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13話『ミャンバー、小さな港町』 その2

 さて、船長さん曰く、このミャンバーは本来の寄港地よりも大分手前に位置しているらしい。

 ファミレからタリアンまでの進行度で表すと、ここはちょうど3割くらい。

 先はまだまだ長いようだ。


 船の修理には最大で10日ほどかかるらしく、その間は自由行動で構わないらしい。

 ただし現地人との揉め事は勘弁してくれと厳命されている。

 海の上にいる時と変わらず食事や風呂、寝床は提供してくれるとのことだ。


「よう、若者たち」


 後ろから声をかけられたので振り返ると、俺達と同じ乗客である、槍使いのおっちゃんが荷物を携え立っていた。


「ここで降りるんすか」

「ああ、待つより陸路の方が早そうなんでな」


 聞くと、大陸中央付近が目的地のようだ。

 おっちゃんだけでなく、元々ツァイが目的地だった人達は、船賃の一部を返還してもらって陸路を行くらしい。

 ちなみにツァイとタリアンは陸続きでないため、俺達が陸路を取ることはできない。


 余談だが、船を守ってくれたということで、船長さんから俺達の船賃をタダにしてやると言われたんだが、固辞した。

 謙遜したんじゃなく、単純に守りきれなかったからだ。

 仮に、航行に支障が出ない程度に被害を留められたなら、喜んでそうしてもらってた。


「短い間だったが楽しかったぞ。縁があったらまた会おうや」

「ウッス、お元気で」


 おっちゃん達に別れを告げた後、俺達はひとまずミャンバーを見て回ることにした。

 シィスも誘ってみたんだが、溜めていた日記をまとめて書かなきゃいけないとかで、部屋にこもりきっているようだ。


「……さびしいね」

「そうだな」


 ジェリーがそう口にしたのは、おっちゃん達との別れやシィスの引きこもりについてではない。

 このミャンバーという町に対してだ。


 上陸前に抱いていた印象は間違ってなかったようだ。

 やけに静かな港町だった。

 つーか、言っちゃ悪いが寂れている。

 賑わいの"に"の字も感じられない。

 鳥の鳴き声や、船を修理する音ばかりが目立って響いている。


 外部の人間向けの店もあるにはあったが、品揃えは良くなかった。

 もっとも、特に買い足すものもないので、ただ眺めてるだけなんだが。


「ツァイの過疎地は、大体このような雰囲気だぞ」

「そうなの?」

「発展しているのは、都市部や資源などを持っている町、いわば力を持っている場所だけだ。……うん、いかがしたユーリ殿」

「いや、何でもねえ」


 今、アニンからわずかに感情の揺らめきが感じられた気がしたのは、俺の気のせいだろうか。


 当たり前だが、ファミレと違って、道を歩いてても気軽に声をかけてくる人間はいない。

 町を一回りする間、現地の人たちと出くわす機会は幾度となくあったが、老若男女みんなが、奇妙なものを見るような少々粘っこい視線を向けてくるばかりだ。


「ま、こんなもんだよな」

「それでも、やるんでしょう?」


 俺が何をするつもりなのか、タルテたちはとっくに分かってたらしい。


「おうよ。腹空かせてそうな人らがいる以上、見過ごせねえ。その為にゃ、まず食い物を取ってこなきゃな」


 船の食糧を渡す訳にもいかねえからな。


「ここにゃ傭兵組合の支部がないんだよな。顔役っぽい人とちょっと話してくっか」


 俺達は一旦船に戻り、食糧を採集して町の人に配りたい旨を船長さんに説明した。


「そりゃあいい。是非頼みます」


 是非頼むというのは、ミャンバーの人から一層信頼を得やすくなるっていう外交的意図から来た発言だろう。

 ともあれ、船長さんを通じてミャンバーの町長に話を通し、俺達が滞在している間、この町で食糧採集などを行う許可を得ることができた。


「んじゃ、行ってくるぜ」

「いってらっしゃーい」

「気を付けてね」


 俺とアニンは外に出て採集を担当、タルテとジェリーはとりあえず町に残ってもらうことにした。

 二人には採ってきた木の実の選別など、後で活躍してもらう予定だ。


 相変わらずの曇り空だが、天気が崩れる心配はおそらくないだろう。

 町を出て山の中に入り、アニンの指示の下、食べられそうな草や木の実を集めていく。

 こういう知識は彼女の方が豊富だった。


「順調にタルテ殿との仲が深まっているようだな」


 ちっちゃなキノコを一本一本引っこ抜いて籠に放っていると、アニンが唐突に切り出してきた。


「おかげさまで」

「昨夜は、口付けの一つでもしたのか」


 するりと、手からキノコが抜け落ちていった。


「するわけねえだろ」

「なんと……!」

「んだよ」


 またこの手の流れかよ。


「奥手にも程がある! 嘆かわしい! ……まったく、そんなことでは私が奪っていってしまうぞ」

「アニン、そういう気があったのか。初めて知ったぜ」

「いや、ユーリ殿の方をだ。なんならこのまま二人で消えてしまおうか」

「……悪いけど、あんま面白くはねえな」

「む、やはりか」


 アニンの真顔が、ふっと崩れた。


「ジェリーとの約束を反故にはできぬからな。だが、ゆめゆめ忘れぬように。あまりに煮え切らぬようだと、私が強引にユーリ殿の全てを奪ってしまうぞ」

