85話『ジェリー、少しお姉さんになる』 その1
「ジェリー、起きなさい」
夢とほんとの間にあるふわふわが、ぷっつりとなくなっちゃったと思ったら、ママの手がジェリーの体をゆさゆさしてたの。
ケーキ、ドーナツ、アップルパイ……たくさんのお菓子が、あっという間にパッて全部消えちゃって……おかしいな?
「ふにゅ……? あまいのは……?」
「まだ夢の中にいるのね。もう、しょうがないわね」
あ……ぎゅってあったかいのが……
そしたら、ちょっとずつ分かってきて、ほんとにもどってきて……
「ママ……? おはよう……」
「おはよう、ジェリー」
いっけない、また寝坊しちゃったみたい。えへへ。
「今日もエレッソ先生の所でお勉強するんでしょう? 急がないと。朝ごはんできてるから、お顔を洗っていらっしゃい」
「はーい」
うにゅ……まだ頭がぼんやりして、体も重い……
最初のころはちゃんと1人で起きられてたけど、おうちになれちゃったら、お寝坊してばっかりになっちゃった。
こういうの、なんて言うんだっけ?
前にお兄ちゃんから聞いた言葉……へいわぼけ、だっけ?
ユーリお兄ちゃん、タルテお姉ちゃん、アニンお姉ちゃん、ミスティラお姉ちゃん、シィスお姉ちゃん……元気かな?
みんながジェリーを助けてくれたおかげで、今はすごく幸せだよ!
「ふぅ、気持ちいい~」
冷たいお水でお顔を洗ったら、やっと頭の中がすっきりしてきたの。
「パパおはよう、ごめんね、おなか空いてるのに待たせちゃって」
「おはよう、ジェリー。もうお腹ペコペコだよ。まったくお寝坊さんだな」
「ぶー、パパだって時々お寝坊して、疲れたお顔してるくせに」
そう言うと、パパったらいつもあわあわするの。どうしてかなぁ?
「ほ、ほら、早く食べましょう」
それとママも、なんでか分からないけど同じようにあわあわするの。
「うん。いただきまーす」
まあいっか。
それよりも、ママの作ったごはんを、毎日いっぱい食べられるの、ほんとに幸せ!
今日の朝ごはんは、ふわふわのパンとオムレツとサラダ、それと甘い果物の絞り汁!
もちろん、ちゃんと全部食べたよ!
たくさん食べて大きくなるって、ユーリお兄ちゃんと約束したから。
「……ごちそうさまー!」
ごはんを食べおわったら、ちゃんと歯をみがいて、おじいちゃん……じゃなかった、エレッソ先生のところに行くの。
あっ、その前にパパやママとちょっとお話をするんだけど、ちょっと気になったことを言われたの。
「もしお姉ちゃんになれたら、ジェリーは嬉しい?」
って。
だから、
「すっごくうれしいよ!」
って答えたの。
ほんとだよ!
弟でも妹でもどっちでも、みんながジェリーにしてくれたみたいに、いっぱいかわいがってあげたいなぁ。
でも、まだ先のお話だから、今は他のことに集中しなくちゃね。
「いってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
お兄ちゃんといっしょにリレージュで試練をうけて、"花吹雪く春息吹"を使えるようにはなったけど、まだ覚えなきゃいけないことはたくさんあるんだ。
"いちにんまえ"になってからが本当に色々お勉強しないといけないときだって、パパもママも先生も言ってたから。ね?
「みんな、おはよー」
お外で最初にあいさつしたのは、里にいっぱい生きてる、草や木や花たち。
花精は声をかけなくても伝えられるらしいけど、今のジェリーはちゃんと声をかけたいんだ。
もちろん植物だから、ことばでお話はできないけれど、ちゃんと気持ちは伝わってくるから。
――――。
ほら、こうやってあちこちからあったかい気持ちが戻ってきてるよ。
そうそう、最近やっと分かったんだけど、植物も海みたいに、深いところではひとつでつながってるんだって。
土の下にうまってる根っ子とはちがう、目に見えないところで……
「うん、今日も元気そうでよかったぁ」
あいさつを終わらせて、いつもみたいに、おっきな池の上を歩いていくと、今度は橋の上でおしゃべりしているお姉ちゃんたちに会ったの。
「あら、ジェリーちゃん。おはよう」
「おはよう、フリンお姉ちゃん、パンナお姉ちゃん!」
「今日もお勉強かしら? 頑張ってね」
「うんっ」
フリンお姉ちゃんとパンナお姉ちゃん、ほんとに仲良しだなぁ。
いつもいっしょにいるんだもん。
でも、好きな男の人が見つかったらどうするんだろう?
いっしょにいられる時間がへっちゃうよね?
結婚したいって、よく言っているけど。
分からないから、まあいっか。
あっ、ぼーっと考えているうちに、先生のおうちについちゃった。
「せんせー! おはようございまーす!」
「ほっほ、今日も元気いっぱいじゃの。ええことじゃ」
とびらを開けて出てきたおじいちゃん、じゃなかった、エレッソ先生も、いつもといっしょ。
もちろん、フクロウのチーノもいっしょで、先生の肩にとまってたよ。
「えへへ」
「さ、入りなさい。早速授業を始めるかの。今日は……」
さっきも言ったけど、ジェリー、お兄ちゃんお姉ちゃんとお別れしてから、いっぱいお勉強してるんだ。
魔法や植物のことだけじゃなくて、花精や他の人たちの歴史とか、使命とか……
それとね、もうちょっと大きくなったら、別のお勉強もしなくちゃいけないみたい。
それは先生じゃなくて、別の人が教えてくれるらしいんだけど……なんのお勉強なんだろ?
