91話『分かたれるものたち』 その4
「ぐ……おっ!」
全身を焼かれながら引っ張られて千切られるような激痛が襲う。
「ああああっ!」
「……ぅっ!」
タルテとジェリーの悲痛な声が立て続けに聞こえてきて、更に苦痛が倍増する。
くそったれ……陰に隠れてても命中させてきやがって……
とりあえず俺の方は、致命傷にはなってはいない。
グリーンライトで即座に回復できた。
「タルテ! ジェリー! 生きてるか!? 何でもいいから声か音を出して場所を教えてくれ! すぐ治してやる!」
別に頼む必要もなく、2人は絞り出すような呻き声を上げ続けていた。
ある意味では、闇に隠れて今の姿が見えなくていて良かったと思う。
手探り、なんてまだるっこしいことをやってる暇はない。
両手を振り回して2人の感触を探し、触れた瞬間、グリーンライトで回復させる。
「大丈夫か」
「ええ。痛みも傷も完全に引いたわ。助かったわ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
声色からして、強がりではなさそうだ。
「……この腐れデクの棒が!」
「ちょっと、こういう時こそ落ち着いた方が……」
「分かってんよ!」
実際、相当カッカ来てはいたが、頭の中はまだ冷静だった。
俺達の命はおろか、世界の命運がかかってるようなこんな状況下で我を失うほど流石に馬鹿じゃない。
「今から攻撃してみる。2人とも怖いだろうけど動くなよ。また負傷しても俺が治してやるから安心しろ」
「攻撃って、どこを?」
「さっきの光線の軌道を見るに、多分上にある液晶を経由してたはずだ。まずはあれをぶっ壊す。そうすりゃ最低でも敵の火力や命中率を削ることぐらいはできるはずだ」
相変わらず辺り一面真っ暗で見えないし、距離もあるけど、こっちにはクリアフォースがある。
それで充分だ。
「オラオラオラオラァ!」
狙いなんて知ったこっちゃねえ。
とにかく天井の方目がけて、不可視の力の塊をガンガン飛ばしまくる!
ぶつける!
ぶっ壊す!
「お兄ちゃん! ジェリーはお腹から出てくる悪魔を止める! ――愛を騙るより善良で、敵を呪うより罪深く、善悪無き隔たりを弄ぶ、我こそが"縁への介入者"!」
衝撃音と破壊音に、重低音が混ざる。
やっぱり闇に混じって胎児型の方も出てやがったか。
…………。
無心になって攻撃を継続していると、唐突に闇が晴れた。
「……わお」
目に映ったのは、透明な床に散乱した悪魔の死骸や液晶の残骸、瓦礫、ボコボコになった天井、そして変わらずそびえ立っている魔王様。
魔王様はご健在だが、液晶は全部破壊してやったぜ。
何十発も滅多打ちしてやった甲斐があったってもんだな。
「……タルテ!?」
そして、魔王の、髑髏の両眼窩の前に照準が出現するのが見えたかと思うと、研ぎ澄まされた"気"のような力を纏った矢が飛び、同時に両目を射抜いた。
あの距離まで届く照準といい、威力といい、闇の中、ずっと弓を構えて待っていたようだ。
「2人とも、とってもいい感じだぜ! いいか、ここがヒーローの見せ場だぞ! 次にあの暗闇攻撃が来る前に、一気に畳み掛ける!」
「ええ!」
「うんっ!」
「ジェリーはそのまま雑魚を足止めしててくれ!」
「うん、がんばるよ!」
「タルテは蕾とかが飛んできたら撃ち落としてくれ!」
「任せて!」
そして俺は……ブラックゲートで一気に魔王との距離を詰めて、
「よくもやってくれやがったな。再生の供給源を断つなんてぬるいことはもうやめにするわ。……追いつかねえぐらい」
メチャクチャのグチャグチャに、
「攻撃を叩き込んでやる!」
大包丁の斬撃、レッドブルームの極大発火、クリアフォースの念動力、3つの武器を休みなく、力一杯、徹底的にぶっ放す!
「うおおおおっ!」
物凄い勢いで装甲や部品などが弾け飛び、吹き飛び、千切れ飛び、消滅していく中、魔王の野郎も激しく反撃をしてきやがる。
無数の腕を振り回し、突き刺し、光線や炎を放ってきて、こっちもどんどん傷が増えていく。
「怯むか……よおおっ!」
回復は動ける程度、最小限でいい。
それよりも攻撃だ。
ここで押し切る。
ブッ倒す!
「……ーリっ!」
微かにタルテの声が聞こえる。
大丈夫だ。心配すんな。
俺は負けねえ。勝つ。
「……な……いっ!」
……いや、違う。
タルテは単純に俺の身を心配して声をかけた訳じゃない。
「やべ……っ」
そこに気付いた時にはもう遅かった。
魔王の手に四肢を掴まれ、俺の体が悪魔の膨張した腹部の裂け目へと叩き付けられ、抵抗する間もなく体内に飲み込まれてしまった。
物理的に塞がれた視界が再び暗くなり、冷たさと圧迫感が押し寄せる中、俺が感じていたのは恐怖よりも、自分に対する怒りだった。
悪魔製造の統括を司る機構で、脚部がない上、背中が管と繋がっているから移動はできないと高を括っていた。
忍び寄らせていた手に全く気付けなかった。
この魔王のことをまだまだ甘く見過ぎていた自分に腹が立ってしょうがない。
いやいや、反省会は後だ、とっとと脱出……
「んごごっ!?」
何だこの野郎。
口の中に触手みたいなものを突っ込んできやがった。
ふざけやがって、俺にこんな趣味はねえぞ。
おまけに吸盤みたいなものが皮膚に張り付いて……
まさか、俺を機械と同化させる気か!?
