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86話『ウォイエンの大樹、蘇る』 その2

 聖都と外界を隔てる巨大な正門で待機していた同行者――護衛してくれる聖騎士団たちと合流し、俺達は岩石のように屈強な地竜が引く、これまた頑強な車に乗せられた。

 当然1台で全員は乗れないので、10台近い車に分かれて乗ることになる。


 ツァイの皇帝であるロトとの会談も含めて国務に専念しなければならないため、今回トスト様は同行していない。

 しかし、今のこの扱いを見ても分かるように、俺達へ対する要人待遇は変わっておらず、おまけにかなりの大所帯だ。


 トラトリアの人たちや、護衛してくれる聖騎士団、他には転移魔法陣を起動、また必要に応じて修復するための魔法使い、他にも人員だけでなく非常事態のために食糧や魔石なんかも運搬しているため、相当な規模になっている。

 護衛に関しては、聖都や四大聖地を防衛しなければならない都合上あまり人員を割けず、平時は聖都を防衛している火竜・地竜騎士団の一部を派遣したとのことだったが、それでも結構な人数をつけてくれているように見える。

 もはや大名行列の様相を呈していた。


 どうでもいいが、今回のメンツにカッツはいない。

 あいつがいたところでどうしようもないからな。

 とはいえ、今回の大発見で相応の報酬や名声が約束されてるんだから、あいつ的にも文句のつけようもないだろう。


 不要といえばぶっちゃけ俺達も今回の任務に必要ではないと思うんだが、トラトリアとは浅からぬ関係があるということで、花精の人たちから同行を要請され、聖国側からも正式に認められた。

 まあジェリーと一緒にいられるのは嬉しいし、ありがたいことなんだけどさ。


 道中、会話はほとんどなかった。

 世界の命運がかかっていると言っても過言ではないこの状況下、流石に和やかに談笑している余裕はなかった。

 空を翔けていた時は開放感も手伝ってあれだったが、車内ではこうもいかない。


「皆、暗いな。こういう時こそ楽しい話で盛り上げねばならぬぞ」


 ……こいつを除いて。


「さあユーリ殿、小噺の1つでもして男を上げるがいい」

「俺かよ。……そうだな」


 言い分としてはもっともなので、頭を捻って、渾身の小噺をかましてやるとするか!


 …………。

 

 …………。


 ……結果?


