91話『分かたれるものたち』 その1
インスタルトの中央塔、その中で最初に待ち受けていたのは……割と普通の玄関口だった。
外壁同様、中の壁や天井も黒くなっていた。
ついでに言うと床も黒かった。
ただ、空間自体は広く、例の如く壁や天井、床そのものが発光しているため、さほど圧迫感は感じない。
出入口の向こう正面には円柱が林立していて、せり出した壁が左右に分かれ道を形成しているという構造になっていた。
機械相手に気配を読めるか怪しいもんだから正確とは言えないが、武器を構えて慎重に気配を探る。
「敵はおらぬようだな」
「外から見るに、登るには骨が折れそうだが、足腰に鞭を打ってでも急いで行くぞ」
「まあ待ちなって。もっと楽に行けるかも知れねえ。さっきも言ったけど、俺の見立てが確かならエレベーターがあるはずだ。とにかく扉を探してみてくれ。開いた先が狭い箱みたいな空間で、左右どっちかに釦がありゃ正にそれだ」
時間短縮できるに越したことはねえからな。
「待って下さい。罠があるかも知れません。慎重に行きましょう」
「そりゃそうだけど、慎重になりすぎてる余裕もないぜ」
「ふっふっふっ……ご心配なく! これがあれば!」
自信満々にシィスが取り出したのは、眼鏡だった。
「そのとてつもなく趣味の悪い、ダサい瓶底眼鏡でどうすんだ」
「ちっちっちっ……ユーリさん、この洗練された都会的造形を理解できないとは、まだまだですね」
「いや、俺もそれは悪趣味だと思うぞ」
「ソルテルネさんまで!? そんな……お父さんもお母さんも、とってもお洒落だねって褒めてくれたのに……!」
何というか、色々な意味で涙ぐましいと思ってしまった。
「その、何だシィス殿。眼鏡を外したら美人、という受けを狙うには良いかも知れぬぞ」
「うん、ジェリーもそう思うな。シィスお姉ちゃん、元がカッコいいし、きれいだもん」
「あうう……お2人ともなんとお優しい……」
「あの、ごめんなさい。早く話を進めたほうがいいんじゃないかしら」
「…………」
タルテの突っ込みは、大変ごもっともだった。
咳払いをし、鼻をすすりながらも、シィスは改めて説明をする。
「この眼鏡を通すと、あらゆる罠を見抜けるのです! ショルジンの露店で偶然見つけた掘り出し物なんですよ!」
そう言って、眼鏡を新しくかけ直し、周囲をきょろきょろと見回し出す。
「……ぷっ」
外見的に人間的にも、両方の意味であまりに瓶底眼鏡が似合っていて、そういう場合じゃねえってのに失笑を抑えられなかった。
「どうやらこの辺りに罠はなさそうですね」
ともあれお墨付きは得られたので、なるべく離れすぎない範囲で、俺達は手分けして探索を開始した。
「ねえねえお兄ちゃんたち! これかな!?」
お目当てのものはすぐに見つかった。
「おお、正解っぽいな。よくやったぜジェリー」
両開きっぽい作り、しかも扉のすぐ横には"↑"にそっくりな記号の刻まれた釦がついている。
ただ、気になるのが……
「扉が3つ並んでますね」
「ああ、こういう構造だと、エレベーターは複数台あるのが普通なんだ」
「それで、どれに乗ればいいの?」
「うーん、低層階用と高層階用に分かれてる可能性があるんだけど……文字も数字もついてねえからよく分かんねえ」
なんて不親切な作りなんだ。
もっと利用者のことを考えろっての。
「そもそも、普通に乗ってしまっても大丈夫なのかしら」
「大丈夫だろ。もちろん悪魔が襲いかかってくるとか、何か非常事態が起こって止まる可能性もあるけど、その時は壁か天井をぶち抜いて脱出すりゃいい」
「やれやれ、力任せな所は相変わらずだなユー坊。脳が筋肉で出来ているのか」
「やかましいわ」
「まあ、意見自体には賛成だし、それが最短だ。仮に階段で向かっても襲われない保証はないのだからな」
「乗り込む前に、ミスティラさんが追いかけてこられるよう、目印を残しておきましょう。それと"えれべーたー"の操作方法も書き残しておきましょうか」
