
何の前兆もなく、いきなり変な声が頭の中に響いてきて、心臓が弾け飛びそうなほど驚いてしまった。
この声は……スール=ストレング!
また一方的に話しかけてきたのか!
『よく分かったわね~、その部屋が"餓死に至る病"の全制御を司る場所だって』
「……へっ?」
まさか……本当に、大当たりしちゃってた?
『壊しちゃったものはしょうがないわね。おめでとう、って言っておくわ。これでもう、世界に病をブチ撒くことはできなくなったわ』
……やった! やった! やった!
ついてる! 私ついてる!
宝くじに1回も当たったことないくらい運が悪いのに、私ついてる!
きっと今日のために運を取っておいてあったんだ! ありがとう色んな存在!
『あらいけない! 眼鏡ちゃんにだけ構ってる場合じゃないわ。ソルテルネ達を導いてあげなきゃ。そんじゃ~ね、眼鏡ちゃん』
それきり、声が聞こえなくなり、私も急転直下するが如く我に返った。
今の口ぶりからして、ソルテルネ氏たちはまだ無事で、順調にスールの所へ近付けていることが窺える。
状況は、こちらの方に優勢に動いていると見ていいだろう。
「――これで全ての箱を破壊できましたね」
次は、悪魔の増殖を阻止した方がいいか。
私1人が加わった所で、スール相手では大した戦力にはなれないだろうし、何よりソルテルネ氏やアニンさんの性格上、ミヤベナ大監獄の時のように、自分達だけで決着をつけたがるだろう。
頭の中で目標を再確認した、その時だった。
突然、爆音と共に、部屋の壁の一部が吹き飛んだ。
悪魔が……!?
「……あれ?」
だったらどれほど良かっただろうか。
大きく開いた風穴、その奥から覗く青空と高層建築物の一部を背景に現れたのは……悪魔より最悪な人間だった。
「何だてめえ、こんな所まで来てやがったのか。つーか生きてたのかよ」
ユーリさんの……母親!
全身の血の気が、さっと引いていく。
ついてない! 私やっぱりついてない!
こんな所で、最も遭遇してはならない人間と遭遇してしまうなんて!
やっぱり私にはやっぱり私には疫病の悪霊や貧困の精霊が2桁どこか、3桁はついてるんだ!
「おーおー、メチャクチャに荒らしやがって。高そうなマシンが勿体ねえな。ま、関係ねえけど」
ましん?
私が破壊した箱たちのことだろうか。
「で……てめえがどうしてここにいるんだよ。あのガキは?」
相変わらずの輩みたいな口調。
薄っぺらい殺気。
そして、更に肥大した身体。
変わっていないどころか弱体化しているはずなのに、凄まじい恐怖感が、吹き荒ぶ吹雪のように心身を芯から震え上がらせる……!
「何シカトこいてんだ」
どう答えるべきか。
どうすれば、この場を切り抜けられるか。