86話『ウォイエンの大樹、蘇る』 その3
まだそんなに進んでないってのに、早速敵のお出ましか。
場の空気が殺気立ち、慌ただしくなっていく中、俺達も武器を抜き、戦闘態勢に入る。
「お兄ちゃん……!」
「ま、最後まで平和的に進めるなんて都合のいい話はねえか」
「うむ、一暴れするとしよう」
「ふふふ……雨でも視界を確保できる眼鏡を装着した私に死角はありません! さあ行きましょう……」
「お待ち下さい」
「ズコーッ!」
参戦しようとした時、聖騎士の頭目が俺達を手で制した。
ついでにシィスがずっこけた。
「勇者殿御一行も、どうかこちらでお待ち下さいませ。魔物や悪魔の撃退は我々が仰せつかった任務。お手を煩わせは致しませぬ」
こちらの返事を待たず、魔法使いたちが道具を用いて固定結界を展開し、俺達やトラトリアの人たちを瘴気から遮断した。
「我ら、フラセース聖騎士団の」
「勇気!」
「技!」
「団結!」
「物言わぬ外の道を行く輩に思い知らせてやるのだ!」
「おおうっ!!」
お決まりと思われる前口上を全員で合唱し、護衛の聖騎士団が、続々と湧いて出てきた敵との応戦を開始した。
ぶっちゃけ相当な空腹状態なので、餓狼の力を出そうと思えばかなり強力な所まで引き出せはする。
しかしそれが任務で、待機していろと言うなら、反抗する理由はない。
気は緩めないようにして、とりあえずは待機だ。
「あの時とはまったく違う……!」
隣でタルテが、やや声を上擦らせた。
まさしく彼女の言う通りで、質・量共に、坊ちゃんと狩りで勝負した時とは比較にならなかった。
ほぼ木偶の坊に近かったキノコ人間みたいな雑魚はどこにも見当たらず、どいつもこいつも見るからに厄介そうな魔物ばかりだ。
屍系の魔物に加えて、泥水の塊がグニュグニュした奴とか、触手を生やした巨大な一つ目玉……うわ、散々手こずらせてくれた"悪夢の霧"、"魔女の影"もいるじゃねえか。
おまけに見たことのない型の悪魔までいるぜ。
右手に巨大な錆びた剣を持ち、左手が弩になっている人型の奴や、あっちの世界で言う所の狛犬みたいな形をした奴とか……
これだけの大量の相手、本当に大丈夫なのか?
「――攻撃の手を緩めるな!」
という心配は、むしろ失礼だったようだ。
「むんッ!」
「せいッ!」
精鋭中の精鋭と言われてるだけあって、聖騎士1人1人が滅茶苦茶強い。
悪魔にさえ引けを取らないどころか、得物の槍や剣、そして魔法や技を使い、確実に仕留めている。
「右前方に新たな"魔女の影"出現!」
「左右に展開! のち牽制!」
更に統制も完璧で、不確定要素の多い戦場、ましてやこのような状況下でも、常に適切な判断を下して行動していた。
今は指揮官の指示に従っているが、恐らく場合によっては各個での柔軟な対応もできるんだろう。
「流石はフラセースが誇る聖騎士団の方々……見惚れてしまいますわ」
「うむ、是非とも手合わせ願いたい所だ」
お前はそればっかだな。
そして、
「でやあッ!」
坊ちゃんも、その中の一員として奮戦していた。
「――回帰とは浄化に非ず、一介の摂理、巡り巡る環の一点、上れ、行け、無我に至り委ねよ、"再会へ誘う階"の先へ!」
剣や、以前見せなかった魔法を振るう姿を見て、以前勝負した時よりも成長していることを実感する。
「ラレットさん……"再会へ誘う階"を使えるようになったのですね」
坊ちゃんを中心に、ぬかるんだ地面から噴き上がった光を見て、ミスティラが目を細める。
光に飲み込まれた魔物が完全に消滅した所を見るに、不死系や霊体系によく効く魔法なんだろう。
ともあれ、この分なら全く問題はなさそうだ。
状況によってはホワイトフィールドでの防御や、グリーンライトでの治療を行うつもりでいたが、その必要もなさそうである。
最初の群れを全滅させた後も幾度か魔物や悪魔の集団に襲われたが、聖騎士団がばっちりと護衛の仕事をしてくれたおかげで、俺達はかすり傷一つ負わずに済んだ。
そしてついに(と言うにはあっさりしすぎている気もするが)、
「最前から"遺跡を発見した"と報告がありました」
前からやってきた伝令が、目的物の発見を告げた。
