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81話『シィスの胸の高鳴り』 その2

 実家からショルジンまでは割と近いため、早馬で向かえばすぐに着く。

 北西へと、最短距離で馬を走らせる。


 長くはない道中で、任務内容の再確認を済ませておく。

 やるべきことは、ナラタ=ウォーニーの破壊活動を止めること。

 つまり、被害の拡大を止めること。


 その為なら、抹殺もやむを得ない。

 例え知人の母親であろうとも。


 しかし、解せない点もある。

 以前の任務に関連して調査を行った時、実際に観察していたが、その時は到底破壊活動を行うような人物には見えなかった。

 どこにでもいるような、普通の母親だったはずだ。

 なのに何故今になって……


 考えるな。

 私はただの道具。

 依頼された任務を確実に遂行する、ただの道具だ。

 鼓動を平静に保て。


 街道をひたすら走っていると、前方に特徴的な青色の外壁が見えて、残りの距離と反比例して段々と大きくなってくる。

 ワホンの首都・ショルジンを囲う結界外壁だ。


 だがそれは、あくまで外部の魔物から身を守るためのもので、内側で暴れ回る人間に対しては全く効果を成さない。

 既にかなりの被害が出ているのが、遠方からでも分かった。


 急ぎたくなるのが人情だが、焦りは能力を低下させるし、調子を速めて体力を低下させるのも避けねばならない。

 下手に人情を出しては、かえって逆効果になることだってしばしばあるのだ。


 道場が発行する特別な許可証を提示すれば、緊急時でもショルジンへの進入はすぐに認められる。

 馬から飛び降り、短刀を抜き、市街へ駆け出す。

 心身とも既に臨戦態勢に切り替わっていた。


 あれほど秩序だっていた首都が、今は修羅場と化していた。

 規則的、系統的に区画された道路や建造物は破壊され、かき回され、火災の放つ熱気や黒煙の放つ悪臭が立ち込め、悲鳴や怒号が鳴り響いている。

 そんな状況下に翻弄されている住民や兵たちが、まるで芝居のように、大げさに見えるくらいに、それぞれの役目を我を忘れて演じていた。


 酷い光景だ。

 ショルジンにはまだ悪魔は来ていないというが、一個人でここまでの破壊が行えるものなのか。


 避難誘導や救助、便乗犯の制圧は私の仕事ではない。

 私のすべきことはあくまで、己が持ち得る特性、優位性を活かし、騒乱の張本人を止めることだ。


 探索は容易だ。

 現在進行形で破壊が起こっている場所へ向かえばいい。


 今もまた、爆発が起こった。

 あの方角は確か……食糧の貯蔵庫があったはずだ。






 食糧の貯蔵区画は、更に酷い有様だった。

 市街地よりも破壊が進み、死体の数も多い。

 武装した人間はおろか、市民や、管理者と思われる人間も見境なく惨殺されていた。

 鋭利な刃物のようなもので真っ二つにされていたり、局部を粉砕されていたり、消し飛ばされていたり、高熱で溶かされたように骨だけになっていたり……

 これだけでは魔法なのか技なのか判断がつかないが、惨いことを……


 そのようなことをしでかした張本人は、倉庫の出入り口で、貯蔵されていた肉を野獣のように貪り食っていた。


「……あ? 誰よあんた」


 黒髪の肥えた中年女――ナラタ=ウォーニーが、食べカスで汚れた顔をこちらに向け、眉根を寄せる。

 確かにユーリ=ウォーニーの母親そのものだったが……以前調査した時と明らかに雰囲気が違っていた。

 本性を隠していたとは到底思えない。

 これではまるで別人だ。


 それに、調査の時は一度も気付かれなかったというのに、何故今回はすぐに察知されてしまった?

