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89話『大悪魔に挑むものたち』 その1

 白状しよう。

 このラレット=ウォルドー、今もなお、あの女性のことが忘れられぬ。

 全てを捧げても惜しくはないと、本心で思ってはいたのだが……


 願いが叶わないことが明白な今、いつまでも縋り続けても無意味だとは理解している。

 永遠に忘れられないかもしれないが、未練を表に出さなければ問題は無かろう。

 ただ、あの方が不幸にならぬよう祈り、必要とあらばさりげなく手を差し伸べるのみだ。


 もう1つ、白状しよう。

 醜き感情であると自覚してはいるが……あの女性が想いを寄せしユーリ=ウォーニーに少なからず嫉妬し、憎んでしまっている。


 だがそれ以上に、私はあの男に対し、友情の念を抱いている。

 あれは、気持ちのいい男だ。

 些か品性に欠けるのが玉に瑕ではあるが……


 あの男が、いつも傍にいる別の女子――タルテと言ったか。

 彼女と実質的に相思相愛で、ミスティラ嬢が入り込む余地がないことに気付かぬほど、私は鈍感ではない。

 タゴールの森で決闘を行って以降、三者の間でいかなる道を辿ったのか不明だが、第三者ゆえ、追求するつもりはない。


 ただ、おおよその事情は推察できる。

 ……思い詰めすぎなければいいのだが。


「聖騎士様、いつもお疲れ様です」


 それは私もまた同じか。


「気にすることはありません、御婦人。皆が安心して日々を過ごせるよう献身するが我らが努め」


 今は聖都を警邏する任務の途中。集中せねば。

 トラトリアの里に住まう花精たちの尽力により、無事に餓死に至る病も治まり、ここ聖都エル=ロションの秩序も戻ってきた。

 大飢饉に陥る前に解決できて、本当に良かった。


「あの、ささやかではありますが、よろしかったら召し上がって下さい。聖騎士の皆様は休息どころか、食事もほとんど取らず、任に当たられていると伺いました」


 婦人が差し出してきたのは、肉を挟んだパンと水だった。


「お気遣い、誠にかたじけなく思います。ですが私よりも、一層空腹な方に差し上げて下さい」

「ですが……」

「それに……ここだけの話ですが、私は空腹感が増すほど、魔力が増す特異体質なのです」

「……素敵ですわ」

「む? 何か仰いましたかな」

「いえ、何でもありません! 失礼します! が、頑張って下さい!」


 脳裡にあの男のにやついた顔が浮かぶのが些か気に食わぬが、こう振る舞うのが絶対の正義という価値観には同感だ。

 次に会えるのがいつになるか、分からないが……死ぬなよ。


 それと、兄上は……ソルテルネは、息災に暮らしているのだろうか。

 もう何年も会っていないが……どこかでこの同じ空を見上げていたりするのだろうか。


 兄上とも話がしたいと、最近とみに思うようになった。

 ユーリ=ウォーニーから生存、所在を聞かされたから……それも一因だが、最大の理由は、やはり私もまた、ウォルドー家の呪縛から逃れられないことを思い知ったからだ。

 長兄や父上もそうだったが、どうやら我が家系は、一番の想い人とは結ばれぬ定めらしい。

 愛する人とは二度と会えなくなった兄上とは比べるべくもないが、とにかく話したいこと、聞きたいことが山ほどあった。


「…………?」


 何だ、空の一角が赤く光っている。

 星が出るような時間帯ではないし、そもそも聖都からあの位置に星など見た記憶がない。


 ……いや、待て。

 奇妙だぞ。段々と大きくなってきて……それどころか、こちらへ接近している?


 まさか、聖都へ落ちてくるのか!?


 しかし、完全でないとはいえ、ここにはまだ結界が残っている。

 弾き返し、蒸発させてくれる……


 などという期待は、空全体を揺るがして響き渡るような、悲痛ささえ感じるほどの甲高い破壊音と共に打ち砕かれた。


 揺れる地面。

 視界の先で瞬く間に上がる火の手。

 人々の悲鳴。

 恐慌。


 突然の出来事に、さしもの私とて、動揺を隠せずにいた。

 だがすぐさま気力を復活せしめ、己が役目に転じられたのは、ウォルドー家の男子としての誇りと、日頃の厳しい訓練の賜物と言って良い。


「民の皆様! 冷静に! 冷静に行動して下さい! 心配要りません、我々フラセースの正規軍が皆様を安全に避難誘導及び護衛致します!

 助け合って下さい! 女子供、老人は特に! 助けが必要な場合は申し出て下さい!」


 まずすべきは、同僚や一般兵と適切に連携を取り、民の安全を確保すること。

 発生原因は気になるが、後回しだ。

 模範となり、率先して人々の役に立ってこそのウォルドー家である。


「――聖騎士殿!」


 避難を指示している最中、1人の一般兵が我が元へ駆け寄ってきた。


「どうした」

「緊急事態です。現在、聖都内にいる聖騎士は全員、大悪魔の落下地点であるラファエ区北部へ集結せよとのご指示です」

「承知した。……ん、待て。今、何が落下したと言った」

「大悪魔です。大悪魔・ミーボルートが、聖都に現れたのです」


 怯えの表情を作りながらも、声をひそめて民の恐怖心を煽らなかった点は評価に値する。


「……分かった。すぐに向かう。後は任せたぞ」


 当の私自身、落下物の正体を耳にした瞬間、全身の血の気が引いて、恐れの冷気が凍てつかせ、動きを止めようとしていた。

 だが、降り払わねばならぬ。

 恐怖を殺し、勇気を漲らせて、駆けなければならぬ。


 しかし、度重なる悪魔の襲撃で結界が脆くなっていたとはいえ、容易く空から割って入って来るとは……!

