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83話『アニン、雑音の剣を振るう』 その5

 距離を詰めながら、敵構成をざっと確認。

 直接交戦したのは、あの"帰れずの悪魔"のみだから当然と言えば当然だが――全て見たことのない種類だった。


 目立つのは、蟻や蝿がそのまま熊ほどに巨大化したような形状の悪魔。

 少なく見積もってもそれぞれ10匹以上はいる。

 帰れずの悪魔――蜘蛛型はいないようだ。


 再修行中も振り払えずにいた、心の奥にある雑音は未だ止んでいなかったが、支障はない。

 そう断じられるのは、虚勢ではなく、自信があるからだ。

 眼前の悪魔の群れは、今の私にとって、恐れるに足りぬ相手。


 さしたる脅威は無し。


 私の気配に反応した悪魔達が躍りかかってきた。

 蟻型が3体一列になり、蝿型は左右へ散って旋回。

 それぞれ鋭利な脚や触角を突き出している。

 随分と統制が取れているのだな。


 それに加え、速い。

 並の戦士では到底反応できず、たちまち全身を串刺しにされてしまうだろう。


 ……しかし。


「……!」


 "帰れずの悪魔"もそうだったが、行動も呼吸も規則的すぎる。


 蟻か蝿か、どちらかを狙えば、もう一方が攻撃にかかる。

 受けに回れば、両方が前後左右から回避不能の攻撃を仕掛ける。


 分かりやすすぎる。


 蜘蛛と戦ったあの時は不覚を取ったが、今の私の剣と、この程度の相手ならば、その間隙を突けば――殺傷は容易。

 技を用いるまでもない。


「ぬんっ!」


 このように、高速飛行する金属の体でも、剣を傷めることなく両断するのは充分に可能。


 加えて、統制を突き崩すのも容易い。

 誰が倒されたらどのように補うのか、型にはまりすぎているのだ。

 先読みしつつ各個撃破していけば、手傷を負うこともなく、最小限の労力で敵を殲滅……


「……ほう、やはり、頭部を切り離した程度では死なぬのか」


 撃破したと思っていた、地に倒れ伏していた蟻型が、再びのろのろと動き出したではないか。

 あの蜘蛛も似たような現象を見せたが、生物なのか疑わしくなるな。


 もっとも、全く問題はないが。


「ならば手足や翅も捥ぐとしよう」


 精々、少しばかり手間が増える程度だ。


「この程度か?」


 斬撃の最中、戯れに話しかけてみても、返事はおろか、何の感情の動きも見られない。

 そこが奇妙と言えば奇妙だったが、悪魔とはそのようなものなのだろうと勝手に納得する。


 楽勝だ。

 己惚れではなく、今の私ならばあの蜘蛛型でも単独で討てる自信はある。


 いや、討てなければならぬ。

 さもなければ、悪魔を遥かに超えた化物――スール=ストレングを斬るなど到底不可能。


「……頼む、悪魔達よ。もっともっと、私に稽古をつけさせてくれ。あの化物を討つ為の試練を、私に与えてくれ」


 不謹慎ながら、新しく蒼天から降り注いでくる悪魔達に対し、まるで流れ星にそうするかのように祈ってしまった。




 斬る。

 斬る。

 斬る。

 斬斬斬斬斬斬斬斬……




「……打ち止め、か」


 斬り続けている最中は余計なことを考えていなかったが、標的を失って我に返った瞬間、物足りなさが込み上げてくる。

 土や草の上に散乱した欠片の量からして、相当数の悪魔を斬ったはずだが、未だ心身共に高揚感の方が支配的だった。

 剣を向け合いながら師と対峙していたあのわずかな時間の方がよほど疲弊したな。


 とはいえ、ひとまずはこの村を悪魔の襲撃から"は"守ることができた。


「よく言い付けを守り、良い子にしていたな」


 指示通り息を殺して陰に潜んでいた男達に声をかけてみたが、一様にどこかおどおどしていた。

 まさか、恐れられてしまったか?

 それはいいとしても「やっぱりおめえ強いじゃねえか。隠れて飯食ってたんだろ」と思われてしまうのはよろしくない。

 本来の目的に支障が出てしまう。


「……あ、ありがとうございました」

「助かったっす」


 などと考えていたが、その辺りは杞憂のようだ。

 やけに神妙に、礼など言われてしまった。


「礼には及ばぬ。感謝を求めていた訳ではないからな」


 それにどうせならば、ユーリ殿に褒められたいと思ってしまう。

 あの柔さと硬さの入り混じった、何とも言えぬ手で、こう頭を不器用に撫でられ……


「……何でニヤニヤしてるんすか」

「いや、気にするな」


 ユーリ殿とまた会いたいものだ。


 ――ユーリ殿、私の声が聞こえているか?


 届くはずもないのに、つい呼びかけてしまう。

 そういえば、すっかりこの行為も染みついてしまっているな。


 ふっ、届くはずが……


 ――おお! 繋がった! 俺だ俺! 覚えてるか!? 幻聴じゃねえからな! マジだからな!


「むうっ!?」

「な、何なんすかいきなり!」

「やっぱこの人、どっかおかしいんじゃ……」


 ……届いてしまった。

 この時の私の顔は、ひどくだらしのない、呆けたものになっていただろう。


 ――おーい、返事してくれよ! ……まさか、幻聴ってこたねえよな?

 ――幻聴ではない。確かに私だ。アニン=ドルフだ。

 ――おお、そっかそっか、良かったぜ。いきなりだけど、今どの辺にいんだよ。詳しい事情は会ってから話すからさ、場所を教えてくれよ。

 ――少しだけ待って頂きたい。色々と乱れてしまっていてな、整えさせてくれ。


 ここで強制的に会話を打ち切らせてもらった。

 乱れていたのは本当だ。

 胸の高鳴りもそうだし、予期せぬ幸福に殴られた思考も、汗と風でくしゃくしゃになった髪なども……


「何だこの女、急に握り拳なんか作ってよ」

「しかもぴょんぴょん跳ねてるぜ」

「こいつも悪魔なんじゃね?」

「あ、今度は身繕いし始めた」

「ますます訳分かんねえ」

「無礼者、私は一般的な女剣士だぞ」

「うわ、声高っ、急に女ぶっちゃってるよ」

「一般的な女剣士が、あんな大勢の悪魔を1人で皆殺しにできるかっての」

「愛だ、愛。全ては愛だ」

「おえっ、今度はこの前頭の中に話しかけてきた変な奴みたいなこと言ってるよ」


 我ながら、柄にも無いことを口走ってしまっていると自覚している。

 しかし、妙に心が軽く、清々しい。


 会いたかったのだろうな。

 あの時も本当は、別れたくなかったのだろうな。


 ああ、頬が熱い。

 これではまるで乙女のようではないか。


 でも、やはり、再びユーリ殿の隣に立てるのかと思うと、気持ちが高まる。

 心の奥の雑音は未だ止まないが……今はそれさえも、心地良いせせらぎに感じられる。


 いや、待て。

 その前に、村を襲う病のことも相談せねばならぬな。

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