 あの時以上に慎重に気配を消して、物陰に隠れていたというのに。


「何見てんだっつってんだよコラ!」


 およそ外見とは不釣り合いな口調で、威嚇をしてくる。

 ゴロツキ程度の殺気や威圧感しか感じない、ひどく薄っぺらなものだったが、油断するなと直感が告げていた。


 今、視界に映っている人間は、異常だ。


「そのツラが気に入らねえ。死ね」


 前兆や事前動作が露骨でなければ、いきなり相手が手から放ってきた光線を確実に回避できる自信はなかった。

 この動きからして、戦闘に関して素人なのは明白だ。


「……!」


 しかし、火力があまりに高すぎる。

 後方の倉庫や壁を容易く薙ぎ払い、吹き飛ばしていくさまを見て、背筋が凍った。


「ああああっ! メシまでやっちまった! どうしてくれんだてめえ! てめえが避けっからだぞコラ!」


 喚き散らす口調や精神状態に、更なる違和感を覚える。

 年相応といった感じがしない。

 かと言って、悪霊などに憑りつかれている訳でもなさそうだ。


 考えている暇はない。

 全力で、速やかに仕留める。

 短刀を捨て、十字手裏剣を打つ。


「わぁっ!?」


 相手は驚きで身を縮こまらせるが、展開された発光する障壁によって届かずに阻まれてしまった。

 挙動や波動からして、魔法や、盾を使った技でもない。


 おおよその答えはすぐに推察できた。

 相手は、息子のユーリ=ウォーニーと同じような能力を持っている。


 ただし、全く同じではない。

 息子の方は、飢餓感に比例して力を強化する特質を持っていたが、目の前の相手は食糧を貪っている。

 つまり、母親の方は真逆の"腹を満たすほど力が強くなる"性質を持っている可能性が高い。

 それに挙動からして、己の意志とは別に、防衛本能に反応して障壁を出せる可能性もある。

 そうだとしたら厄介だ。


「ちっ、驚かせやがって。てめえ忍者かっての」


 舌打ちしながら、相手が攻撃を放つ。


「オラオラァ!」


 高速で飛来する円盤状の切れ味鋭い物質をかわしつつ、次の策を考える。


 あの障壁の基本強度が息子の能力と同程度と仮定した場合、突破は不可能だ。

 食糧の枯渇を狙うのも非現実的だ。


 可能性があるとすれば、毒や煙による間接的な殺傷だが、周辺に被害を及ぼしてしまう危険性がある。

 加えて、息子と同じような治癒能力があればすぐさま無効化されてしまうだろう。


 そうなると残された手は、戦闘経験の浅さを突いて、油断や隙を誘った後の一撃死を狙うのみ。


「チョコマカしやがって。ガキかハエみてえにうざってえな」


 あの気質からして、偽装降伏や一時離脱は逆効果だろう。


「……あああああ! もういいや! めんどくせえ!」


 障壁を解除し、両手を天に掲げたのを見て、私が感じ取ったのは好機ではなく――危機。

 相手の体が一瞬発光したかと思うと、そこを発信源に凄まじい衝撃波が全方位に放たれ、全てを吹き飛ばし、破壊していく。

 当然、私もその範疇に含まれていた。

 爆音が両耳を突き抜けたかと思うと音が失われ、体内が、特に胸や腹部がズタズタにされたような激痛が走る。

 外へ吐き出された血が飛沫となって一瞬で消失していくのを、滲む視界で捉えながら、己の見立ての甘さを悔やむ。


 ここまで衝動的で短気だったとは……

 ごめんなさい…………お母さん……お父さん……


「……あれ?」


 心の中で父母への謝罪を呟き続けていた次の瞬間、私の目に映ったのは、鮮やかな橙色に染まった空と、安堵の表情を作った男女。


「良かった、生きてたか」


 体の痛みも無くなっており、聴力も回復していた。


「ユーリ、さん? タルテさんも」


 空の色からして、私は長時間気を失っていたこと、そして彼が力を使って治療してくれたのは理解できた。

 しかし、何故ファミレにいるはずの2人がショルジンに、しかも私の居場所を把握していたかのようにここへ来られたのだろうか。


「どうして……ひわわわわわっ!」


 上手く尋ねられなかった。

 きっと、彼らを見て、再び心が高揚し始めたからってだけじゃない。

 だって……

 え? え?

 2人の横にいる、あ、あの竜って……聖竜王・トスト様!?

 ど、どうしてこんな所に!?

 うわ、は、初めて見た! キンキラだ! 空気凄い! 土下座してぇ!


