87話『勇者ユーリ一行、インスタルトへ飛ぶ』 その2
花精たちと同様に、俺達もイースグルテ城内の部屋で休息を取っていた。
大樹を蘇らせるという一大任務にあたって、ほんとただ見届けていただけで何もしてないってのに、いっちょ前に疲れてしまっていたのには我ながら恐れ入る。
ああ、もちろん俺だけの話な。タルテたちはしょうがねえ。
戻ってからはほとんど会話もせず、ささやかな食事を取って身を清め、睡眠を取り……
翌日も全員思い思いに、静かに過ごしていた。
アニンは寝台の上に坐って瞑想を行い、シィスは机で何やら書き物を行い、タルテやミスティラは読書に集中し……
俺はというと、窓辺で頬杖をつき、強い雨が降りしきる外をぼんやり眺めながら、頭の中で残された課題を再確認していた。
最優先というか、大前提なのは、インスタルトへ乗り込むことだ。
ほとんどの課題は、あそこへ潜入しなければ解決できない。
乗り込んだ上で、人と融合する性質を持つ悪魔を世界中にばら撒こうとしているスール=ストレングを倒し、なおかつ"餓死に至る病"の発生源とやらも突き止めて破壊する必要がある。
ウォイエンの大樹の力で病の進行は止まり、次から次へと降ってくる悪魔も現状では何とか退け、持ちこたえられてはいるけど、このままじゃあジリ貧なのは自明だ。
防波堤が壊れる前に何とかしねえと。
それにあと2つ……ミスティラやフェリエさんがミネラータで撃退した、大悪魔・ミーボルートと……俺の、前世での母親。
どっちも、このまま黙っているとは思えない。
世界を平和にするためには……何とかしないといけないだろう。
後者は時々目撃情報があるみたいだが、前者については未だ発見されていない。
トスト様から授かったパドクックの水晶でも一向に探知できなかった。
それがまた不気味だ。
とは言っても探しようもないから、やっぱり先にインスタルトへ行く方法を探すのが現実的か。
根拠は一切ないけど、こっちに関しては何とかなる気がしていた。
例えば、ウォイエンの大樹の時みたく、誰かが道を見つけてくれたりとかするんじゃあないだろうか。
「勇者殿、お仲間の皆様、失礼致します」
「はい?」
勝手に楽観的になっていた時、騎士が戸を叩き、姿を見せた。
確か……この間護衛してくれた聖騎士団の中にいた人だったっけか。
「トスト様がお呼びです。未だ疲れが癒えてらっしゃらないとは存じますが、御足労願います」
「分かりました。すぐ向かいます」
疲労が完全に抜けていないのは事実だったけど、別に呼び出される不快感などはない。
もうすっかり慣れてしまった経路を辿り、白の塔の最上階にある謁見の間へと移動する。
「ああ……!」
薄々予想できていたが、初めて謁見の間を目にしたミスティラは、激しい感動に打ち震えていた。
まあ、俺でさえ圧倒されたくらいだから、気持ちは分かるけどさ。
「ミスティラさん、進みましょう」
「え? ええ、そうですわね」
ミスティラの手を引こうとした直前、シィスが盛大につまずき、七色水晶の床に飛び込んだ。
「な、何という不敬を……!」
「落ち着け、ミスティラ殿」
何やってんだか。
あ、この床って頑丈なんだな。シィスが顔面から突っ込んでも傷一つ入ってねえ。
「いいから早く行きましょうよ。トスト様の御前なのよ」
「お、そうだな」
一連のやり取りを、台座にいた竜形態のトスト様は、黙って眺めていたようだ。
特に苛立っていた訳ではなく……いや、むしろ、高揚しているようにさえ見える。
「跪かずとも結構です。それよりもやりましたよ、皆さん」
トスト様は開口一番、弾んだ声でそんなことをおっしゃった。
やってくれましたね、の間違いじゃないのかと突っ込みそうになったが、
「インスタルトへ行くための"道"を、発見しました」
ほとんど間髪入れず続けられたので、言えなかった。
……ん?
っていうか……本当に見つかったのか。
「……!」
「遂に……!」
「やりましたな」
みんなは驚いていたが、俺は違った。
見事に予感が的中して、"してやったり"って気分だ。
凄くね? 賭け事では無類の弱さを発揮しているこの俺が、こんなにもズバリ当ててしまうとは。
「ほらな」
「えっ、なによ"ほらな"って」
「あ、いや、すまん」
「ほほう、勇者殿は予見していたと。流石ですな」
「茶化さないで下さいよトスト様」
乗っかられたら乗っかられたで、ちょっと恥ずかしい。
「トスト様、一体その"道"は何処にあったのです?」
「アニンさん、あなたと……それと、シィスさんやユーリさんにとっても、縁のある場所です」
「俺達に……?」
その組み合わせだけで、深く考えるまでもなく、すぐに正解を導き出せた。
「そう、ミヤベナ大監獄です。先刻、監獄側から通信鏡を介して連絡が入りました。かねてより発掘を進めていた大監獄の地下迷宮より、遂に転移魔法陣のある空間を発見したと。すぐにでも……」
――ど~も~! おっひさ~!
「……!?」
何の前触れも無しに脳内にけたたましく響いてきた声が、トスト様の言葉を遮った。
この声は……またかよ!
――世界最悪の大罪人にして世界最高の愛の女王・スール=ストレングで~す! 全世界の皆さん、お元気にしてるかしら?
