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14話『コラク、更に小さく寂れた村』 その1

「もし遅れても、ある程度なら出発を待ってもいい。何せあんた方は命の恩人ですからね。見捨てられる訳がない」


 コラクの村の人から鬼狩りを頼まれたことを船長さんに説明しに行くと、そんなありがたいことを言ってくれた。

 とはいえ、お言葉に甘えて行動を遅らせる訳にもいかねえ。

 なるべく早く片付けなきゃな。


「僭越ながら、食糧集めは私が引き継ぎます。実家にいた時、修行の一環で野営生活や狩猟なんかもやったことがありますから」


 更にシィスも、嬉しいことを言ってくれた。


「すんません。なるべく早く戻ってきますんで、よろしく頼みます」


 ほんとにいい人達ばかりが周りにいてくれて、俺は運がいい。

 つくづくそう感じずにはいられなかった。


 とりあえずこの日はもう夜更けだから、町長さんたちには一旦帰ってもらい、明日の夜明け前に出発することを決めた。

 そうと決まれば、最低限の荷造りをして、さっさと就寝だ。


「……っ」


 ちっ、またか。

 胸の違和感が、最初に表れた時よりも濃くなってやがる。


 これは虫の知らせって類じゃあない。

 もっと別の何かだ。


 いや……本当は薄々分かってる。

 心の奥底では正体に気付いている。

 だが、今はまだ深く考える必要はない。

 早いとこ準備を済ませて寝ちまおう。


 幸い、元々寝つきがいい方だから、あっさり眠りに落ちることができた。




 そんなに長くもない眠りを経てまだ暗いうちに起床、夜の番をしていた船員に挨拶をして船を降り、町長さんやコラク村の人――サカツさんと合流、報酬の前金や馬などを受け取って、予定通り夜明け前に町を出る。

