85話『ジェリー、少しお姉さんになる』 その2
お勉強と練習をずっと一生けんめいやってたら、いつの間にかお兄ちゃんに話しかけることも忘れちゃってたんだ。
どうしてそれを急に思い出したのかっていうと……
「みんな、大変だ! 空から……!」
"声"が聞こえてしばらくたったある日の昼間、
「悪魔か!?」
「……いや違う! あれは……竜?」
いきなり、空から、
「おーーい! ジェリー!!」
「……ええええっ!?」
金と銀のうろこを持った竜さんに乗った、お兄ちゃんたちが降りてきたから!
「え、え、え、ほんと? ほんと? ほんとにお兄ちゃん?」
もうビックリしちゃってビックリしちゃって、ビックリで頭の中が埋まっちゃって、じょうずに考えられなくなっちゃって、あたふたして見上げながらグルグルしてばっかりで。
「よう、元気そうだなジェリー。良かったぜ」
やっとちゃんと考えられて、しゃべれるようになったのは、お兄ちゃんたちが地面に降りてきてからだったの。
「ユーリお兄ちゃん……」
「ひさしぶりね」
タルテお姉ちゃんも、
「うむ」
アニンお姉ちゃんも、
「御機嫌いかがかしら」
ミスティラお姉ちゃんも、
「眼鏡は……私の眼鏡はどこですかッ!?」
シィスお姉ちゃんも、みんないる!
「眼鏡は頭の上に乗っかってるだろ。……んなことよりジェリー、少し背が伸びたんじゃないか?」
「えへへ、お兄ちゃんと約束したとおり、毎日ちゃんといっぱいごはん食べて、いっぱい寝たんだよ。あっ、お勉強もちゃんとしてるよ!」
「そっか、偉いな」
「お兄ちゃんも、お姉ちゃんたちも、最後に会ったときよりも大人になってるね。それに、やさしいところも変わってないね」
「そうかぁ?」
「それとね、それとね、えっと……」
おかしいな。
言いたいことがいっぱいあるのに、なんだか胸がキュンってして、お口も上手に動かなくなって……
ああ、もういいや!
「ずっと会いたかったんだよぉ!」
「あっ、ちょっと待った」
「待てないよぉだ」
ほんとは止まれたけど、わざと止まれないふりしちゃった。ごめんね。
受け止めてもらえそうだったしね。
「えいっ」
それで、お兄ちゃんの中にすっぽり入るみたいに抱きついてみたら……
「……ぁっ!」
くるしい……いたいっ……!
中にトゲトゲがいっぱい入っている、真っ黒な泥水みたいなものが、一気にジェリーの心の中に入ってきたの。
これってきっと、ジェリーとお別れしたあとにお兄ちゃんが受けてきた、悲しい、つらい気持ちや……痛いって気持ち……
どんなものを見たり聞いたりしたら、こんなものが生まれるの?
パッと見ただけじゃ分からないように隠していられるの?
「俺も嬉しくてたくさんギュってしたいのは山々だけどさ、ちょっと風邪気味なんだ。離れててくれ、ごめんな」
……そっか、だからお兄ちゃん、待ってって言ったのかぁ。
これをジェリーに伝えたくなかったから、今もまた、ウソついてるんだ。
あっ、よく見たら、おめめの奥も暗くなってる……
よしっ。
「……はなさないよ。だって、久しぶりに会えて、すっごくすっごくうれしいんだもん! それにジェリーはちゃんと早寝早起きしてるし、ごはんも食べてるから、風邪なんかに負けないもん」
今度はぜったい、痛くなっても顔に出さないようにしなきゃ。
それにもっと強くぎゅってして、お背中をぽんぽんってしてあげて……
「……相変わらずジェリーは優しいな。楽になったよ、ありがとな」
あっ、さっきより、心の泥水の量が減って、トゲトゲもなくなった!
これって……ジェリーがお兄ちゃんをちょっと助けられたってことかなぁ?