今回もまた、世界中の生物に聞こえているんだろう。
――まずは、"餓死に至る病"が消えておめでとうと言わせてもらうわね。まさかウォイエンの大樹を蘇らせるなんて、偉いわ。
でも残念ながら、ここインスタルトにある"発生源"はまだ無くなっていないみたいなのよ。だから根本的な解決にはなってないのよねぇ。
「言われんでも分かっとるわ!」
「ユーリ殿、話しかけても無意味だぞ」
「言われんでも分かっとるわ!」
「2回言ってボケてる場合じゃないでしょ」
――さて、ここからが本題ね。今回呼びかけた理由は、みんなに警告したかったからなの。
警告だと?
――そろそろ、ミヤベナ大監獄の地下深くで、インスタルトへ来られる"道"を見つけた頃でしょう? 隠してもダメよ。あたし、ちゃあんと分かってるんだから。だって元監獄王だもの。
それでね、あたしが言いたいのは、知らない人たちがゾロゾロ大勢で押しかけて来ないでね、ってこと。理由は簡単、招かれざる客をわざわざ自分のお家に招待したくはないでしょう? それと同じよ。
もしあたしの言い付けを破ったら……大樹を完全に破壊した上でもう一度餓死に至る病をばら撒いて、今の数十倍の悪魔を地上にやっちゃうわよ。ついでに大陸ごと消し飛ばす"兵器"も使っちゃうかも。
「な……」
「なんてことを……!」
――そんなの嫌でしょう? あたしの"愛の悪魔"を受け入れて、皆幸せになりたいでしょう? だからちゃあんと言うことを聞いてちょうだい。
何言ってやがんだこいつ。勝手に増長しやがって。
――という訳で、あたしが好きな子、好きになれる子だけ訪ねてきてちょうだい。いいわね? それじゃ、御機嫌よう~。
相変わらず、最初から最後まで身勝手なことをほざいて、オカマ野郎は通信を切った。
しばしの間、重苦しい沈黙が謁見の間に流れたが、
「図らずも、送り込める人員が固定されてしまいましたね」
トスト様が率先して切り出してくれたおかげで、幾分払拭されたと思う。
「先遣隊を送ることができなってしまいましたが……元々、我々としてもあなた方に向かって頂くようお願いするつもりでした」
「わたくしどもに、斯様な重責を?」
「ええ。ユーリさんやタルテさんには一度お伝えしていますが、きっと皆さんが世界を救う重要な鍵となると、私の眼力で見込んだ方々だからです。間違いありません。
ああ、そうそう。あの花精のお嬢さんも、是非連れていっておあげなさい」
「ジェリーをですか?」
「あの子もきっと、あなた方の助けになってくれるでしょう」
「……分かりました。行きます、インスタルトへ」
事前に言われていた訳じゃないけど、実際の所、俺達の方もまた、インスタルトへは行くつもりでいたというか、そう命じられる予感はしていたから、心の準備は必要なかった。
だから必要な準備といえば、物理的な方――非常食、魔石、傷薬など、インスタルト侵入作戦にあたって必要な物資をかき集めることと、その準備が整うまでの短い時間、しっかり心身を休めておくこと、そして、
「うん、ジェリーも連れていって!」
「頑張ってね、ジェリー。皆様、どうか娘をよろしくお願いします」
承諾を得ること。
幸いというか、母親のコデコさんも、今のような状況ならばと、難色を示すことなく、信じて俺達に預けてくれた。
「はい。絶対無事にお返ししますから、安心して下さい。……それにしても、また一緒に行動するって約束をこんな形で守ることになるとはなあ」
「えへへ、がんばろうね」
言葉とは裏腹に、ジェリーの声色や笑顔には、硬さがあった。
頭を撫でたら若干和らぎはしたけど、それでも完全に拭い去れはしなかった。
この子だってちゃんと分かってるんだろう。
誇張抜きで、世界の命運がかかってるんだと。
そして更に半日ほど経過した後、俺達はイースグルテ城のとある地下室に設置されていた転移魔法陣へと案内された。
ツァイの時もチュエンシー城の敷地内にあったからそうではないかと思ってたが、フラセースも例に漏れないようだ。
というよりどの国も、元々転移魔法陣があった場所に王城を築いているんじゃないだろうか。
転移魔法陣のある空間の構造はほとんど同じだったが(流石に魔法陣の図形まではいちいち覚えてないから、そこまで同一かまでは分からないけど)チュエンシー城のものよりは辛気臭さがない印象だった。
やっぱり聖なる国は違うな。
「では勇者殿御一行、よろしくお願い致します。監獄側との話はもうついていますので、すぐにでも向かえるでしょう。……本来ならば国民総出で盛大に見送らねばならない所ですが、事情が事情ゆえ、これでお許し下さい」
「そのようなことはございませんわ。聖竜王直々にお越し頂いただけで、わたくしどもは100万の軍、1億の民に見送られたにも等しき祝福と光栄を……」
ミスティラの長ったらしく仰々しい口上に、さしものトスト様も苦笑していた。
「最終的に皆さんだけに押し付けるような形になってしまい、申し訳ありません」
「いえ、実質的にあっちから指名を受けたようなものですから、お気になさらず」
「我が剣にて、必ずや討ち果たして参ります」
「わたしも微力ではありますが、一助になれればと思います」
「実に頼もしいですな。私も何らかの形で外から力をお貸しします。……どうか、ご武運を」
「行ってきます」
名残を惜しむ暇もなく、俺達6人は光に送られ、転移魔法陣でミヤベナ大監獄へと飛んだ。