87話『勇者ユーリ一行、インスタルトへ飛ぶ』 その4
タルテたちに見せないよう配慮したのか、単に最短距離を取ったのかは定かでないが、5層の中へは入らず、専用通路を通って、その更に奥に広がる地下迷宮へと進んでいく。
「婦女子をお通しするような所ではないが、しばしご辛抱願いたい」
灯りを持って先頭を歩くソルティが、やや冗談めかして言う。
この人数で移動するのに支障はないものの、確かに通路の幅も天井も決して広くはないし、階段による上下移動も多い。
しかしきちんと岩壁に沿って等間隔に火石による照明が備え付けてあり、足元も比較的平らで歩きやすくなっていた。
「魔物や害虫は出ないから、安心するといい」
それを聞いて、タルテやミスティラが安堵の息を漏らすのが聞こえた。
それくらい、地下迷宮は静かだった。
「ソルテルネ殿。5層の囚人たちが地下迷宮で工事をしていたのは、インスタルトへ繋がる道を探すためだったのか」
そんな中、唐突にアニンが尋ねると、ソルティはにやりと笑った。
「御名答。更に付け加えると、調査工事はスールの声が聞こえる前から既に行われていたという点が重要だ」
確かにそうだ。
俺達がここへ来た時点でも、かなり長期間にわたって工事をしていた形跡があった。
「各国首脳は、この大監獄の地下深くにインスタルトへの道があることを昔から知っていたようだ。インスタルトには、未知の技術や資源などが大量に眠っていて、どの国もそれらを欲しがっている。しかしこの立地だ、色々と費用もかかる上、抜けがけも難しい。それに下手に戦争も起こしたくはない。
そこで考えたのが、皆さん表向きは仲良くやりましょうって作戦だ。互いに協力してここ地下迷宮の工事やインスタルト内部の調査などを行い、実際に資源を得られたなら分配しましょう、って条約を結んでな。
で、ついでだから、ここに監獄を作って共同運営しましょう、そうすれば……」
「お互いを牽制しつつ、労働力を確保し、重犯罪者を外界から隔離もできる。一石が何鳥にもなるって訳かよ。大人の世界ってのは怖いねえ」
「本当に道が見つかり、インスタルトへの移動経路が確立した後まで、そんな仲良し路線が続いていたかは疑問符が付くが……状況が今のようになってしまっては、強制的に協調路線を継続しなければならなくなったようだな」
何が面白いのか、にやにやと笑うソルティ。
「もっとも、今話したことには俺の想像も多分に含まれているがね。話半分と聞き流して欲しい」
「でもどうして、こんな世界の果てのような孤島に、インスタルトへ繋がる道があったのかしら」
タルテの興味は、少し違う所にあったようだ。
「良い着眼点だが、その辺りには諸説あって、未だ正確な理由は判明してないようだ。ただ、大監獄ができる前、かつてこの島にはインスタルトと深い関わりを持つ小都市があったことは分かっている。空に浮いてばかりでは色々と不便もあるだろうから、地上にも拠点を設けていたのだろう」
「そうだったのですか。教えて頂いてありがとうございました」
「ははは、真面目だな、君は」
「つーかソルティ、お喋りに夢中になって道に迷ったとかやめてくれよ」
「心配はいらん。道順は全て頭の中にあるし、それにもう目的地は近い」
ソルティの言う通り、右へ左へと曲がりながら更にもう少し進んでいくと、小さな空洞に出た。
空洞の中心には穴が開いている。
まさか飛び込めってんじゃあないだろうなと思いかけたが、ちゃんと階段がついていてホッとする。
「……ん?」
奇妙な材質の階段だな。
やけにしっかりしてるというか、人工的というか……これって混凝土か?