 他に悪魔が攻め込んできた様子がないのは不幸中の幸いと言った所か。


 考えようによってはまたとない機会だ。

 ここで討伐し、太古より人々を縛り続けてきた恐怖の鎖を断ち切ってくれる!






「……くっ! これほどまで、とは……」


 だが、私の認識は相当甘かったようだ。

 辿り着いた戦地に広がっていた――禍々しき獄炎に焼き払われた市街、炭と化した仲間や無辜の民の姿は、恐らく生涯焼き付いて消えないだろう。

 辛うじて死を免れていた人々が上げる苦悶の声、爛れた身体もまた、我が精神を蝕んでくる。


 込み上げる嘔吐感を押し返し、震える体を崩れ落ちさせずに済んだのは、


「怯むな! 何としても大悪魔を討ち倒すのだ!」

「おう!」


 仲間が傷付き倒れてもなお、聖都の空を我が物顔で飛び回り、邪悪の炎を吐き散らす大悪魔に対し、必死に立ち向かう聖騎士や、聖都内の特区に住まう竜の姿があったのと、


「ああ、聖騎士様……どうか、お助けを……」


 何よりも、助けを求める民の声があったからだ。

 我が内に、恐怖以上に、強い怒りが湧き上がってくる。


 私よりも多くの経験を積んできた上司、先輩にあたる方々でさえこのような状態だ。

 私が決定的な戦力になれるとは思えぬ。


 ……しかし!


 先にも言った通り、模範となり、率先して人々の役に立ってこそのウォルドー家!

 勝算無くとも、否、脆き盾としての役目しか果たせずとも、勇ましく、誇り高く役目を貫き、周囲に勇気を与えねばならぬのだ!


「ラレット=ウォルドー従騎士、只今到着致しました! 戦線に加わります!」

「来たか。……戦地を聖都の外へと移動させたいのだが上手く行っておらん。したがってこの場で戦うほかない。市街への被害、今は忘れよ」

「はっ。イースグルテ城はいかが致しますか」

「"奇跡"行使のため、トスト様は白の塔にてお力を蓄え続けておられる。それゆえ厳重警戒態勢を敷いたままだ。お前はこの戦いに集中しろ!」

「はっ!」


 そうだ、戦いに集中しろ。

 見た所、既に戦力の何割かを失ってしまっている。

 命を賭してでも、役目を果たせ。


「お前は第三陣の後方に回り、支援攻撃に徹しろ!」

「了解! ……縛めを受けし者よ、本質を知れ、洞窟の正体を知れ、全てを振り払う灯りを浴びて立ち上がれ、その歩みこそが"本質への近接"!」


 聖騎士団に加入してから習得した火系統の魔法――"本質への近接"を用いて、影でできたもう1人の己を生み出し、大悪魔へと挑ませる。

 影は魔法や技を使えないのが難点だが、致し方あるまい。


「水滴の如く、皮膚の如く、墓標の如く、惜別を抱きて癒着せよ、"愚鈍の跛行"!」


 その間にも仲間の聖騎士が魔法を発動させ、大悪魔の動きを封じようと試みるが、目立った効果は見られず……


「ぎゃあああっ!」


 吐き出される炎によって、更に生物や建物への被害は増していくばかり。


「……おのれ!」


 我が魔法で生み出した影も、一太刀も浴びせられること能わず、焼き尽くされてしまった。


 我々聖騎士団は、あらゆる戦況、あらゆる敵を想定して訓練を重ねているが……相手が強すぎる!

 弱音を吐くなどおよそ騎士らしからぬ態度と承知してはいるが……

 伝説の名に違わぬような、圧倒的な敵を、どのように退ければいい!?


 更には猛攻の隙間を縫って攻撃を加えても、すぐさま再生が始まって傷を塞がれてしまう始末。

 ミネラータの洋の民は、ミスティラ嬢は、このような化物を退けたというのか……!


 特区に住まう竜たちまでもが参戦してくれているにも関わらず、戦況は確実に悪化の一途を辿っていた。

 このままでは、千年王国とまで評された誉れ高きエル=ロションの歴史が……

 いや、それだけではなく、そこに住まう人々や、トスト様までもが……


 ここは一度、撤退を考えた方が良いのではないか。

 臆病風に吹かれた訳ではない。

 向こう見ずに挑んで散るより、命を優先すべきではと考えたからだ。


 叱責を受けても構わぬ、隊長に進言してみるかと決意したその時だった。


「あ……危ないッ!」


 逃げ遅れたのだろうか、機を逸したのか、老人が、瓦礫と化した建物の陰にいるのを、我が目が捉えた。

 そして老人の頭上には、今にも落ちてきそうな巨大な屋根の残骸。


 状況を認識した瞬間、私は駆け出していた。

 全てを忘れて、ただ、目の前の人間を救わねば、という思いで。


 我が俊敏さをもってすれば余裕で間に合う。


 ……はずだった。


 老人を抱え、その場を離れた途端、凄まじい熱風が襲いかかってきた。

 耐え難いほどの熱だったが、ここで下手に退けばこの老人が晒されてしまう。

 ここは盾となり、守らねば。


「むうっ……!」 


 熱波のみならず、大小の瓦礫までもが飛来し、全身を打ち、激痛をもたらす。


 負けぬ。

 負けてたまるか。

 私は民を守る聖騎士。

 誇り高きウォルドー家の3男。

 この程度の痛みに屈してたまるものか!




 …………。

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