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88話『インスタルトに降り立つもの』 その3

「あ、あれは……!」

「うそ……!」

「くっ……!」


 一際大きな感情の揺さぶりを表していたのは、ミスティラだった。

 降ってきた"それ"は、明確な意志を持って着地の直前に急停止し、路面を溶かしながら2本の足で降り立ち……


「大悪魔……ミーボルート!」


 ミスティラ以外、俺達が動いている実物を見るのは、これが初めてだった。

 首巻や外套のように炎を纏い、溶岩のような流動体を滴らせつつ、漆黒の甲冑を装備したようにも見える、曲線的な装甲。

 身長は3メーンぐらいで、決してデカい方じゃないが……空気を伝って漂い始めた熱を抜きにしても、こいつはヤバいってのがビリビリ伝わってきやがる!


「よもやこのような状況で出現するとはな」

「げっ! あ、あいつ、私達の方を見てますよ! やばいですよ!」


 シィスの言う通り、兜の隙間から赤く輝く双眸は、俺達の方へ向けられていた。

 明らかにこっちの存在を意識してやがる。

 今まで雲隠れしてやがったくせに、何で急に現れやがったんだ。

 スールが呼んだって訳じゃなさそうだし……インスタルトや中央塔の防衛があらかじめ機構として組み込まれてたってことか?


「ねえお兄ちゃんお姉ちゃん、塔の中に逃げられないかな?」

「難しい所だな、お嬢さん」


 確かに、ブラックゲートがあるとはいえ、あの機動力を振り切れるとは思えねえ。

 閉鎖された空間に逃げ込むのは、得策とは言えない。


 ……だったら、戦うしかねえ!

 やれるだろうか、俺だけで。


「……ふ」


 わずかな猶予の間、必死に考えをまとめ上げようとしていた時、誰よりも先んじて一歩前へ進み出たのは、ミスティラだった。

 しかも笑みまでこぼし、手には武器まで握り締めて。


「わざわざ現れるとは、探す手間が省けましたわ。それともわたくしの美貌は、悪魔さえ誘い寄せるほど匂い立っているのかしら?」

「お前、この状況でよくそんな」

「皆様。殿にて火除けを行う役目、わたくしが引き受けましたわ。皆様は降りかかる火の粉を避けるため、元凶たるスール=ストレングを掃う大義を成す為、塔の中へお進み下さいませ」


 視線をミーボルートから切らないまま、腰を落としてヴァサーシュの槍を構え、いきなりミスティラが宣言した。


「おいおい、いくらなんでも一人で戦うなんて無茶だろ」

「失礼ながらユーリ様は、わたくしの力を過小評価されておりますわ。かつてミネラータ襲撃の折、わたくし独りで応戦した実績をお忘れでして?」

「だとしても、その役をやるのは力の有り余ってる俺だろ」

「承知致しかねますわ。そもそも"絶界の深淵"による封印が能わぬ今、大悪魔を討つ力を有するのは、わたくしが預かりしこのヴァサーシュの槍のみ。加えて大悪魔を討つは、ミネラータの洋の民の皆様より託されし我が使命でもあります」


 取り付く島もない。


「わたくしとて、蛮勇に身を任せて名乗りを上げた訳ではございません。大悪魔の姿をよくご覧下さいませ、少なからず損傷が目立っておりましょう」


 確かにミーボルートの装甲は所々破損していて、そこからは溶岩のような流動体が血液のように滲み出て、路面を焼いている。


「わたくしが名乗り出るに充分な根拠があると御理解頂けたかしら。今は一刻を争う事態。これ以上悠長に議論を交わしている場合ではありません。さあ!」

「でもよ……」

「行きなさいユーリ=ウォーニー! これ以上わたくしに要らない同情を浴びせないでちょうだい!」

「……っ」


 まるで初対面の頃を思わせる、いや、あの時以上の厳しい物言いに、思わずたじろいでしまった。


「ユー坊、ここはお嬢に任せてやろう」


 最初に同調したのはソルティだった。


「お嬢が自棄を起こして特攻するような女性ではないことは、これまでの付き合いで皆も知っているはずだ。心配いらん、お嬢は必ず勝って、俺達と合流するさ。そうだろ?」

「……ええ、速やかに始末をつけ、皆様の元へ駆け付けますわ」


 こりゃあもう……ダメか。

 こっちが折れるしかないな。

 他のみんなもまた、同じ結論に行き着いたようだ。


「ミスティラ殿。己が誇りを証明するまたとない機会だな」

「まったくですわ」

「ミスティラお姉ちゃん、がんばって!」

「ええ」

「死なないで下さいよ。せっかくできた友達を失くしたくないですから」

「……そうですわね。わたくしも、貴女を、友と……」

「そこまで言い切ったんだから、絶対に勝ちなさいよ」

「……ふ、貴女こそ、精々実力不足で足を引っ張ったり、泣き言を喚いて士気を下げないようにしなさい」


 さて、俺は何て声をかけてやるべきか。


「ほらユー坊、お前さんも激励してやれ」


 分かってるよ。ちょっと待てっての。


「……お前の力と覚悟を信じてやれなくて悪かったよ。もう余計なことは言わねえ。頼んだぜ、ミスティラ=マーダミア」

「承知致しましたわ」


 とりあえず、言葉選びは間違っていなかったようだ。


「行こう」


 正直、完全に不安を振り払えている訳じゃない。

 表情を見るに、タルテたちも同じ気持ちなはずだ。


 でも、もう立ち止まれない。

 振り返れない。


「ミスティラ=マーダミア……そう、我が名はミスティラ=マーダミア! ローカリ教教主・モクジ=マーダミアが一女にして、洋の民より魔を討つ意志と武具を託されし者! 今こそ全ての誇りと悲願を背負い……参りますわ!」


 背中越しに響いて伝わってくる、力強い声と魔力の波動を信じて任せるしかない。

 勝って、追いついてこいよ!

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