「はいはい。……お、ありゃトサカイノシシじゃん。でっけえなあ。狩ってこうぜ。みんな喜ぶぞ」

「まだ話は終わっておらぬ」


 と、アニンは剣を抜くや否や、茂みの向こうのトサカイノシシに突進、相手が気付いたのとほぼ同時に、急所である喉元から心臓に目がけて一突きをくれて仕留めてしまった。


「さて、解体しつつ、じっくり話し合おうではないか」


 ……恐ろしいってばよ、この女。






 アニンのめんどくさい攻撃(って表現しても差し支えないだろう)を巧みな話術であしらいつつ、トサカイノシシの解体を終え、俺達は町に戻った。


「すごい! トサカイノシシだ!」

「今晩はごちそうだ!」

「ありがとうございます!」


 結構な量の食糧を持ってこられたのもあってか、町の人たちもわりかし早く心を開いてくれたようだ。

 俺達の帰還を喜んで受け入れてくれた。


「よかったら皆さんも食べていきませんか」

「いえ、最初の取り決め通り船で食べますんで。俺達の分、子ども達のを大盛りにしてやって下さい」

「そうですか……大変ありがたいのですが、何故わざわざ私らのために狩りを?」

「これが俺の決めた生き方なんです」


 それらしい台詞を吐いてカッコよくその場を去り、タルテとジェリーがやっている木の実の選別を手伝ったあと、俺達は船に戻った。


「腹にたまるものをガッツリ詰め込みてえ……」


 あの場では断っちまったが、実際は相当腹が減っていた。

 胃袋が悲鳴を上げている。


「気持ちは分かるけど、先にお風呂へ入ってきたら? ちゃんとあんたが来るまで食べるの待っててあげるから」

「そうすっかな」


 確かに、先にさっぱりしといた方がいいかも。

 という訳でさっとひとっ風呂浴びてから、晩メシの焼豚チャーハンを存分にかっ食らってやった。

 焼豚のこってりを殺さず、米はパラパラ。

 やっぱ、この船の料理人が作るメシはマジで最高だ。


 こんな感じで、船が直るまでの日々を過ごす……はずだった。


「ユーリさん、町の方からお客さんが来てます」


 ジェリーと手遊びをしながら部屋でボーっとしてると、船員がそんなことを告げにやってきた。

 誰だろう。とりあえず招き入れてみるか。


「夜遅くに申し訳ないです」


 来客の正体は、枯れ木のように痩せた知らない男と、ミャンバーの町長さんだった。


「おお、確かに強そうだ」

「えっと、俺達に何か用すか」


 訪ねてきた理由を聞くと、急に男は平身低頭、


「お願いします! 私どもを助けて下さい! 何とぞ! 何とぞ……!」


 そんなことを叫ぶように訴えてきた。


「とりあえず落ち着いて下さい」


 いくらなんでも唐突すぎる。

 深呼吸してもらって落ち着かせてから、話を聞くことにした。


「私は山の中にあるコラクという村から来たものです。戦士様の腕を見込んでお願いに参りました」

「というと、誰かを退治でもしてもらいたいのかな」

「はい。……しばらく前から我々の村が、"鬼"に目をつけられてしまっているんです」

「鬼?」

「そいつは身の丈3メールはあろうかという巨大な化物で、鋭く大きい牙や角を生やしていて……とても強く、私どもでは到底太刀打ちできません。

 そして……そいつは…………人を、食うんです」


 最後の方は絞り出すような言い方だった。

 タルテやジェリーが身震いして、互いに身を寄せ合う。


「で、そいつを退治して欲しいと」

「お願いします! 奴のせいで……このままでは村が滅んでしまいます! もちろん報酬はお支払いします! どうか、どうか……!」


 蹴り飛ばす勢いで椅子から立って伏せ、再び地面に頭をこすりつける男。

 必死なのは分かるが、ちょっと大げさすぎやしないだろうか。


 ……ん?


 突然、胸の奥にモヤっと、違和感が生まれた。

 何だ何だ。どうしたんだ、俺。


「わしからも頼みます、どうか行ってやってもらえんでしょうか」


 後押ししてきたのは、町長さんだった。


「実はわしもコラクの出身なんです。故郷が滅びてしまうのは忍びない。わしにも力があれば自分で行っているのだが、ご覧の通り非力な年寄りですので……」

「村まではどれくらいかかるんですか」

「馬で行けば半日と少しぐらいです」

「馬はこちらで用立てしましょう。それと、仕遂げた暁にはわし個人からも別途報酬を差し上げます」

「……さっと行ってさっと戻ってくりゃ何とか間に合うか。分かりました、引き受けます」


 ここまで頼み込まれて、無下に断るのも気が引ける。

 いざとなりゃ、腹空かせまくった状態でブラックゲートを使えば何とか間に合うだろ。


「つーわけだ。ちょっくら俺一人で行ってくるわ」


 そう三人に言うと、一様に渋い顔をされた。


「何故だ。私達が同行してはいけないのか」

「おにいちゃん、ジェリー、じゃま?」

「そうじゃねえって。万が一俺がしくじっても、アニンやタルテがジェリーを送り届けられるだろ。そん時は頼んだぜ」

「……それは正論だが、納得はできぬな」

「ジェリー、おにいちゃんといっしょにかえりたい!」

「そうよ、そんなの認められないわ。そもそも無責任よ」

「分かった分かった。じゃ、一緒に行くか」


 ったく、しょうがねえな。

 ま、別に死ぬつもりも、失敗するつもりもなかったんだけども。

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