シィスの提案を否定する理由はなかった。
必要事項手短に伝え、目印や書置きを残し、俺達は真ん中のエレベーターに乗って上へ進むことにした。
釦を押すと、すぐ扉が左右に滑って開き、中が明らかになる。
10人くらいは余裕で乗れるくらいの広さだ。
壁や天井は銀のような光沢を放つ材質でできていて、中に操作盤の類は存在せず、つるっつるだった。
全員が乗り込んだところで勝手に扉が閉まり、上に持ち上げられるような感覚。
「おお、これが」
表情を変える他の皆をよそに、俺が感じていたことは……特になかった。
懐かしい、とも思えなかった。
「この部屋そのものが上下動しているようですね。滑車のような仕組みで動いているのか……動力は……?」
俺自身、エレベーターの仕組みを把握している訳じゃないけど、ぶつぶつと呟くシィスの独り言の内容は、恐らく的を射ている。
こいつ、やっぱ元の頭自体はいいんだな。
それはさておき、みんな警戒を解いてはいなかった。
俺を中心に入れつつ、互いに背中合わせになり、険しい顔つきで天井や壁を見ている。
確かに、いきなり壁や天井をぶち破って悪魔が襲いかかってきたり、催眠作用や毒を含んだ気体を噴出される可能性は否定できない。
そうなっても防げるよう、一応、俺がホワイトフィールドを展開して急襲に備えてはいるが……
俺はむしろ、そういったことよりミスティラの方が気になっていた。
いくら伝説級の強力な魔具を2つ装備してるとはいえ、1人だけであの伝説の大悪魔をどうにかできるだろうか。
いや、疑うな。
できる。あいつを信じろ。
あいつはやるって言ったらやる女だ。
だから、本当はブルートークを使って安否確認したいけど、ダメだ。
一瞬たりとも気を抜けないような戦況では、通信さえ邪魔になって、それが命取りになっちまう可能性だってある。
「……ん」
こっちを見ていたタルテと目が合う。
俺の考えは彼女にもお見通しだったらしい。パドクックの水晶を取り出そうとしているようだ。
ああ、確かにそれならミスティラの邪魔をせず、こっちから様子を見られるだけで済むな。
「今はやめておけ、ユー坊、お嬢さん。見れば迷いが生じる」
が、ソルティがそれを制した。
「見るならばもうしばらく経ってから、大悪魔に勝利してからだ」
「……そうだな」
「……分かりました、すみません」
「親友の安否を気にかける感情は理解できるがね」
ソルティがそう口にした所で、エレベーターが停止し、自動的に扉が開く。
どうやら敵にも襲われず、途中で停止もせず、無事に辿り着けたようだ。
「うわ、マジかよ」
思わず不満を声に出してしまう。
扉の先に広がっていたのは、七叉路。
つまりこれは、ここから先は、迷路になってるってことだよな?
通路の広さはそれなりだから、敵と遭遇しても戦えないってことはないが、これはめんどくさそうだ。
「嘆いている時間が勿体無い。進むぞ」
「はいはい」
窓がないから、どの辺りの高さまで来られたのかもさっぱり分からねえな。
スールの奴もあれっきりずっとだんまりだし。
ただ、エレベーターに乗っていた時間から考えると、まだまだ上がありそうだ。
「とりあえず、他のエレベーターか階段を探すか。ここからはよろしく、迷宮王君」
「何だ、その仇名は」
「だってあんた、大監獄の地下迷宮を突破してインスタルトへの道見つけたじゃん。その調子で今回も頼むわ。ていうかたまにはあんたも仕事してくれよな」
「やれやれ、仕方ないな」
「あ、待って下さい!」
「何だよシィス、いきなりデカい声出して」
「罠があります。光の線が張られてますね。あちらにも、あそこの通路にも」
あの瓶底眼鏡をかけたまま、シィスが通路を指差した。
「赤外線か何かか」
「セキガイセン?」
「こういう状況では触ったらまずいことが起こるってことだけ覚えとけばいい」
「とりあえず、あそこの通路は大丈夫そうですね」
「じゃあ、あそこから行ってみるか」