だとしたらうれしいな。
「ううん。ありがとうって言いたいのは、ジェリーのほう」
それに、また新しく分かったことがあるよ。
お兄ちゃんがだいじょうぶなのは、タルテお姉ちゃんがそばにいるからなんだね。
……またちょっとおむねの奥がチクってした気がするけど、うん、平気。
「勇気、出せたんだね」
「ああ、ジェリーが背中を押してくれたおかげでな」
「ははは、タルテ殿、お熱い場面を見せつけられて、やきもちを焼いたりせぬのかな」
「焼くわけないでしょ」
「ふぅ、やっと視界に落ち着きを取り戻せました……ってあああ!? 今度は靴が片方無くなっている! どこ、どこ!?」
ふふっ、ほんとにみんな、あの時のまんまだなぁ。
「……」
あっ、でも、ミスティラお姉ちゃんは……
ぜんぜん顔には出してないし、目が合ったらニコって笑われたけど、体中からものすごく強い思いが出てる。
つらい、ってだけじゃなくて……どうなってもいい、って気持ちも混ざってる。
その理由って、きっとそうだよね。
「ミスティラのことはそっとしといてやってくれ。あいつの自尊心を守ってやって欲しいんだ」
「……うん」
ジェリーにもなんとなく分かるよ。
「トラトリアの里の皆様、然るべき手続きも踏まず、急に押し掛けてしまった非礼をお許し下さい」
「いえ、こちらこそ何のおもてなしもできず申し訳ありません、聖竜王・トスト様」
あっ、ジェリーたちが色々してた間に、里の人たちはもうお話を進めてた。
へえぇ、あの竜さんがトストさまなんだぁ……
そういえば、聖都や四大聖地で見た絵や石像とそっくりだね。
それに、雰囲気も他の竜さんと違ってて、おっきくて優しくて、あったかい感じがする。
「お構いなく。……皆様も先日、頭の中に響いてきた声を聞いたかと思います」
「はい。里の者一同、漏れなく。お恥ずかしい話ではありますが、あの時を境に、少なからず里に混乱が生じております。幸い、この森の中にはまだ餓死に至る病の魔手は伸びておりませんが……」
「心中お察し致しますと共に、危急の際ゆえ、早速本題に入らせて頂いてよろしいでしょうか。花精の皆様にご依頼したい件があり、お伺いした次第です。
全世界に広がろうとしている餓死に至る病を止めるため、自然の理に通じ、草木を蘇らせる術を持つ花精の皆様の力が必要なのです。どうか力をお貸し願えないでしょうか」
「かしこまりましたトスト様。意見を取りまとめるまでもなく、心は決まっております。我らトラトリアの里一同、あらゆる労苦を惜しみません。何なりとお申し付け下さい」
「おお……フラセースを預かる者として、トラトリアの皆様の慈悲、迅速なるご決断に深く感謝致します。つきましては――」
今のお話ってつまり、ジェリーたちにできることがあるってことだよね?
世界中の苦しんでる人たちを、助けてあげられるってことだよね?
「ねえお兄ちゃん。ジェリーも、いっしょに行っていいのかな?」
「もちろんだ。というかむしろ来て欲しい。ジェリーの力も必要なんだぜ」
あ、ほんとのこと言ってくれてる。
今つないでる手をはなしてたとしても分かるよ。
「じゃあ、またいっしょにいられるんだね」
「ああ、本当はもっと平和な時に会いに行きたかったんだけどな」
「そうだね」
ほんとは、こういう時はあまりよろこんだらいけないんだろうけど……
それでも、お兄ちゃん、お姉ちゃんたちとまた会えて、うれしかったな。
それに、やっぱり約束のことをずっと考えてくれてて、守ろうとしてくれたのが分かって、それもすごくうれしかったな。
やっぱりジェリー、お兄ちゃんのことが大好き!
「お兄ちゃん。ジェリー、がんばるからね」