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86話『ウォイエンの大樹、蘇る』 その4

 光が収まって、目を開けると、視界いっぱいに濃密な緑色が咲き乱れた。

 それと同時に、豊かな自然の香りが鼻腔を満たす。

 どうやら無事に転移は完了し、ツァイ北部の大森林へ来られたらしい。


 転移した先は無風で、ほとんど無音に等しく、俺達の息遣いも正確に聞き取れるほどだった。

 少しジメジメとしているが、気温が低めなためか、さほど不快感はない。

 それに雰囲気も、さっきまでいたタゴールの森の中とは正反対で、こちらの方は清新な気配に満ちている。

 むしろ……


「コクスの大森林に似てる……」


 そう、今ジェリーが口にしたように、あっちの方に近かった。

 邪悪な気配さえまるでなく、近くには獣や魔物の類もいなさそうだ。


 さっきまでは不安そうだったり、あまり体調良好には見えなかった花精たちも、すっかり元気を取り戻している。


「深く、強い生命力に溢れています。コクスの大森林よりも……」


 花精の1人がそう呟く。

 なるほど、確かに花精じゃない俺が見ても、それは何となく分かる。

 というか、


「こりゃまた、でっけえよなあ」

「何メーンくらいあるのかしら」

「私が木登りして確かめてみましょうか? 私、こう見えて木登りが得意なんです! そりゃもう子ども時代は……」

「閑寂なる地で大声を張り上げるのは遠慮して頂けないかしら」

「あうう……すみません」


 ……土の上に生えている草こそ短いが、周囲にある木は非常に高い。

 一瞥して目測しただけでも、コクスの大森林よりも更に高いであろうことは確実だ。

 超高層建築を、すぐ近くで見上げた時の感覚に近い。

 深緑というか、ほとんど黒に近い天からは、線状になった幾筋もの光が薄く差し込んでいて、それがまた幻想的だった。


 聖騎士たちは既に魔法陣を離れ、分散して調査を開始していた。

 俺達も手伝いを申し出たが、やんわりと断られたので、黙って待つしかない。

 目的を果たしたらすぐに帰れるようにと、魔法使いたちも、転移魔法陣の修復や調整なんかを行っていた。


 周囲に建物の残骸らしきものは全くなかった。

 魔法陣の刻まれた、正方形をした大きな一枚の石床だけが、この森の中にぽつんと、異様なくらい綺麗に残されていた。

 おまけに魔法陣の周囲には一本たりとも木が生えておらず、半径数十メーンほどの不自然な楕円の空間ができあがっていた。

 やはりここには大昔、何かが存在していたってのは事実なんだろう。


「――大樹の跡地らしきものを発見しました!」


 目的のものは、すぐに見つかったようだ。

 茂みの向こうから坊ちゃんが姿を覗かせ、よく通る声を張り上げる。


 坊ちゃんがさっきまで探索していた、道なき道をずかずかと少し進んでいくと、これまた不自然に開けた空間が見えてきた。


「ここで止まって下さい」


 先行していた聖騎士たちがそう言った理由はすぐに分かった。

 転移魔法陣のあった場所と同じくらいの広さの空間があったんだが、地面がごっそりと消失したかのように、蟻地獄の巣を思わせるすり鉢状になっていた。

 落ちても脱出するのは容易だが、それなりに深さがあるな。


「間違いありません。確かにかつてこの場所に、ウォイエンの大樹が存在していました」

「僅かではありますが、大樹の"心の欠片"が周囲の木々や、あの土の底、あらゆる場所に残されています」

「根の一部も、深い部分に埋まったまま残っているようです」


 目に見えない植物の気を感じ取った花精たちが、次々と発見を裏付ける証拠を口にするのを聞いて、聖騎士たちは満足そうに頷いた。


「では、トラトリアの花精の皆様、どうかよろしくお願い致します。手段や手順につきましては、全て皆様を信頼しお任せ致します。如何なる異変が起きようとも、幾日幾夜が過ぎようとも、我々聖騎士団が盾となり、あらゆる災禍を退けますゆえ、ご安心下さい」