「そんなに驚かないで下さいよ。取って食ったりしませんから」


 しかもめっちゃ砕けてる!


「あ、し、失礼しましたぁ! わ、わたくし、シィス=クリムスと申しますですはい! 実家はですね、しがない道場でして……」


 ああもう、緊張するとしどろもどろになる癖、本当に治したい。

 フラセースの頂点に立つお方に対して、とんだ醜態を晒してしまった。


 …………。


「落ち着きましたか? シィスさん」

「はい。……お見苦しいものを、申し訳ありませんでした」


 何とかして落ち着きを取り戻し、2人からここへやってきた事情や方法、探知手段などを説明してもらった。


「そういうことでしたか。ですが申し訳ありません、ご覧の有様で……ユーリさんのお役に立てる情報をご提供できそうにありません」

「気にすんなって。とりあえずお前だけでも無事で良かった」


 無事、と言えるのだろうか。

 確かに怪我は完治したが、未だ胸は高鳴っている。

 きっと恋心ではないし、聖竜王への過剰な畏敬でもない。

 なのに……ドキドキが、一向に治まってくれない。


「無事といえば、ナラタ=ウォーニーは? それとショルジン全体は今、どうなっていますか?」


 思考する代わりに、現在の状況を尋ねてみた。

 周囲の状態から察するに、食糧の貯蔵区画はもう大打撃を受けてしまったみたいだが。


「ナラタ=ウォーニーは、食糧を奪った後、ここを飛び去ってしまいました」


 沈痛な面持ちで表現を探していた2人に代わって、トスト様が単純明快に答えた。


「ショルジン全体が壊滅に近い状態です。はっきり申し上げましょう。防衛機能だけでなく、食糧の大半をも失ったこの状況で悪魔の襲来や、"餓死に至る病"が蔓延すれば、確実に滅びるでしょう」

「そうですか……」


 最も可能性の高い状態として想定はしていたが……


「心配は要りません。他の市町村はまだ無事ですし、今から私が直接国王の所へ赴き、フラセースから緊急支援を行うことを提案します。さすれば何とか持ち応え……」


 ふと、トスト様がいきなり途中で言葉を切り、橙色から少しずつ焼け焦げた色へと変わりつつある空を仰いだ。

 視線の先には誰もいないし、空や雲以外には何もない。


 そのまま虚空を睨んでしばし停止していた後、少し長い首を左右に振り、ため息のようなものをつく。


「……その前に、最悪の結果が起こってしまったようです」


 重々しい声色が、事態の更なる悪化を既に物語っていた。


「今、テルプにいる同胞の水竜から連絡がありました。……大悪魔・ミーボルートが復活してしまった、と」

「そんな……!」

「マジかよ!?」


 私を含め、誰もが驚愕の色を隠せなかった。

 伝説にも残っていた、かの大悪魔が再び活動を再開するとは……


「テルプに炎を放った後すぐに聖水湖を飛び出し、西の方角へ飛び出したようです」

「西へ……ということは、海に?」

「恐らく、行き先は……西の大洋の底にある洋の民の故郷・ミネラータ」

「ミネラータって、今ミスティラやフェリエさんがいるじゃねえか!」


 何故彼らがミスティラ=マーダミアらの動向を把握しているのか、わざわざ聞く必要はない。

 私の位置を探知したのと同じ原理、つまりパドクックの水晶なるものを使用した結果だろう。


「ミネラータに向かいたいですよね?」

「はい」

「取り急ぎ王とお会いし、用件を済ませて参ります。それまで少しだけお待ちを」

「あの、私も皆さんと同行させて下さい!」


 3名の間で話がまとまりかけていた時、空気を読まず、そう勝手に口走っていた自分に驚いていた。


「シィス、お前」

「いいんですか?」

「どの道、こんな体たらくでは道場に戻れませんし、自由行動の権限も与えられています。世界の為ならと、父母も理解を示してくれるでしょう」


 違う。

 本心はもっと利己的なものだ。


 こんな、全世界が危機に晒されている状況だというのに。

 確実に絶望を感じているというのに。

 不謹慎ながら、私の胸の高鳴りは治まるどころか、更に興奮を増して激しくなっていた。

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