14話『コラク、更に小さく寂れた村』 その2
「これからすぐにでも退治しに行きますんで。ごちそうさまでした」
食事に全く手を付けないのも悪いから多少は食べておいたが、これ以上は止めた方がいい。
空腹を満たしすぎると力が鈍っちまうからな。
昼メシを抜いといて正解だったようだ。
「おお、もう行って下さるのか。頼もしいですじゃ」
「ちょっと急ぎなもんで」
「すまぬユーリ殿、少しだけ待って欲しい。……村長殿、質問があるのだが」
ここでアニンが、茶碗を置いて話に割って入ってきた。
「何ですかな」
「何故人食い鬼は、律儀に貴殿たちとの契約を守っていると思う?」
「……意図が分かりかねますな」
「失礼ながら、貴殿たちと人食い鬼には埋めがたい実力差があることを既に痛感していると思う。力が対等ではない以上、人食い鬼が契約を交わしたままでいる理由はないと私は思うのだが。例えば、契約など無視してほしいままに食う行動に出られてもおかしくはないはず」
「さて……化物の考えることは、わしらにはとんと分かりませんのう。何しろ、人間とは異なる価値観で動いているはずじゃから」
「ま、とりあえずその話は置いとこうぜ」
アニンの疑問も分かるが、なるべく早く済ませた方がいい。そう思った。
「そうだな。すまぬ」
「じゃ、行ってくる。みんなはメシ食ったり休んだりして待っててくれ」
流石に今度はワガママを言われても聞き入れる訳にはいかない。
そう腹に決めていたが、
「分かってるわ。暗くて動きづらい場所だと、足手まといになるものね」
「ユーリおにいちゃん、気をつけてね」
二人ともちゃんと理解してくれてるようだった。
「悪いな。アニン、二人と村の人達を頼んだぜ」
「うむ、任された」
ここでアニンが、指をそっと耳の下にあてる仕草を見せた。
『ブルートークを使ってくれ』の合図だ。
――どうした?
――頻繁に繋いでおいてもらいたい。気になることがある。
――了解。定時連絡するわ。
アニンの勘はよく当たる。
従っておいて得することはあっても損することはない。
ゆえに、さっきの質問にも意味があるはずだ。
村の方はアニンに任せるとして、俺は自分の仕事をやればいい。
外はもう夜になっていた。
村長さんの家から裏山の入口までは短い道だったが、村の若い男の人がわざわざ案内してくれた。
「ここが裏山の入口です。頑張って下せえ」
「ども。行ってきます」
松明を受け取り、俺は一人、山の中へ足を踏み入れる。
標高はそんなになさそうだが、かなり広そうだ。
まあ、広くない山なんて山じゃあないか。
……下らんことを考えるより、さっさと進もう。
右手に大包丁、左手に松明を持ち、とりあえずまっすぐ伸びている道に従って進む。
緩やかに続く傾斜の先は、闇だった。
夜の山に単身突っ込むなんざ、普通だったら自殺行為に捉えられてもおかしくないだろうが、時間の都合上しょうがない。
どうしても見つからなかったり、あるいはヤバくなったら、その時はじめて撤退して体勢を立て直せばいいだろう。
「……ちっ」
ほっぺたに冷たいものが急に当たったもんだから、つい舌打ちしちまった。
具合の悪いことに、遂に雨が降り出してきやがったのだ。
サーっという音が、ささやかな拍手のように周囲に広がって満ちていく。
嫌な拍手だな。
今の所は土砂降りになる気配がなさそうだが、状況がいっそう悪くなったのには違いない。
ホワイトフィールドを頭上に張って傘の代わりにし、心身を引き締め直して警戒を一層強める。
ほどなくして道が平坦になって、少し開けた場所に出た。
ここが村長さんの言ってた"生贄の祭壇"ってやつだろう。
さっきまでお邪魔してた村長さんの家と同じくらいの面積の空間、その真ん中には扁平になった石が置かれている。
ちょうど人一人が寝られるくらいの大きさだ。
一体、あそこに何人の人間が……
いや、考えるな。迷うな。
胸の違和感はもう無視できないぐらい強くなってたが、まだ囚われずに動くことはできる。
「ヤマモーーーーッ!! 人食い鬼ーーーーッ!! いるなら出てこいやーーーーーッ!!」
大声を出したのは、単に余計な心の動きを吹き飛ばすためだけじゃない。
あっちから気付いて欲しいという狙いもある。
隠密行動じゃないから、別に見つかっても構わない。
探す手間が省けるし、むしろそういう展開は好都合だ。
……が、声がこだまするばかりで、虫一匹現れる気配もない。
もう一発呼びかけてみたが、同じ結果に終わった。
何だよ、若い男の肉はお気に召さないってか?