疑問を抱きながらも、螺旋状になっているそれを、慎重に下っていく。
随分長いな。どんだけ下ればいいんだよ。
……お、下の方が明るい。ようやく到着か。
「見て驚くなよ」
ソルティの前置きなんて全くの無意味だった。
この空間を初めて見て、驚かない奴はほぼいないに等しいだろう。
「どうなってますの、この場所は?」
「ふしぎ……」
一言で言うと、えらく文明的な雰囲気の漂う空間だった。
こっちの世界ではなく、"あっちの世界基準"でだ。
床面積は少なく見積もっても数百人は入れるくらい広く、高さも10メーン近くある。
所々破損した混凝土の床や、張り出された柱によってそんな空間が構成され、更にはこの世界の化学ではまだ作り出せないであろう材質でできた大小長短様々な管が、伸び放題になったツタのようにあちこちに伸びている。
「マジかよ……」
「どうしたの?」
「前の世界であったものにちょっと似てるんだよ」
「確かに、以前聞かせてくれた話と一致している部分が少しだけあるような……」
「では、ユーリ殿がこの空間の謎を解き明かしてくれると期待して良いのだな?」
「いや、残念だけど無理っぽいな。俺の手に負えそうもねえ」
言われるまでもなく、とにかく階段を下りながらあちこち見回してみて情報を集めようとしてみたが、文字や数字、記号が書かれているような形跡はなく、情報端末や乗り物などの道具、機器類も一切見当たらなかった。
気付いたのは、蛍光灯とかがなく、照明を太陽石で賄っているってことぐらいか。電気は通ってないんだろうな。
空間の中央にもうすっかり見慣れた、こっちの世界特有のモノ――転移魔法陣が敷かれているってことぐらいか、分かることと言えば。
それと、中には既に十数人ほどの人間がいたが、これは監獄側の人員で、転移魔法陣の起動やその他雑事のために配備されていることは簡単に理解できた。
「未知なるものを目の当たりにして好奇心を刺激されるのはごく自然な流れだが、今は一刻も早くスール=ストレングを討ち、世界に秩序と平和を取り戻さねばならん」
ソルティが、いつになく締まりのある声と表情で、俺達の話を打ち切った。
無理もないか。
世界の存亡がかかった喫緊の課題だってのを抜きにしても、こいつにとってはとてつもない重大事だ。
仕留めたと思っていたはずの、世界で一番愛していた人を惨殺した憎き仇が生きていた訳だからな。
むしろ単身インスタルトへ乗り込もうとしなかっただけ理性的だ。
俺がこいつの立場だったら、こうまで落ち着いていられる自信はない。
「ああ、悪いな。急ごうぜ」
「後でゆっくり、俺にも詳しく聞かせてくれよ。お前さんの秘密って奴を」
「ああ、お互い生きてたら、洗いざらい話してやるよ」
ほんと、こうまで余裕があるように振る舞える所は大人だと思う。
「やってくれ」
ソルティが合図を出すと、魔法使いたちはすぐに詠唱を始め、転移魔法陣に魔力を注ぎ込み始めた。
それ以外の人員は、箱から小瓶を取り出して、俺達に手渡してきた。
「体力・気力、魔力を全快させる秘薬だ。飲んでおけ。インスタルトでは何が待ち受けているか分からんからな」
そう言って一息で飲み干したソルティに従い、俺達も同じことをする。
……何か紅茶に大量の砂糖を入れたような味がするぞ。
「口に合わなかったか?」
「野獣の臭い棒を食った時点で、俺とあんたの味覚は合わないってことは既に証明されてるだろ」
とはいえ、効果は抜群だ。
体や頭の中がすっきりして、軽くなって、全身に力がみなぎってくる。
それに、今回の任務に向けてしっかりと腹を減らしておいてあるんだが、空腹感への影響もない。
餓狼の力も、バッチリ使える。
「転送準備、整いました」
魔法使いの合図を受けて、俺達は魔法陣の中へと入る。
「柄ではないが、世界の為、我が剣を振るうとしよう」
「このヴァサーシュの槍とトリキヤの羽衣をもって、必ずや災禍を断ちましょう」
「がんばろうね、お兄ちゃん、みんな」
「へへ、やばい奴が相手だってのに、私、ワクワクしてきましたよ」
「みんな、絶対にみんなで無事に戻りましょう」
足下から立ち上る淡い光を浴びながら口々に抱負を語る周りに、俺は追従できなかった。
緊張していたからじゃない。むしろどちらかと言えば落ち着いている。
言うべきことがなかったからでもない。俺にだって決意の1つぐらいはある。
ただ、漠然と考え事をしていたら、機会を逸してしまっただけだ。
相手が誰だろうと、腹を空かせていれば食わせてやる、絶対正義のヒーロー……
これまで散々こだわってきた肩書きが、何故か今となってはどうでもよくなっていた。
もちろん、信念自体は捨ててないし、生涯をかけて貫いていく覚悟は変わっていない。
でも、呼ばれ方なんて、もう何でもいい。
ヒーロー、勇者、英雄、偽善者、犯罪者、傭兵、やらず……どうとでも、好きなようにしてくれ。
今の俺には、ありのままの自分を認めて、ただのユーリ=ウォーニーとして、受け入れてくれる人がいる。
それだけで充分だ。
いつも俺を助けてくれて、ありがとう。
代わりに俺は……お前を含めた全てを助けるよ。
「何か言った?」
「腹減ったって言ったんだよ」
「こんな時にしょうがないわね。……帰ったら、あなたの好物、たくさん作ってあげる」
「そりゃ楽しみだ」
本当だ。心からそう思っている。
この転送の光は、未来への希望に繋がる光。
そう確信しながら、俺達は最後の場所――インスタルトへと飛んだ。