 道中に鬼や魔物と遭遇しても戦えるよう、念のため朝メシは少なめにしておいた。


 用意された馬は3頭。

 1頭はサカツさんが乗り、残り2頭には乗馬経験のある俺とアニンが、それぞれタルテとジェリーを乗せて進む形になる。

 アニンの奴が勝手に組み合わせを決めやがったのである。


 馬に乗るのは久しぶりだったけど、特に問題なく進ませることができた。

 暗い世界を灯りで照らしながら進むのは、中々に雰囲気のあるもんだ。


 コラクの村はミャンバーの北西にあるらしい。

 ひたすら山道を進まなきゃいけない訳でもなく、途中までは平坦な道を進んでいけるようだ。


 道中、魔物の気配はなく、平和だった。

 それとサカツさん、普段は割と無口な性格らしく、こっちから話を振らない限りは一切喋らず、先頭に立って黙々と馬を進ませていた。

 まあ、不安や緊張のせいもあるのかもしれないけど。


 不安や緊張といえば、ジェリーが珍しく、サカツさんに対して人見知りしていた。

 別に嫌っている訳ではないようだが、まあそんなこともあるだろう。


 下手すりゃ眠っちまいかねないような、かなり単調な道行きだったが、実際はそんなに退屈しなかった。

 刺激的ではないとはいえ、未知の場所を眺めるのがまず楽しかったし、真っ暗だった空が段々と明るくなって、風景に色がついていくのは見ていて美しかった。

 ただ、今日もあいにくの空模様で、灰色ですっぽり覆われていたのが残念だ。


 あと、気になることが一つ。

 前に座らせているタルテが、さっきからどこかそわそわして見えるんだよな。

 時々こっちをチラチラ見てるし。


「どうした、尿意が限界に近付いてんのか? 我慢は毒だぞ」

「バッ……ち、違うわよ! その……昨日の夜から、あんたの様子が少し変に見えたから」


 こいつ、けっこう勘が鋭い所あるよな。

 とりあえず適当に理由をでっち上げとくか。


「流石のユーリさんも、ちょっとばかし緊張してるんだろうな」

「そうなの?」

「人食い鬼なんて初めて見るからなー。でもま、心配ねえよ。"餓狼の力"があれば勝てるって」


 前にいるサカツさんが、ピクリと体を動かした。

 "人食い鬼"という言葉に反応したのは明白だ。


「サカツさん、人食い鬼ってそんなにヤバい奴なんですか」

「……はい。村の男衆が総出でかかっても、到底歯が立ちません」


 その言葉を聞いて頭の中で不意に、先日やりあった巨大な船食いイカと船員たちの姿が浮かぶ。

 上手くやれそうだ、という確信が更に強くなった。


「俺達に任せといて下さいよ」

「はい、頼りにしてます」


 途中、何度か休憩を挟み、山のふもとにあるコラク村に到着したのは、日が傾きかけた頃だった。


「おおサカツ、早かったな。して、後ろの方々が……」

「ああ、人食い鬼を退治してくれる戦士様方だ」

「戦士様、お疲れでしょうが、まずは村長の所へ来ていただけませんか」


 えらく手際よい流れで、俺達は村長さんのいる建物へと案内される。

 その途中で失礼にならない程度に村の様子を観察してみたが……

 飾らずに言っちまうと、ミャンバー以上に寂れた村だった。

 寄り添って細々と生きているっていう言葉がピッタリだ。

 古く小さい家が特定の区画に密集し、田畑からは痩せた作物がちらほら姿を覗かせている。

 過疎部の村ってのはこんなもんなんだろうが、寂しいもんである。


 いや、それだけじゃない。

 何より村人たちの雰囲気が暗い。

 農作業や水くみをしてる大人も子どもも、一様に恐れの感情をまとっている。

 そりゃそうだよな。事情を考えりゃ無理もない。


 体を張って笑いを取りにいったとしても、不発に終わってしまうだろう。

 俺が仕事をやり遂げることで、せめて少しでも雰囲気が明るくなればいいと思う。


「……敗れた者たちの末路だ」

「え? どういうことだよ」


 アニンの突然の呟きの意図が、さっぱり分からなかった。


「いや、何でもない。忘れてくれ」


 が、それきり口を堅く閉ざしてしまう。

 詳しく聞いてみたいが、話したくなさそうなのでしょうがない。


 村長さんの家は、他のそれと大差ない外観だった。

 きっと中も同じようなもんなんだろう。土間を経て板張りの広間が奥に続いている、極めて簡素な作りだ。


「村長、戦士様を連れてきました」

「おお……遠い所からよくぞ」


 広間の中央にある囲炉裏の横に座っていた村長さんは、全身から水分が抜けているかのようにカサカサした姿と声をした老人だった。


「皆の衆、戦士様方をもてなすのじゃ。さあさ、とりあえずは座って話を聞いて下され」


 俺達はお邪魔しますと一声かけて上がりこみ、言われるがまま囲炉裏を囲んで座り込んだ。


「お主は下がってよい。ご苦労じゃった」

「はい」


 サカツさんが退出すると同時に、女の人たちがいる土間の方から物音がし始める。

 正直、あまりのんびりもしてられないんだが、断るのも失礼だろう。

 とりあえずはそこそこに付き合っておくか。


「どうぞ」

「あ、ども」


 お茶を出してくれたのは若い女の子だった。

 俺よりも二つか三つぐらい年下だろうか。

 美少女といって差し支えないが、憂いを帯びた雰囲気が実年齢よりも大人っぽく見せている。


「孫娘ですじゃ」

「そうなんですか」


 二の句に困ってしまったので、お茶を口にして誤魔化すことにする。

 村長さんもそれ以上、孫娘の話を膨らませるつもりはないらしく、声を落として本題を語り始めた。


「奴ら……ヤマモがこの地に棲みつくようになってから、わしらの生活は地獄そのものです。一定の期間ごとに村から生贄を要求し……食ってしまうのですじゃ。

 そして、もしも従わぬ場合は……村の者を皆殺しにして食う、と」


 年寄りが言うと、凄味が数割増しになる気がする。

 事実、横にいるタルテとジェリーは体を震わせていた。


「このままだと村は緩やかに滅んでしまいます。戦士様方もご覧になられたでしょう、村の衆の暗く淀んだ顔を。どうか、哀れな我らを救って下され」

「分かりました」


 ……っ、まただ、また胸の中が。

 今度は心臓を覆い隠してしまうくらい、モヤモヤがはっきり現れてきやがった。

 頼むから、しばらく大人しくしてろ。


「それで、ヤマモの住処はどこに」

「詳しくは分からんのです、申し訳ない。ただ、いつも裏手の山から現れているのは確かですじゃ」


 居場所探しからやらなきゃいけない、ってことか。

 思ったより時間がかかっちまいそうだ。


「見つけたら即、一刻も早く攻撃し、殺して下され。奴は人間の言葉を用い、あらゆる佞言甘言でこちらを惑わせてくるでな」


 その他にも色々と情報や注意事項を聞いているうちに、土間から食べ物の匂いが漂ってきて、ホカホカした発信源が俺達の目の前へと運ばれてきた。


「ワホンの方に田舎のものをお出しするのはお恥ずかしいんですが、お口に合えば」

「いやいや、美味しいっすよ。これがいつも食べられるなんて、旦那さんがうらやましいなー」


 正直、ワホンや船の上で食ってたものに比べると味は落ちるが、腕前ではなく食材が理由だろう。

 優れた料理の腕で、精一杯のもてなしをしてくれてるのは凄い伝わってくる。


「あら、お上手ですね」

「ジェリーもこれ好き」

「まだあるから、たくさん食べてね」

「うん」

「お嬢さん以外のお三方、お酒もどうぞ」

「いえ、俺はいいです」


 横でタルテが、少し意外そうな顔をしかけていたのが見えた。

 んだよ、当たり前だろ。

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