冗談じゃねえ、んなことになったらタルテとあんなことやこんなことがまともに出来なくなっちまうじゃあねえか!
やべえ、少しずつ、力が抜けていってる。
これはもう……手遅れかも知れねえ……
……はあ?
……手遅れ?
違うだろ。
むしろこれは好機。
ヒーローは、危機を好機に変えて、逆転勝ちするのがお約束だろうが!
「……うおらっしゃああああああ!」
ぶっちゃけ、偶然の産物だった。
知っててやった訳じゃなく、とにかくもがいて、暴れ回ってやろうとしたらたまたまできただけだ。
俺の手札に、まだこんな使い道があったなんて。
すなわち、大包丁に、餓狼の力を乗せる。
まるで坊ちゃん……ラレットの使う、魔法と気を組み合わせたウォルドー式剣術みたいじゃんか。
しかも魔王との決戦で新しい必殺技に目覚めるとか、ほんとに勇者っぽいじゃねえか。
おっと、ふざけてる場合じゃねえ。
さっさとここから抜け出さねえと。
この――クリアフォースを大包丁に乗せた力で!
「おい、ギガ・シガさんよ。心配しなくても俺は差別しねえぜ。相手が誰だろうと……腹一杯食わしてやるぜ! 食らえ! 俺の! 絶対正義の力!」
強度、切れ味、射程距離、あらゆるものを超強化した大包丁を、斬って、刺して、振り回す!
段々と、可動域が増していく。
段々と、体に力が戻ってくる。
段々と、視界が明るくなっていく。
「締めは……あったかい甘味になりま~す!」
脱出間際、一際強く、掲げるように大包丁を上に突き立て、ついでにレッドブルームの力も上乗せしてやった。
「腹一杯になったろ? おまけに全身への脂肪燃焼効果も抜群だ。あ、物理的に燃えちまってるのはご愛敬な」
「お兄ちゃんっ!」
「……ユーリ」
「おう、2人ともお疲れさん」
タルテもジェリーも無事なようで、ホッとする。
攻撃や魔法の手も止めているということは、もう敵も湧いてないってことだろう。
「……危ない、崩れるわ!」
「分かってる。下がってろ」
ホワイトフィールドは、こうやって大包丁と組み合わせれば"相手を閉じ込める"使い方もできる。
まあ"理解"したのは今だから、あんまりカッコ良く言えるようなことでもないんだけど。
それはともかく、このデカブツがいくら爆発しようと、色んな物を撒き散らそうとしようと、これで大丈夫だ。
「腹一杯になったら眠くなったろ。そのまま永久に寝てろよ。……じゃあな」
…………。
…………。
…………。
「やった……! やったよ、ねえお兄ちゃん、お姉ちゃん! ジェリーたち、勝てたんだよね!?」
爆発が収まり、魔王を含めた全ての敵が完全に消滅した所で、ジェリーが抑え切れないといったように喜びの感情を溢れさせた。
「ああ、俺達全員で頑張って掴んだ勝ちって奴だな。これでもう、これ以上悪魔が増えることはないはずだ」
「えへへ。……お兄ちゃん、だいじょうぶ? どこかが痛いとか、苦しいとか、ない?」
「おおよ、この通りピンピンしてるぜ。……あれ、お前はあんま心配してくれてねえのか」
「そうね、あなたが簡単に死ぬわけがないって、信じてるから」
「なるほど、そりゃそうだ。この絶対正義のヒーロー・ユーリ=ウォーニー様が死ぬ訳ねえもんな」
「調子に乗りすぎよ。……でも、本当に強くて、素敵だったわよ」
「……ちょっといいか」
最後まで冷静にキメたかったんだけど、我慢できない気持ちの方が強かった。
タルテのことを、抱きしめてしまっていた。
「えっ、ど、どうしたのよ」
……体が機械にならなくて良かった。
心から、そう実感する。
「……ユーリ?」
「いや、その、なんだ。球技の時みたく、勝った時はこうやって喜びを分かち合うのが定番だからな。よっしゃ、ジェリーもやるか」
「……いいの?」
やや困った表情で瞳を揺らしている辺り、きっとこっちの本心はもう漏れてバレちまってるんだろうから、この子には誤魔化すよりある程度素直になった方がいい。
「遠慮すんなよ……って俺の方が遠慮しろって話か」
「ううん、ジェリー、いっぱいぎゅーってしたいよ! お兄ちゃんともお姉ちゃんとも!」
「おう、じゃあやるか!」
「え、えっ? もう、しょうがないわね」
何というか、妙な精神状態で、俺達は抱擁し、肩を叩き合ったりなんかもしてひとときの勝利の喜びを分かち合うのだった。
……うん、こうなったのは俺が元凶だよな。申し訳ない。
「……さてと、今はこんなとこにしとくか。早いとこ、先に進んだアニンやソルティと合流しねえとな」
「シィスさん、大丈夫かしら」
「大丈夫じゃね? 余計な罠を踏んでてんやわんやしながらも、何だかんだ無事に成果を挙げてくれんだろ」
……多分。