86話『ウォイエンの大樹、蘇る』 その1
ジェリーと合流し、協力の約束を取り付けた後、遅れてやってきた風竜たちにトラトリアの里の人たちを乗せて、俺達は聖都へと向かっていた。
聖都へ戻るには若干の時間が必要だった。
トスト様の飛行速度は風竜を大きく上回るようで、足並みを揃える必要があったからだ。
とは言っても、ツァイやワホンに比べれば、隣国同士の行き来だから圧倒的に近い。
それに、
「わぁ……すごいね、すごいね!」
「ほらジェリー、あまりはしゃいだらダメよ。トスト様のお背中に乗せていただいているのよ」
「あっ、ごめんなさい」
「いえいえ、お構いなく。むしろ喜んでもらえて私まで嬉しいですよ」
大空を翔ける魅力にすっかり取り憑かれたジェリーのはしゃぎようを見れば、緊急事態だってことも忘れて微笑ましい気持ちになってしまいそうになる。
「パパたちにも見せてあげたかったなぁ……」
今ジェリーが言った通り、トラトリアの人全員を連れてきた訳じゃない。
彼女の父親を始めとして、"花吹雪く春息吹"を使えない人間は里に残ってもらうことにしたんだ。
他にも、里を完全に空っぽにする訳にも行かないという事情もあるんだが。
さて、"餓死に至る病"を止めるために必要なウォイエンの大樹を蘇らせる"方法"は目処が立った。
が、もう一つの問題がある。
すなわち、"どうやって行くか"だ。
ウォイエンの大樹は、ツァイ北部に果てしなく広がる大森林の中にある。
場所については、ツァイが観測をしていたってぐらいだから既に見当がついている。
だったら空から行けばいいと普通なら考えるが、そう都合よくも行かないらしい。
トラトリアの里を覆うコクスの大森林もそうだったが、森自体が生きているらしく、相手が何であろうと関係なく、空からの侵入を阻んでしまうそうだ。
だからこそ、悪魔の降下も防げていたという利点も存在するんだが。
トスト様の力をもってすれば森の妨害も無効化できるんじゃないかと思って進言してみたが、ダメだった。
曰く、
『あれほどの規模の大自然の理を強引に掻き乱すのは極めて危険』
なんだそうだ。
残念だけど、確かに大樹を蘇らせるどころか、より甚大な被害をもたらしては世話はない。
となると正攻法、陸路を取るのかって話だが、現状ではこの選択肢も現実的とは言えない。
簡単に想像できるが、道は険しく、距離も果てしなく遠く、大人数で踏破するには多大な労力がかかってしまう。
何せツァイという帝国単位でさえ、割に合わないからと近代以降は誰も行こうとしていなかったほどだ。
それに今の状況だと、道中で餓死に至る病にやられる危険性もある。
と、ここまで聞くと打つ手なしではと思えてしまうが、そこまで深刻になる必要もなさそうだ。
何故なら、大樹までの移動手段についても、ロトの奴が既に目星をつけていたからだ。
奴が言うには、フラセースの領土内に、大樹の下へ行ける転移魔法陣が存在するらしい。
ご丁寧にそれが記された書物を持参していて、トラトリアへ向かう前、俺達に見せてもくれた(正直言うと古代文字で書かれていたため読めなかったんだが)
経緯を簡単に説明すると……
かつて大樹を崇めていた古代王朝は、他国、言い換えればフラセースへ移動する転移魔法陣を用意していた。
元々は何のために布陣したのか、はっきりはしていないが、ともあれ何らかの事情があって国は滅びの道を辿ろうとしていた。
しかし、事実上王朝を牛耳っていた邪教の残党がそれを利用して逃げ延び、あろうことか今度はフラセースへの侵攻を目論んでいたらしい。
その後のことは直接関係ないので省くが、こんな経緯があって、大樹への避難通路が存在するようだ。
魔法陣の風化や破損の可能性については、修復技術が進んでいるため、何とかなるらしい。
ったく、やってくれるよな。