 うるせえ、聞くな。

 と、そんな風に時間を潰していると車が止まり、降車するよう促される。

 タゴールの森の入口までご到着ってやつだ。

 運のいいことに、ここまでの道中、悪魔や魔物とは遭遇せずに済んだ。


「降ってきたか」


 聖都を出発した時点ではまだ雲が重く垂れ込めている程度で済んでいたが、小雨がぱらつき始めていた。

 ここに来る時はいつも天気が悪い気がする。


 懐かしいな。

 ここでウォルドー家の坊ちゃんと勝負したのも、大分前の話だよな。

 色んな意味で忘れられねえ。

 相変わらずヤバそうな空気全開じゃねえか。


 降車した時点で、聖騎士団は既に手際よく次の作業に取り掛かっていた。 

 森の出入口に宿営地を作り、わずかな人員を残しつつ、随伴させていた竜もここに置いていくようだ。

 竜の大きさや性質を考えると、森の中では上手く立ち回れないだろうからな。

 流石に名高い聖騎士団だけあって、全員この手の工作にも長けているらしい。作業はテキパキと進んでいく。


 約1名ほど、チラチラこっちを見てくるような奴もいるが。

 聖騎士団と顔合わせをしてからというものの、ずっとこの調子だ。

 きっと移動中車の中にいた時も、ずっと見てたんだろうな。


「参りましょう。トラトリアの皆様、恐れることはありません。我々が必ずお守り致します」


 工作の終了を待たず、完璧に陣形が整えられた中に入り、俺達は森の中へと入っていく。

 俺達一行とトラトリアの人たちを、聖騎士団の護衛がぐるりと取り囲む形式を取っていた。


 そして、ジロジロ見てくる奴も、突入組に含まれていた。


 ……何でこう、因縁があるんだか。

 まあ、話をしたいのはこっちも同じだ。

 立場上自発的に働きかけられないからああしてるんだろうし、そろそろこっちから手を出してやるか。


「あの、すいません。あそこの騎士さんと話がしたいんですけど、いいですか」

「ウォルドー従騎士とですか? かしこまりました」


 一瞬、ほんのわずか怪訝な様子を浮かべたがすぐに掻き消し、騎士は標的の所へ向かい、入れ替わりに標的が小走りでこっちへやって来た。


「最初に言っとくぞ。敬語とかいいから普通に話してくれよ。……んじゃ改めて、久しぶりだな、坊ちゃん」

「……久しいな、ユーリ=ウォーニー」


 少し間を置いた後、フラセース屈指の名門の出である坊ちゃん――ラレット=ウォルドーが、幾分大人っぽくなった声で呟くように言った。


「おいおい、ちょっとは愛想のいいツラぐらいしてくれよな。俺みたいにさ」

「任務中だ」

「分かってるって」


 俺達以外誰も喋っておらず静かなため、自ずとお互い声が小さくなる。


 にしても、成長してるなー。

 背は伸びているし、顔立ちも明らかに引き締まっていて、あどけなさはほとんど消えていた。

 装備も、あの時のいかにも貴族然とした服とは違って、白銀を基調としながらも所々赤色の入った軽装の鎧を身につけている。

 それらの情報だけで、どんな日々を送ってきたのか簡単に想像がつく。


「随分しごかれてるみたいじゃねえの」

「当然だ。聖騎士団はあらゆる分野において高い水準が要求される、精鋭中の精鋭。日々の訓練も相応の厳しさで臨まねばならぬ」

「あの執事は元気か?」

「マンベールか。うむ、変わらず、日々ウォルドー家の為に尽くしてくれている」

「そっか」

「それにしてもまさか、この因縁の地で君達と再びまみえることになろうとはな。それだけでなく、よもや君達がこのような扱いを受けるまでになるとは……」


 そこまで口にしたところで、坊ちゃんが視線を俺からずらし、ミスティラの方へ向けた。


「ミスティラ嬢……」

「……ラレットさん」


 あ、俺でも分かるぐらい、空気が明らかに気まずくなった。

 2人の間にあった目に見えない壁が、また再出現しちまったようだ。


「……今は全てを水底へと沈め、それぞれの任を全う致しましょう」

「……そうですわね」


 しかし、それを必要以上に持ち込まないのは流石というか、2人とも大人だ。


「そうだ。坊ちゃんにどうしても伝えとかなきゃいけないことがあるんだった」


 半ば強引に空気を切り替える意味でも、今回の偶然の再会に際しての必須事項をここで片付けておくことにする。


「何だ」

「ぶったまげるなよ。心の準備をしとけよ」

「勿体付けず早く言うがいい」

「ここで坊ちゃんと勝負したしばらく後の話なんだけどさ……」


 ミヤベナ大監獄でソルティと偶然知り合ったことや、大まかな経緯などを伝えると、案の定硬直していた表情がみるみる緩み、歪んでいき、


「あ、兄上が……ッ!?」

「おいおい、声、声」

「あ……失礼致しました」


 いきなり驚きでデカい声を出したもんだから、周りの人たちが一斉に振り返ってしまい、坊ちゃんが慌てて謝罪する。


「し、しかし何故兄上と斯様な場所で出会ったのだ」

「ツァイの新しい皇帝陛下に潜入調査を頼まれてさ、その途中にな」


 ちなみに名誉のため、一回ハメられたりしたことは黙っておいた。


「やはり兄上は、無実の罪で投獄されていたのか……おのれ、スール=ストレングめ……許さぬ……! 貴様のせいで兄上は勘当という不当な扱いを……周囲からは謗りを……!」


 これだけ怒りに燃えている姿を見るに、兄弟仲は良好だったんだろうな。


「ソルティって、実家にいた時はどんな兄貴だったんだ?」


 尋ねてみると、坊ちゃんは大げさなくらい深く息を吐いたあと、ゆっくりと語り始めた。


「貴族らしさという点では些か疑問符がつくが、私にとっては良き兄であり、長兄にとっても良き弟であったと思う。それに剣や技、魔法の才も、兄弟の中でも一際秀でていたな。特に私などとは比較にならぬほど……」

「ウォルドー従騎士、いつまで無駄口を叩いている。持ち場へ戻れ」


 話の打ち切りを突然に宣告したのは、少し年かさの聖騎士だった。


「はっ! 申し訳ありません!」


 理不尽ともいえる目に遭ったにも関わらず、坊ちゃんは口答え一つせず、一礼してきびきびと戻る動作を取る。

 従騎士と呼ばれているだけあって、どうやら坊ちゃんは騎士団の中でもまだペーペー扱いらしい。


「悪いな、俺が呼び出したせいで」

「君に謝罪される謂れは無い」


 振り返って答えた後、坊ちゃんは元の位置に戻り、粛々と行軍を再開した。


「呼びつけたのは俺なので、彼を責めないでやってもらえますか」

「承知しました」


 さっき呼び出しを依頼した聖騎士からそう無機質気味に返答された直後だった。


「敵襲ーーッ!」

「総員、迎撃態勢!」


 元々色濃かった森の中の邪気が、更に濃厚になったと感じ取った瞬間、周囲の聖騎士たちが停止して瞬時に戦闘態勢を取った。

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