92話『影で動くもの』 その1
「……ひょええええええ!」
どうして、こう、私は……ついていないのか!
ハマるはずのない落とし穴に落ちて皆とはぐれるわ、落ちた先では狭い通路いっぱいに広がる鉄球に追い回されるわ……
「うっひょおおおおあっ!」
今度は左右の壁から針が飛んでくるわ!
これ確実に殺りに来てる!
私を殺りに来てる!
でも、これ……実家の道場でやってた訓練を思い出すなぁ。
物心ついた頃にはもう、こういう色んな遊具満載の施設で運動神経を鍛えてたっけ……
全部お父さんの手作りだったんだよなぁ……
……って過去に浸っている場合じゃない!
お父さんお手製の遊具と違ってこっちには悪意がある! 殺意がある!
うっわ、今度は地面から回転鋸が出てきた!
こっち来る! こっち来る! 避けないと足切られちゃう!
…………。
「はあ、はあ……」
随分走り回ってしまったけど、どうにか無事に逃げ切れた。
眼鏡も無事……っと。
とりあえず息を整えて、早く復帰しなければ。
私のすべきことは……友達との合流。
どちらを選ぶかは決まっている。
ユーリさん達の方が早く合流できるだろう。
つまり、上を目指す必要がある。
ここは……どこだろうか。
落とし穴に落ちた地点からここに至るまでの道順は一応覚えているけど、逃げてきた道中、階段や"えれべーたー"は見当たらなかった。
勿論"隠し"になっている可能性はあるけど、それを検証するより、未知の場所を探索した方が手っ取り早いだろう。
それに、ここまで確認できている構造から判断するに、隠しがある可能性は低い。
「……よし」
上への道を探そう。
こっちの、まだ通ってない通路へ……
罠を見破る眼鏡をユーリさん達に渡してしまったから、慎重に……
行きたいのは山々だけど、そんなことをしている余裕はない。
罠を踏みながら進んでいく、ぐらいの勢いでないとダメだ。
それに、私が命を落としたとしても、大勢に影響はない。
単純に戦力だけを考慮した場合、優先して生かすべきは、強大かつ万能な力を持つユーリさんや、対悪魔に絶大な効果を及ぼす魔具を使えるミスティラさんだ。
ゆえに、多少の危険を冒してでも、急いだ方がいい。
……私が死んで、皆は悲しんでくれるかもしれないけれど、それもきっと乗り越えてくれるだろう。
もっとも、簡単に命を投げ捨ててしまうつもりもないけれど。
私にだって、生きたい気持ちや、したいことはある。
そう、友達の皆と……
だから、こんな罠程度で、倒れたりなどはしない。
必ず、生き抜いてみせる。
「……ふう」
無事に罠を抜けながら進めたのは、道場での訓練の日々があったからに違いない。
ありがとう、お父さん、お母さん。
完全に袋小路の迷宮だったらどうしようかと思いかけていたけど、ちゃんと扉を発見できた。
左右に複数、ずらっと並んでるけど、どうしよう。
片っ端から開けて調べてみるか。
最初の部屋は……何これ。墓場? 病室?
部屋中あちこちに、手や足、頭部など、悪魔と思われるものの部位が無造作に積み上げられている。
幸い、みんな死んでいるみたいだけど、いつ蘇ったりするか分かったものじゃないから、関わり合いにならないに越したことはない。そっと出る。
次は……
うえっ、また変なのが……
部屋中びっしりと並んだ、薄い青色の液体が詰まった細長い瓶の中に、生物の胎児や幼生のようなものが入っている。
他にも何かヘンテコな箱や板、管みたいなものもある。
これは……下手に触らない方がいい。
次。
……ここは、武器庫だろうか。
剣や槍といった分かりやすいものは置いてなかったけど、そう判断できたのは、近似した形状の物体が存在していたからだ。
例えばこの金属製の筒なんか、魔力剣に似ている。
大きな違いと言えば、魔石をはめ込む部分に、代わりに出っ張りがあるくらいだ。
飾りではなさそうだ。押すのかな。
「……!?」
押し込んだ瞬間、いきなり光の刃が出現したものだから、思わず筒を取り落としてしまいそうになった。
私は魔法が使えないのに……まさかこれは、魔力を介さず刃を発現させられる武器?
