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84話『ユーリ一行、餓死に至る病を止める術を知る』その2

「な……何だって!?」


 ロトの発言に思わず俺達全員、声をピッタリ合わせて驚いてしまう。


「それは真かロト殿、いや新皇帝陛下」

「偽りは申さぬ。だがその前に確認したい。今も各所にて記録が残され、語り継がれている、かつて聖竜王が引き起こした、天より"いと甘き麺麭パン"を降らせたという奇跡、再び起こすことは出来ませぬのかな」

「……残念ながら、二度起こすことは出来ません。あの後も幾度か、無論今回病が蔓延した折にも試行してみましたが、"扉"がどうしても開かなかったのです」


 トスト様が顔をしかめ、申し訳なさそうに声を低めて言う。

 人間状態――いつもひょうげた振る舞いをしていたリージャンさんの姿でそんな態度を取ってみせたことがおかしいなどとは到底思えなかった。


「左様ですか。では当初の予定通り、こちらの話を進めましょう」


 ロトは特に気にした様子もなく、淡々と話をし始めた。

 "扉"ってのが何なのか気になりはするが、話の腰を折る訳にもいかないしな。


「餓死に至る病を止める方法ですが、結論から申し上げますと、鍵は"ウォイエンの大樹"にあります」

「ほう」


 ウォイエンの大樹ってあの、ツァイ北部の大森林にあるっていう……


「それは初耳ですね。しかし何故、あの大樹が病を止められるのです?」


 興味深げに声を発したトスト様が、更に尋ねる。

 トスト様も知らなかったことなのか。


「聖竜王などと呼ばれてはいますが、決して全知全能ではありません。所詮は少しばかり長生きしている程度の竜ですから。知らないことも山ほどありますよ」


 こっちの心を読んだかのように、トスト様が苦笑した。


「トスト様、そのような御謙遜を……」

「御存知ないのも無理からぬこと。我がツァイ帝国の中においても、皇家しか知り得ぬ秘中の秘ですからな」


 あたふたするミスティラに欠片も関心を示さず、ロトは淡々と言葉を継ぐ。


「とはいえ先帝達も、そして私自身も、その詳しい仕組みを完全に把握しておりません。未だ解明されていない部分が多々あるのですが、とにかく病の終息に関係しているのは事実という点だけは保証致します」


 はっきり言ってこいつのことは気に食わないが、今更疑う理由も余裕もない。

 黙って詳細を聞く姿勢を取るべしと心がけていたら、自然と背筋が伸びていた。


「かつて、この場にいる人間が全員生まれ落ちるよりも遥かな過去、現在と同様に餓死に至る病が蔓延したことがあった事実はご存知ですな」

「ええ、四大聖地を中心に、フラセース各地にも記録が残されておりますわ」

「私も資料を読んだことがあります」


 ミスティラやシィスを筆頭に、一様に首を縦に振る。

 俺?

 ……そりゃあ一応知ってたけど。


「ならば要点のみを掻い摘んで話させて頂く。――どこからともなく、予兆もなく発生した病はたちまち世界中に蔓延し、あらゆる生命を蝕んでいった。如何なる手段による治癒も効果を得られず、このまま滅びを待つのみかと思われたその時、突如としてウォイエンの大樹から無数の光の粒が次々と生まれ、空気に溶け込みながら風の力を借りることもなく独りでに世界中へ広がっていき、それらにより病が全て消失した。以上だ」


 ほんとに掻い摘んで話しやがったな。


「あの、ロト……皇帝陛下。伺ってもよろしいでしょうか」


 概要を聞き終えた後、遠慮がちに質問を投げかけたのはタルテだ。


「言ってみるがいい」

「お考えあってのこととは承知しておりますが……今お話された内容を、どうして今まで秘匿なされていたのでしょうか」

「扱いによっては毒にも薬にもなるからだ」

「毒……」

「書物にはこうも記されていた。太古、かつてツァイ大陸北部に存在していた王朝のとある王は、大樹を利用して世界中に死の青き光を撒こうとしていた、と。その王朝は現在の大森林の辺りに都を置き、忌まわしき邪教と大樹とを結び付けて崇めていたと記録が残っている。大樹に斯様な力があったという話が漏れ広がれば、長い年月をかけて築いてきた国家間の秩序はたちまち乱れ、無用な争いが生まれぬとも限らぬだろう?」

「……確かに、そうですね」


 おいおい、これまで歴代の皇家が秘匿してたと言ってた割には随分あっさり話しちゃったな。


「つーか、自分らだけ知ってたって時点で充分危ねえだろ。言い換えりゃ、大量殺戮兵器を独占して隠し持ってたってことじゃねえか。まさか『自分たちは正しく扱えるから』なんてお考えになってる訳じゃねえよな?」

「考えるも何も、其方が言うところの"悪しき方向"に用いる方法は失伝している」

「それが信用できねえってんだよ」

「まあまあ、落ち着いて下さいユーリ殿」

「……失礼しました」


 トスト様になだめられては、黙るしかない。


「ジャージア=キンダック皇帝。ここまで話して下さったということは……大樹にまつわる情報の独占、及びその他諸々を放棄したと受け取ってよろしいのですかな」

「結構。私とて世界の破壊や破滅は本意では無い。力を背景に他国を支配するつもりも無い。全てが落着した後、あらゆる情報を正式に公表しても構いませぬ」

「承知しました。貴重な情報を惜しげなくお話して下さったこと、感謝致します。こちらは何を見返りに差し上げればよろしいでしょうか」

「それは後日、改めて別個に会談の場を設けさせて頂きたい。今は協力し、眼前の問題を解決することに専念しましょう。まず成すべきは、大樹を蘇らせることです」

「蘇らせる?」

「立地の問題で遠方よりの観測結果だが、ウォイエンの大樹は現在、その姿が消失していることが確認されている。原因は不明だが、枯れてしまったか、或いは何者かによって伐採されたと見るのが妥当だろう」

「マジかよ……」


 思わずタルテと顔を見合わせてしまう。

 だから大森林の辺りを飛行してた時に影も形も見えなかったのか。


 シィスが、眼鏡に手を当てながら小さくため息をつく。


「枯れてしまった伝説の大樹を蘇らせる方法などあるのでしょうか?」

「……ある」


 ほとんど脊髄反射で答えてしまったのは、ロトではなく俺だった。

 閃きは、すぐに訪れた。

 まるで、あの時の経験が、辿ってきた道が、全てこの瞬間のためにあったんじゃないかと思えてきたほどに。


「うむ、確かに」

「うってつけの手段がありますわね」


 みんなも同じく、瞬時に俺と同じ解答に辿り着いたようだ。


「ジェリーの、花精の力を借りられれば……」

「その通りだ。しかしツァイには花精の集落が存在せぬ。ここへ参じたのは、橋渡しを依頼したいといった事情もある。それと其方らは、花精と浅からぬ結び付きがあるからな」


 ロトの方も、あらかじめ対応策を把握していたらしい。

 俺達に会いたいって言っていたのも、ジェリーとの関係や、トラトリアの里へ足を運んだことを全て調査済みだったからか。


「おおよその事情は理解致しました。まずは急ぎ向かいましょう。タリアンの、トラトリアの里へ」


 トスト様の一声に、俺達は一様に頷いた。

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