気に食わない奴っていう評価は変わらないけど……とりあえず信用できる奴ではあるって所だけは、認めざるを得ねえか。
「皆さん、よろしいでしょうか。聖都の同胞から連絡がありました」
トスト様が、幾分声音を上げて俺達に話しかけてきた。
「タゴールの森の深部にて、傭兵組合の一団が転移魔法陣を発見したそうです。刻まれている座標や地名も、先日ジャージア=キンダック皇帝から教えられたものと一致しております」
「じゃあ……」
「ウォイエンの大樹へと通じる道を発見できた、と見ていいでしょう」
悪いことだけでなく、良いことも連鎖してやってくるってのが法則なんだろうか。
まるで図ったかのような時機の良さに、俺達は思わずお互い手を合わせて喜んでしまった。
「――ってお前かよ見つけたの!」
「うわははは! 見たか! 三日月斧のカッツ=トゥーン様、一世一代の歴史的大発見を!!」
タゴールの森の奥で転移魔法陣を見つけた傭兵――かつてファミレにいた時、同じ傭兵組合に入っていた仲間だった男・カッツが、上機嫌も上機嫌といった様子で、己のやったことを誇らしげに語っていた。
神聖なる聖都にはまるで相応しくない品性である。
ましてやこんな奴を城の中に上げちまっていいのかよ。
「本当にお前なのかよ。何かのドッキリっつーか、冗談じゃねえのか。もしくは手柄を横取りしたとか」
「んな訳ねえだろ! 他の連中にも聞いてみろっての」
「分かった分かった、少し落ち着け」
「でも、すごいことですよカッツさん」
「うんうん」
「やっぱタルテちゃんやジェリーちゃんもそう思う?」
おいおい、あんまこいつをおだてるなっての。
「言っただろ、いつかでっけえことをやってみせるって。栄光を掴むまで、このカッツ=トゥーン様は決して挫折しないのだ!」
「お気持ちは理解できますが、この格式高きイースグルテの応接間を汚す振る舞いはやめて下さるかしら」
「おう、このバカにもっと言ったれミスティラ」
あんな目に遭って、文字通り悪魔に殺されかけたりもしたってのに、懲りねえ奴だ。
もっとも、こいつが懲りなかったおかげで世界が救われるかも知れないんだから、バカにもできない。
「本当にでかしたぞカッツ殿。今度酒でも奢ってやろう」
「ほ、ほんとっすかアニンさん!」
「うむ、酌もしてやるぞ」
「や、やったぜ……! ついに……! ついにいいい!!」
そのまま卒倒するんじゃねえかってぐらい感激しているぞこいつ。
ていうか勝手にその後のことまで妄想してるだろ。
絶対起こり得ないであろう未来のことまで。
まあいいや。今はあまり構っている時間はない。
現在、聖国側では大急ぎでタゴールの森へ向かうための準備が進められている。
俺達もやることやっとかねえと。
…………。
という訳で、とっととカッツを城の外へ追い出して(そもそも今は傭兵組合も大忙しで、各拠点の防衛などに追われまくっているらしい)支度などをしている内に、聖国側も準備を整え終わったので、即座にタゴールの森へと出発した。
その際自分たちの足で聖都を下り、門へ向かっていったんだけど……悪魔の攻撃による被害は更に深刻になっていた。
ぞろぞろと移動する俺達のことを気に留める余裕さえもなく、負傷者の治療、城壁の修復などにてんてこ舞いになっていた。
そんな光景を見て、トラトリアの人たちもひどく心を痛めていた。
他者の感情を読み取れる花精だから、尚更鋭敏に察知してしまうのだろう。
少し気分が悪くなってしまった人さえいた。
「待っててね。ジェリーたちが絶対、病気を治すから」
そんな中、ジェリーは気丈さを保ち、しっかりとした足取りで進んでいた。
強くなったんだな。
まだ餓死に至る病は聖都まで届いていないみたいだけど、一刻も早く止めなきゃな。
住民たちもまだ絶望しておらず、必死に命や秩序を繋ぎ止めてるが、いつ張り詰めたものが切れてしまうか分からない。
どうか、あと少し持ち応えて欲しいと、心から願う。