ちょっと試し振りを……
うお、すっげ!
色々なものが野菜のようにザクザク斬れる!
これ持っていこう。
後は……これ、銃?
火縄や火の魔石はついてないし、見たこともない金属で作られてるし、大分小ぶりだけど、形がそっくりだ。
「……すっげ! すっげ!」
溜めや弾込め無しに、しかも反動もなく、引き金を引くだけであの悪魔がやってたみたいな光線を撃てるとかすっげ!
これも持っていく!
ってはしゃいでいる場合ではない。
次の部屋を捜索しないと。
結局、目ぼしいものがあったのはそこぐらいで、あとは何もない空き部屋ばかりだった。
敵や罠に襲われないだけまだいいのだけれど。
そして、一番奥の突き当りにある扉まで辿り着く。
ここだけ扉の形状が違っていて、上部に謎の言語で書かれた文字が書かれている。
……ダメだ、やはり読めない。
ユーリさんがいれば解読してくれたかもしれないのに。
ともあれ、"えれべーたー"かもしれないし、侵入してみる価値はある。
自動で開いた扉に油断せず、慎重に気配を探り、中の様子を窺ってから入る。
残念ながら"えれべーたー"ではなかった。
床面積も高さもある、これまでの部屋とは比較にならないくらい広大な空間だった。
広さの割にはさっぱりした内装だ。
中央に六角柱状の赤い巨大な石が浮遊しており、その下部には緑色の光を放つ管が絡み付き、それらが全方位にわたって床を這い、壁の方へ伸びている。
蔦のような外形をしているが、植物ではないようだ。
……それにしても。
「……暑い」
中央にある水晶から放たれている熱が、室温を上げている原因なのは明らかだった。
まるでこの空間だけ真夏のようだ。
それにしても不思議だ。
他の部屋は"稼働していない"、あるいは"停滞している"印象だったのに、この部屋は"稼働している"。
熱の他にも、部屋のあちこちから風の吹くような音や、ピコピコとした奇妙な音、虫の羽音を低く重たくしたような音もずっと鳴り続けている。
暑さを我慢してでも、少し調べてみる価値はあるかもしれない。
ざっと探ってみた所、とりあえず、ここにも人や悪魔などはいないようだ。
だとしたら、次に調べてみるべきは、水晶から比較的近くに置いてある箱や板か。
うーん……
この水晶の管理・統制に関係していることは推察できるけど、外部からどう干渉すればいいのか、できるのか、全く分からない。
……ってちょっと待った!
この、硝子のように透明な板に描かれている見覚えのある形。
「これは、ミーボルート?」
異様なほどに写実的というか、脇に図式や数式などを添えつつ、精密に再現されて描かれている。
しかも……別の板では、絵が動いてる!?
どういう仕組みなんだろう。遠見水晶みたいなものなのかな?
この辺りのことも知ってそうなユーリさんにもっと話を聞いておくべきだった。
それはさておき、こんな絵が描かれているってことは、ここは……大悪魔・ミーボルートに関係している部屋? 自室?
ここに住んでるの?
さっきミーボルートがこの塔まで来たのは、この部屋を目指していたから?
何のために……忘れ物を取りに来たとか、治らない傷を癒しに来たとか、誰かに報告する事項があったとか……
予想は色々と出来たけど、決定的な解答は浮かばなかった。
とにかく、関係しているかも知れないのなら、破壊しておいた方がいいだろう。
方法は……この新型爆発弾を使うか。
熱でなく、留め針を抜いてから時間差で起爆する仕組みだから安心だ。
そういえば、これもタルテさんに渡しておけば良かったな。