「だいぶ森の奥まで来ているんじゃないかしら」
「ここまで潜り込んで生還するとは……ガッツさん、すごいですね」
「"カッツ"だ、シィス殿」
「……ああああ! やはり私はニブマンなんだあああ!」
「大声を出さないで下さる? 耳に障りますわ」
「……ここぞとばかりに一気に喋んなよお前ら」
タルテやアニンは極めて真っ当な発言をしてるから、ひとまとめにしてしまうのも悪いが。
と、すぐ隣にいたジェリーが、ぎゅっと手を握ってきた。
「怖いか?」
「ちょっとだけ、ね。でもみんなを信じているって気持ちのほうが大きいから、だいじょうぶだよ。ぜったい成功させるから、ジェリーたちに任せておいて」
「ああ、頼りにしてるからな」
更に少し森の奥へと進んでいくと、薄暗い前方に塊のようなものが見えてきた。
あれが……
「おぞましい……」
ミスティラが呟く。
確かに、異様な気配が一層濃く立ち込めている。
遺跡は、あらゆる部分に不気味な草木の侵食を許し、ほとんど朽ち果てかけていた。
建築に使われている石も、びっしりと苔むしている。
それでも宗教的な造形をしているのが何とか見て取れ、良からぬ超常的存在を崇めていた形跡も遺っていた。
発見されるまではきっと、生きている人間は誰も立ち入ったことがないんだろう。
カッツの奴、よくこんな所まで辿り着けたな。
あいつがしていた自慢話を思い出そうとしかけた時、遺跡の中から先遣されていた騎士たちが出てきた。
「転移魔法陣を確認しました。目立った破損はありません。少々の修繕を施せばすぐ使用可能です」
どうやら最大の問題も大丈夫らしい。
少しだけ休憩を取った後、俺達は再び聖騎士団の護衛の下、神殿の中へと足を踏み入れた。
灯りで照らされている範囲内しか分からないが、中もすっかり荒れ果てていた。
建物の中で魔物や悪魔に襲われなかったのは、先遣隊が始末していたからだ。
暗がりに溶け込むように亡骸や残骸が転がっていた。
中はさほど広くはなく、すぐに広場に出た。
周囲を回廊のようなもので囲まれているから、正確には中庭と言うべきだろうか。
ともあれ、目的のブツ――ウォイエンの大樹へと続く転移魔法陣は、この空間の中央、折れた柱に囲まれた祭壇の上にあった。
数十人は余裕で中に入れそうなくらい巨大で、ミヤベナ大監獄へ行った時に使ったものよりも大きい。
早速同行していた魔法使いたちが、転移魔法陣を起動させるべく準備を始める。
俺達は言葉を交わすこともなく、ただその姿を見守っていた。
こういう時に小粋な冗談でも飛ばせばとは思っていたが、逆効果になると分かっていたから、俺も黙っていた。
転移魔法陣が本当に無事起動し、目的地に転送できるかどうか確かめている余裕はなく、ぶっつけだ。
つーか移動するに当たって今更不安もクソもない。専門家にお任せするのみだ。
万が一、向こうへ飛んだっきり帰ってこられなくなる事態が発生しても、その時は方法を考えているらしいので、きっと大丈夫だろう。
「転移魔法陣の修復が完了しました。皆様、中へお進み下さい」
流石に国に選ばれた一流どころを揃えているからか、驚くほどの短時間で準備は完了した。
言われるがまま魔法陣の中へ入り、静かに転移完了を待つ。
イースグルテ城にあったものとは違う種類の転移魔法陣を初めて体験するタルテやミスティラ、そしてジェリーや花精の人たちは一様に戸惑っていた。
ちなみに転移するのは俺達全員、花精、帰還時に転移魔法陣を起動させる魔法使い、護衛のための聖騎士団と、それなりに数が多い。
また、何の因果か、聖騎士の中には坊ちゃんも含まれていた。
ちらりと横目で様子を窺ってみたが、落ち着いた態度で護衛に危害が及ばないよう警戒していた。流石だな。
おっと、坊ちゃんのことは別に気にしなくてもいいか。
「別に痛くもかゆくもないから心配すんな」
タルテの手を握って言うと、微かな微笑みと共に握り返された。
まだちょっと表情が硬いなとも感じながらも、反応に満足している内に、外周部の詠唱の声がくっきりと輪郭を帯び始め、視界が段々と光に覆われていく。
さて、飛んだ先に、大樹を復活させる以上の面倒事が待ち構えてなけりゃあいいが。