 この中で一番立場が上と思われる男前な騎士がそう宣言すると、花精の人たちは神妙に頷いた。


「皆の衆、全ての魔力を使い切るつもりで魔法を発動させるのじゃ」


 花精側の代表者――エレッソさんが指揮を取り、大樹を蘇らせるための準備が滞りなく進められていく。

 話し合っている姿を何度も見ていたから、もう手順などはとっくに決まっているんだろうと簡単に理解できた。


 穴をぐるりと取り囲むように花精たちが散らばって立ち、それぞれヴェジの枝を取り出した。

 人の手で加工している訳じゃないから、人によって若干形が違うんだな。


「ジェリー」


 詠唱を始める前に、エレッソさんが名前を呼んだ。


「なぁに?」

「"花吹雪く春息吹"を発動させるにあたり、ジェリーには真中に入ってもらいたい」

「えっ……?」

「あの、何故娘を中心に?」


 突然の指名を受けて母子は戸惑いを見せたが、エレッソさんはにこやかな表情を作りながら、ゆっくりと続ける。


「理由は単純、我々の中でこの子が一番、大樹と心を通わせられる。この子には才能がある。出来るな?」

「うん、やってみる」


 ジェリーの決断は、力強く、素早かった。


「ママ、だいじょうぶだから。安心して、ね?」

「……分かったわ。頑張るのよ」

「うむ、よくぞ言った。では穴の中に降り……」

「あの、俺に下ろさせてください」


 考えなしなくらいに俺がそう申し出てしまったのも、あの子の強さに影響されてしまったからだろうか。


「ええ、よろしくお願いしますユーリさん」


 心情的なものを抜きにしても、俺が適任だろう。

 ジェリーの手を握り、ブラックゲートで穴の底へと瞬間移動し、


「頑張れよ」

「うん、見てて」


 ぱっと明るく笑いかけた顔を見届け、頭を撫でてから、再び元の場所へと戻る。


「皆さん、よろしくお願いします」


 俺の役目はここまでだ。

 後は花精の人たちに全てを任せるのみ。






 無音が、再び森を支配した。

 示し合わせるでもなく、見守っている俺達は皆、息を殺していた。


 穴の周囲に、円を描くように立っている花精たちが、ヴェジの枝を掲げた。

 そしてそのまましばらく静止する。


 誰に尋ねずとも、魔力を高めているのは一目瞭然だった。

 凄え。

 全員がまるで一つの生き物になったかのように、魔力の量、揺らぎに一切の乱れがなく、調和している。


 穴の底、中心にいるジェリーは、枝を地面に挿し、膝をついて両手を組む、祈る体勢を取っていた。

 ジェリーだけはまだ魔力を高めていないようだ。

 これが最適な"回路"なんだろうってのは分かるが、詳細までは分からない。


 ふと、唐突に、先日考えていたことが頭をよぎった。

 トスト様が起こせる"奇跡"で、大樹を蘇らせられないのかという疑問。


 本人(竜?)に尋ねてみたところ、可能か不可能かで言えば可能らしいが、"理"を考慮すると、花精にやってもらった方がいいという答えが返ってきた。

 理ってのが今一つ腑に落ちていないが、自然の法則みたいなものだろうか。

 そういや花精の試練を受けた時も、この大森林に空から降下したらどうかって進言した時も、"理"がどうこうって言ってたな。難しいもんだ。


 こっちの世界とあっちの世界じゃやっぱ、色々違いがあるんだろうな。

 いや、単に見つかってないだけかも……

 

 そういや大樹って結局どんな理由で枯れたんだ?

 これもやっぱり、何らかの"理"に反していたからなのか?

 まさか誰かが掘って引っこ抜いた訳でもあるまいし……


「――春を待たずして枯れ死んだ無辜の生命」


 取り留めのない幾つもの思考が脳内を満たし始めた頃、綺麗な声が耳から流れ込んできて、意識を引き戻される。

 どうやら花精たちが詠唱を始めたらしい。


「――何を思い土に臥し続ける」


 複数発動って奴か。

 詠唱する際、合唱するように声の調子や拍子などを合わせ、複数人で強力な1つの魔法を発動させる。

 当然ながら人数が多いほど、上級であるほど難易度は増す。


 この人数で、しかも"花吹雪く春息吹"という上級魔法を使うとなれば……


「――喜びを知らず飲まれるのか」


 それぞれの花精たちの体から、淡い桃色と、緑色の光の粒が止めどなく生まれ、中心へと指向性を持って飛んでいく。


「――無念すら抱かず還り逝くのか」


 空気を染める柔らかな光は、受け手――ジェリーの体へと流れ、吸い込まれていく。

 ジェリーは未だ自分の魔力を高めていないようで、周りからの魔力を受け入れながら、詠唱にも参加せず、無言で祈りを捧げ続けていた。


「芽吹く意志あるならば繋げ、今再び土と空を――」


 中心にいるジェリーが、周囲から集めた魔力を束ね、突き立てたヴェジの枝を通して地面に注ぎ込んでいる、という解釈でいいんだろうか。

 こんな大役を任されるほどになったんだな。凄いよ。

 離れていた間、本当に一生懸命頑張って、成長したんだな。

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