今はまだわからないけど、お別れしてからいっぱい覚えたことがあるから、それをお兄ちゃんお姉ちゃんたちに見せたいな。
新しい魔法もそうだし、背もちょっとのびたし……
それとそれと、みんなもどんなふうに変わったのか、知りたいな。
きっとお兄ちゃんお姉ちゃんも、新しいものをいっぱい見て、聞いて、さわって、覚えてるはずだから。
……お話がしたいなぁ。
ワガママだって分かってるけど、トラトリアでのくらしになれちゃうと、お兄ちゃんお姉ちゃんたちと旅をしてたころのことがなつかしくなっちゃう。
またいろんなところに行きたいなって、つい考えちゃう。
……楽しかったなぁ。
今度はいつ、みんなと会えるのかなぁ。
ジェリーね、お兄ちゃんのこと、ずっと信じてるよ。
「また会いにきてくれる」って、約束してくれたもんね。
お兄ちゃんは絶対、約束を守ってくれるもんね。
「これジェリー、聞いとるのか」
「……え?」
……あ、いっけない。
お勉強してる途中だった。
「……えへへ、ごめんなさい」
「仕方ないのう。素直に告白したから、特別に家の周りを10周するだけで許してやるわい」
「はーい。行ってきまーす」
「転ぶでないぞ。ゆっくりな」
エレッソ先生はいつもやさしいから、大好き!
――――。
「――な、なんだったの、今の!?」
先生に言われた通りにお外を走ってたら、スール=ストレングっていう知らない男の人の声が、いきなり頭の中に聞こえてきたの!
え、え、どういうこと?
お兄ちゃんのブルートークみたいな力ってこと?
「ジェリー!」
「先生!? ねえ、さっき……」
「ジェリーにも聞こえておったか」
「エレッソ老! 今し方……!」
里のみんなが、おどろいた顔をして、すごい勢いで走ってきたの。
ジェリーや先生だけじゃなくて、里のみんなにも聞こえてたみたい。
「ひとまず授業は切り上げじゃ。よいなジェリー」
「は、はい」
「まずは協議せねば……里の大人たちを集会所に集めよ」
「分かりました」
その日の授業はおしまいになって、おうちに帰ったんだけど、そしたら今度はパパもママも"話し合いがあるから"って、入れかわるみたいに里の大人たちの集まりに行っちゃった。
「心配しないでジェリーちゃん」
「"森の加護"があるトラトリアの中は安全だから。ね?」
かわりにフリンお姉ちゃんとパンナお姉ちゃんがそばにいてくれたから、さびしくなかったけど……
わかんないことがいっぱいあって、頭がモヤモヤするよ。
それにお姉ちゃんたちも、すごく不安そうだよ。
だれも行けないはずのインスタルトにいる、スール=ストレングって、どんな人なんだろ?
犯罪者、って言ってたから、悪い人なんだろうけど……どうして男の人なのに女の人みたいな話し方してたのかな?
悪魔って、タゴールの森でお兄ちゃんたちがやっつけたのだよね?
あんな強いのがたくさん出てきたら、どうなっちゃうんだろう。
今はまだ、だいじょうぶみたいだけど……
それに、"餓死に至る病"っていうのも何なんだろう。
なによりいちばん気になったのは……どうしてあの人、アニンお姉ちゃんのことを知ってるんだろう?
どんな関係があったんだろう?
ちっともわかんない。
お勉強が足りないなぁ。
ジェリーたちといっしょに声を聞いてるはずのお兄ちゃん、お姉ちゃんは知ってるのかな?
みんな、だいじょうぶかな?
……ううん、きっとだいじょうぶ。
だいじょうぶどころか、なんとかしようって動いているはず。
だってユーリお兄ちゃんは、困っている人を助ける"ひーろー"だもんね。
ジェリーにも、なにかできることはないかな。
うん、そりゃあ、武器は使えないし、魔法もまだまだ完ぺきじゃないけど……世界中がきっと大変なことになってるのに、なにもしないでいるのはイヤだよ。
――お兄ちゃん、聞こえる? ジェリーだよ。聞こえてたら、お返事して?
ためしに、心の中で話しかけてみたけど、ダメだったの。
……でも、あきらめないよ!
何回でも声をかけ続けるんだから!
それだけじゃなくて、お勉強もちゃんとやらなくちゃ。
あの声が聞こえた日から、先生や大人の人たちは森の見張りとか結界を張ったりで忙しくなったから、新しいことは教えてもらえなかったけど、魔力を少しでも強くしたり、詠唱を早く、失敗しないようにする練習はひとりだけでもできるから!
少しでも強くなって、なにかあったとき、ちゃんと役に立てるようにならなくちゃ!
だって、ジェリーだって、もう一人前の花精なんだから!