老若男女、誰でもイケるんじゃなかったのかよ。
少しの間、祭壇に留まってみたが、やはり何も出てこない。
しょうがねえ、やっぱこっちから探してやるか。
この空間、俺が通って来た所以外に道はなかったが、外周部分に沿って回りながら茂みを注視していくと、割と分かりやすく"裏道"を見つけられた。
踏まれて曲がった草、折れた枝。
この軌跡を辿っていけば、人食い鬼の住処に近付けるはずだ。
あ、そうだ。
――アニン、聞こえるか?
――ユーリ殿か。首尾は?
――祭壇まで着いたけど、まだ鬼は見つけられてねえ。そっちは?
――こちらは大事ない。
――そうか。今からもっと深いとこまで入ってくから、場合によっちゃ連絡できないかもしれねえ。
――承知した。くれぐれも気を付けてな。
――おう。
腹を満たしてないからか、ブルートークの有効距離も伸びている。
明瞭にやり取りできた。
さて、行ってみますか。
腰を落とし、一歩一歩足元を確かめるように歩きながら、景色の違和感を、闇の先に何かがいないかを探る。
暗闇にも人食い鬼という存在にも、恐怖はさほど感じていない。
松明を失っても、レッドブルームを使えばいつでも灯りは確保できるし、他の能力を使えば戦闘で遅れを取ることもないだろう。
"餓狼の力"に依存しすぎだよなと我ながら思うが、まあいいか。
聞こえるのは雨音と微かな風の音、松明が雨を弾く音、それと俺の足音ばかり。
臭いは雨に流されて消えちまっている……なんてカッコいいことは言えない。
そこまで鼻が利く方じゃないからだ。
にしても、鬱陶しい雨だな……
と思いかけた時、突然左側の闇から強烈な害意が噴き上がってきた。
草木をかき分ける音を伴い、かなりの速さで一直線にこっちへ近付いてくる。
「出やがったな!」
反射的に松明を投げつける。
炎が一瞬、黒い塊を映し出したのが見えた。
鬼じゃない。すぐに分かったが、構わず大包丁を振る。
「グゲェェッ!」
すれ違いざま、不気味な呻き声を上げ、黒い塊はドサっと茂みに倒れ込み、害意を消して動かなくなった。
「ったく、急に出てくんなよな」
幸い、まだ消えずにいた松明を拾い上げ、敵の正体を照らして暴く。
真っ黒な体毛に覆われた、見たことのない四つ足の化物だった。
強いて言うなら、ブタに近い顔と体型をしている。
それよりも、綺麗に胴体が真っ二つにできた自分の剣の腕を褒めてやりたい。
こいつは人食い鬼と関係があるんだろうか。
分からないが、他に敵の気配はない。
静かな山に逆戻りだ。
気を取り直して、再び微かな道を進んでいく。
敵は現れなかったが、今度は足場が不安定になってきた。
張り出した木の根や上下の不規則な勾配に加え、雨で滑りやすくなっている。
場所によっては大包丁を杖代わりにして進む必要があった。
嫌なことってのはこんな時に起こるもんだ。
向こうもわざとやってんだろう。
鳥の魔物が三羽、羽音を立てて上から襲ってきやがった。
でもな、これくらいでやられるほど俺はヤワじゃあねえぞ。
「レッドブルーム!」
気合いを入れる意味で、声に出して炎を見舞ってやる。
指定した座標を即座に発火させられるこの能力なら、こっちの体勢は関係ない。
……ただ、すばしっこそうなのが厄介だ。
レッドブルームはただ周りを明るくしただけで、命中してなかった。
本腰を入れるか。
「……ふぅ」
少々手こずっちまったが、三羽とも焼き鳥、というか炭焼きにしてやった。
その際負った引っ掻き傷やつつかれ傷は、グリーンライトで即治療だ。
餓狼の力は魔法と違って、集中力以外に削られるものがないからまだいいが、この調子だといつ見つけられることやら。
一旦休憩することにしよう。
その辺の葉っぱについた露をすすって水分をささやかに補給し、神経を少し緩める。
タルテたち、もう寝たかな。
いや、あいつらのことだから、眠気に負けるまでは律儀に待ってるだろう。
そう考えると、早く戻ってやらなきゃって気になる。
行くか。
……って俺、人食い鬼の巣の近くで呑気に休憩してたのかよ。